憂鬱のセレナ

「はぁ……」


 セレナは思わず溜め息をつく。

 なぜ自分は、はっきりと断れなかったのだろう……?

 押しに弱いから? 困ってる人を見捨てられないから?


 ――カナちゃんに、喜んで欲しかったから。


 何をバカな想いを抱いてしまったのだろう、と自らを責め続ける。

 本当に喜んでもらえるだけで済むのなら、願ったり叶ったりだ。しかし、自分の場合は――そう簡単な話ではない。


「断った方が……良かったよ、ねぇ……」


 それは、数時間前にさかのぼる――



     ◇     ◇



「なあ、セレナ」

「ん~? なぁに、カナちゃん」

「ちょっと行ってみたいところがあるんだ」

「へぇ。どこどこ?」

「でも、な」

「む?」

「厳しい場所なんだよなぁ。――じゃ」


 かなえはこれ見よがしに、ちらっちらっとセレナの顔を見る。それに込められた意味は『あーあ、誰か一緒に行ってくれないかなぁ~(棒読み)』だ。


「ボクで良ければ付き合うよ?」


 あからさまに何かをたくらんでいる様子を意にかいさず、あっさりとそう返すセレナ。

 それを受けて鼎は、きらりと目を光らせた。


「――言ったな?」


 その心の声を代弁するとしたら――『かかったな』、だろう。


「……へっ?」


 自分がまんまと乗せられてしまったことに未だ気づかず、キョトンとするセレナ。


「そこはなぁ……私の『県』にあってな」

「……けん?」


 『剣』? 『圏』? 鼎が口にした『けん』という単語の意味がわからず、首を傾げる。


「セレナも確か、隣の県に住んでいると言ってたよな?」

「…………?」


 ここでようやく漢字の変換に成功する。同時に、嫌な予感が一気に湧き上がってくる。


リアル現実世界でこっちに来て、一緒に行って欲しいんだ」

「……え?」


 ――……間。たっぷりと、五秒ぐらい。


「えっ、ええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 セレナの絶叫がとどろいた。それを予測していた鼎は、ちゃっかり耳を抑えている。


「なっ、なんで? なんでボクなの!?」

「元々その場所の存在を知ったのも友達経由でな。周りの友達はみんな既に行って来てしまったらしいんだよ……それも『恋人』と、だ!」

「べ、別に、その友達と行けばいいじゃない……?」

「私だけ『女友達』と行けというのか? 誘ったその友達にだって白い目で見られるし、下手すれば内輪でネタにされる! そんな苦行を味わえというのか、お前は!」

「だ、だったら、気になってる男の子とか……」


 鼎はギロリと睨み付ける。そんな相手がいれば苦労しないと言わんばかりの、血涙すら流しかねない深い憎悪の籠った眼差しだった。

 セレナがその目に気圧され、たじろいだところへ、鼎はここぞとばかりに更に詰め寄る。


「頼む! こんなこと頼めるの、セレナだけなんだ!」


 反射的にセレナは頷いてしまった。



     ◇     ◇



「…………はぁぁ~」


 再びセレナは溜息をつく。

 相手が鼎だから、というわけではない。強いて言うならば、誰とも会いたくない。

 ゲーム内の友達と、現実世界で会う――そんな経験もなく、どんな感じで話せばいいのか、わからない。どんな空気になってしまうのか、わからない。それを考えるだけでも不安で憂鬱ゆううつだ。

 しかし、セレナにはそれ以上の悩みの種があった。

 鼎には、引かれたくない。嫌われたくない。その為には一体自分は、どうすればいいのだろう?

 隠し通すべきだろうか。正直に話すべきだろうか。

 ……わからない。


 自分は――どんな格好をしていけばいいのだろう?

 自分は――どんな属性を選択していけばいいのだろう?


「どうしよ……」

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