そして現実へ

 待ち合わせ場所である駅内の適当な壁に寄り掛かり、スマホの画面を見つめる。セレナがそろそろ到着するはずだけど――と思っていたら丁度、メッセージが届いた。

 今いる場所の近くに見えているものだとか、カジュアルな男物の服を着ているのが私だとかを打ち込んで誘導を試みる。幸い今日はそこまで混んでもいないようなので、迷子になることはまずないだろう。


「あ、あの……カナちゃん、ですか……?」

「おっ。来たね、セレナ――」


 顔を上げたら――そこには、天使がいた。

 あ……ありのまま今起こったことを話すぜ。気づいた時には既に抱き付いていたんだ。


「ちょ、ちょとっ、カナちゃ――っ!?」

「きゃーっ、モノホンのセレナだー! なにこれ可愛い、リアルでもそんな美少女だったの? ズルいわ反則だわ!」

「なっ、なんかテンションとか雰囲気とかおかしくない!?」

「『かなえ』も『たまき』も、あんまりこういうことするようなキャラ性格じゃないからね~。ずーっと我慢してたんですよーだ」

「ひ、人目もあるから、一旦離れてぇー!」

「むっ。もー、しょーがないなぁ」


 ゲーム内じゃ頻繁にできない行為だから、存分に堪能しておきたかったのだけど。渋々ながらも仕方なく解放してあげる。

 でもせっかく会えたんだし、なんとか他の手段でたっぷりとを頂いておきたい。


「じゃ、手つなぐだけ。それならいいでしょ?」

「うっ……」

「だめ?」


 我ながらあざといとは思うが、上目遣いを仕掛ける。さぁあらがえるものなら抗ってみなさい。


「……ん」


 俯きながらも、首を縦に振ってくれた。やったね。


「んっし。ほら、いこ?」

「う、うん」


 セレナの手を引いて、跳ねるような足取りで電車へと乗り込む。

 ついさっきセレナにも驚かれたけど、自分でも驚いてる。一緒に行けると――会えると思った時からずっと、こんなにも胸が躍ってしまっている。

 自然と声も弾んでしまう。頬も緩んでしまう。今日は最高の一日になるに違いない。

 とっても幸せな二人旅の、はじまりだ。



     ◇     ◇



「あっ。ねね、名前教えて?」


 電車に揺られながら、ひとまずそこからかなと思い立ち口を開く。


「キャラ名で呼び合うのもなんかあれでしょ?」

「あー……そだね」

「私は『あずさ』。そっちは?」

「ボクはー……『ななせ』って言います。よろしくね、梓ちゃん」

「……」

「……梓ちゃん?」

「り、リアルでも『ボクっこ』だったの!? なにそれ最高かよ!」

「ちょっ、しーっ! 声大きいっ、周りに人いるから静かにー!」

「……さーせんっした」


 いやでもしかし、本当に最高だ。まさしく理想の存在と言っていい。恋人かお嫁さんかペットにしたい。

 その三つの中で一番現実的なのは『恋人』だろうけど……それでもななせは女の子だ。ゲーム内では環と結婚したがっているように、現実でも男の子に恋をするのだろう。

 一抹いちまつの寂しさを覚えるが、致し方ないことだ。ゲーム内では相方としていられて、今はこうして一緒にいられる。それ以上、一体何を望める。


「はぁ……」

「うん? どうかした?」


 意図せず溜息が零れてしまったらしい。


「あぁ、いや……ななせは可愛いなぁ、って……しみじみと」

「……梓ちゃんこそ、可愛いよ」


 顔を真っ赤にしながら、よくもまぁ反撃に出られたものだ。その根性だけは褒めてやりたい。


「ありがとぉ、愛してるぅ」

「~~~!?」


 甘えるように身体を預けてみた。声にならない悲鳴を上げ、口をぱくぱくさせている。いやぁ、眼福眼福。

 目的地に到着するまでの間、そんな感じでじゃれ合い、からかい、たっぷりとななせ遊びまくった。



     ◇     ◇



「ふわぁああああ……」

「いやぁ……話には聞いていたけど、すっごいなぁ」

「なんだか日本じゃないみたい」

「ね、ゲームとか漫画とかの世界だよね」


 目的地である、ここ――『ストーンガーデン』には、西洋よりそっくりそのまま移築された石造りの建物が立ち並んでいる。二次元の世界でしか拝んだことのないような、ファンタジーな光景が眼前に広がっていた。


「実際ドラマの撮影なんかにもよく使われてるみたいなんだ。あとは結婚式なんかにも」

「おぉ~……なるほどぉ」


 ざっと辺りを見渡しただけでも、何かの仮装をした人やカメラなどの撮影機材を手にした人、結婚まで秒読みかと思えるようなカップルがちらほら見える。そういった方々にとってはまさに打ってつけな場所だと思えた。


「私も、こういうところで式挙げたいなぁ」

「……そう、だねぇ」

「……? どうかした?」

「えっ、ううん。別にどうもしないよ?」


 なんだろう、ななせの声が少し暗い気がする。その表情もわずかに曇っているような。

 ――何か特別な思い入れでもあるのだろうか。『結婚』に。

 無暗に深入りしちゃうのも気が引けるし……ここぞとばかりに環との結婚の話に持ち込まれるかもしれない。どう転んでも藪蛇やぶへびな気がする、触れるのは止めとこう。


「あ、でね。ここの中でも、特に目当てにしてたとこがあって――」



     ◇     ◇



「「でーきた!」」


 二人の声が綺麗に重なる。

 ここストーンガーデンには、好きな宝石を選び、それを用いたアクセサリーを自作できるという施設がある。その話を友達に聞いた時から、ここだけは是非とも行ってみたいと思っていた。


「ななせはどんなのが出来た?」

「こーんなかんじー」


 そう言って手のひらにのせた完成品を――可愛らしい指輪を見せてくる。大きさ的にピンキーリングだろうか。


「ほほーう。『ラピスラズリ』を選んだか」


 和名では『瑠璃』という宝石だ。鮮やかな藍色を帯びた、深い青色――いわゆる群青色ぐんじょういろであり、私もこういった色合いのものをよく好む。……って、まさか?


「うん。カナちゃんや環くんって、こーいう色の装備でコーディネートしてるじゃない? だからもー、一目惚れしちゃって」

「……そ、そう」


 ちょっと顔が熱い。そんなにも無邪気な笑顔で、さらりと恥ずかしげもなく言うんじゃないよ、くそぅ。


「私のはー、こんな感じー」

「お、おー……? なにこれ、すっごいカラフル……」

「これは『オパール』って言ってね。ギリシャ語の『オパリオス』――『色の変化を見る』って言葉が由来らしいんだけど……ほら、見て? 角度によって色が変わるでしょ?」

「ほんとだー、ふっしぎー!」


 オパールをはめ込んだネックレスを、手のひらの上で色んな方向へ傾ける。キラキラと様々な色に輝きを放つ、本当に不思議で綺麗な石だ。

 でも私がこの石を選んだのには、他の理由があって――


「『花言葉』、っていうのがあるのは知ってる?」

「あ、うん。しってるしってる」

「宝石にも『石言葉』、もしくは『宝石言葉』ってのがあってね。このオパールの場合は――『純真無垢』。ななせに相応しい言葉かなー、なーんて」

「ほ、ほむん……そーなんだぁ」


 感心して頷きながら、はにかむななせ。その様に自然と目を細めてしまう。


「極め付きには、『十月の誕生石』でもあるの。ななせの誕生日、十月だったよね?」

「あっ、うん。覚えててくれたんだ?」

「だから――はい、これ」


 ななせの手を取り、その手のひらへネックレスをそっとのせた。


「えっ……いいの?」

「元々ななせにあげるつもりで作ってたから。……でも、まぁその……よかったら、交換してくれたら嬉しいのだけど」


 厚かましいかなーなんて思いつつも、一応ねだってみる。元々交換のつもりではなかったのだけど、ななせが作ったそれを見たら……貰いたくなってしまった。なんともまぁ卑しい奴だな、私よ。


「う、うん、もちろん!」


 嫌な顔一つせずに快諾してくれたことにホっとした。優しいなぁ、涙が込み上げて来ちゃう。


「ありがと、梓ちゃん。大事にするね」

「んーん、こちらこそだよ。めっちゃ大事に……いや、家宝にするね」

「お、大げさな~」

「じゃー、一生肌身離さずつけとく」

「それ余計に大げさになってない……?」


 くだらないやりとりをしつつ、お互いに身につけてみる。ななせの胸元と、私の小指に光る宝石を見せつけ合う。少しだけこそばゆく、照れ隠しをするよう笑い合った。


「ねね、ラピスラズリの宝石言葉って何かな?」

「えっ」

「んん?」

「ど、ド忘れしちゃったなぁ。あはは」

「えぇー……ざんねんー」


 ……言えるわけがなかった。

 ななせが選んだ宝石、『ラピスラズリ』は……それが持つある石言葉が所以ゆえんで、婚約指輪などにもしばしば選ばれる。


 それは――『永遠の誓い』。


 それを知っていて、こんなものを欲しがったと思われたら……恥ずか死んでしまう。



     ◇     ◇



「はー、よかった、満足っ! ありがとね、ななせ」

「あはは~、こちらこそ。誘ってくれてありがとね」


 未だに繋いで歩くことを渋るななせの手を奪い、大げさに前後に振りながら、ほくほく顔で帰路に就く。


「でも、本当によかったのかなぁ」

「うん?」

「その……ボクみたいなので。ほ、ほら、他の友達は、ちゃんと……男の子といったわけでしょ?」


 忘れるところだった。そのことに関しては謝らねば。


「あぁー。白状するとね……」

「む?」

「友達からここの話を聞いた、ってのはほんと。でも彼氏持ちばっかだから頼めなかった、ってのは嘘」

「え、えぇ?」


 バツが悪いのを誤魔化すように、軽く舌を出しておちゃらけてみせる。


「さすがにそこまでリア充だらけじゃないよ。だから普通に誘おうと思えば誘えたんだ。――でも、ななせと行ってみたかったの」

「そ……そう、だったの」

「ごめんね、騙すような真似して」

「ううん。いいよ、すっごく楽しかったし」


 非道な騙し討ちを企てた者にもこの笑顔だ。優しすぎる。此奴こやつは慈悲の権化かもしれない。

 ――さて、今はその優しさに更に付け込むとしよう。


「明日って何か予定ある?」

「んー、お休みだし特には~」

「じゃ、せっかくこっちきたんだし泊まってってよ」

「え」

「もーちょいお喋りしよー。私の家でゆっくり。ね?」

「え、えっ」

「見た感じサイズも私と同じのでそう問題なさそーだから、着替えなら貸すし」

「……いやっ、あの!」


 くっ、やはり渋られたか。

 そう易々と引き下がるか。押し切って見せる――!


「んー? なにか問題あるの?」

「あのその……大あり、というか……」

「……?」

「う、うぅ~……」


 もじもじとしたまま、一向に言葉が出てこない。ななせの言い訳を片っ端から却下していくことでゴリ押ししようと思っていたのだが……うーむ。

 ――まっ、いっか。


「まっほら、立ち話もなんだし。その問題とやらに関しては、私の家でじっくりたっぷりのんびり語り合おっかぁ~♪」


 繋いだ手をぐいぐいと引っ張る。引っ張って連れてくという強硬手段に出た。


「ま、待って、ってば! ダメだってー!」

「ん~? まぁまぁ、そう硬いこと言わずに」


 尚も抵抗を続けるななせ。華奢きゃしゃな見た目に反して、なかなか力がある。このままではらちが明かないな――と悩んでいると、唐突にななせが耳を疑う台詞を叫んだ。


「ぼ、ボク……『』なのーっ!」


 …………はい?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る