相方で遊んでみよう――『胸キュンシチュ』

「あれ? 今日はたまきくん?」

「ああ。たまにはな」


 私は今、サブキャラである『九条くじょう たまき』でログインしていた。

 その理由は〝ただ何となく〟だ。別にほこりを被ってしまうわけでもないのだが、思えば長らく動かしてなかったなと、そのぐらいの動機。

 しかし繋いでみたはいいが、やることがない。元々環はPvE対モンスターではなく、PvP対プレイヤーに重きを置いて育てたキャラだった。そのためモンスターを狩る際の効率はお世辞にも良いとは言えないし、もう十二分に完成しているキャラだと思っている。これ以上レベルを上げるつもりがあまりないのだ。

 所持している装備品や、取得したスキルの一覧をざっと眺める。やはりこれと言って必要なものが見当たらない――と思っていたら、何やら先ほどから視線を感じる。


「なあ、セレナ」

「……」


 視線の主――セレナへ声を掛けても、どういうわけか反応がない。


「……セレナ?」

「――ひゃいっ!?」


 裏返った声を発しつつ、びくっと飛び起きた。目を開けたまま寝てしまっていたかのような反応だ。


「お、おい。どうした、具合が悪いのか?」

「だ、だめ」

「……?」

「ダメっ、それ以上近づかないでー!」


 がーん。

 拒絶された。あのセレナがここまで強くはっきりと……なぜだ。気づかぬうちに何かしてしまったのだろうか……――って、ああ。

 先ほどからボーっとしていて、顔もやたら赤い。だから熱でもあるのかと思った――なんて、ラブコメ主人公にお約束な鈍感力を発揮してしまうところだった

 なるほどなるほど、これはまた面白いことになったぞ。


「……近づくな、とは酷いな。相方だろう? ――たちは」

「――っ!?」


 まずは定番の『壁ドン』。これは最早説明不要だろう。


「で、でも」

「でも……なんだ? ちゃんとこっちを見て話せ」

「んぃっ!?」


 続けて、『あごクイ』。相手の顎に手を添え、くいっと軽く引くことで顔をこちらに向けさせる。


「あ、う……そ、その~……」

「んん? 声が小さい……聞こえないな」

「ふわぁあぁっ!?」


 『肘ドン』。壁ドンに近いが、手の平ではなく肘をつく。

 『股ドン』。こちらの足を相手の股の間に入れて、壁に膝をつく。

 この二つを合わせることにより、さらに距離が縮まる。互いの息遣いをはっきりと感じられる。


「…………ごっ」

「ご?」

「ごめんカナちゃん、もーゆるしてぇええええ!」


 私の身体を押し退けて、セレナが逃亡を図る。

 ――が、逃すはずがなかろう。


「――行くなよ」

「ひぃぃっ!?」


 立ち去ろうとする相手を片腕をゴールテープのように回して抱き止める。『腕ゴールテープ』、というらしい。やってる身としては〝ラリアット〟のようにも思えてしまうぞ、これ。


「『カナ』、って誰だよ……? 俺といながら、他の奴の名前なんか出すな」

「え、えぇぇ」

「答えろ。俺は、誰だ?」

「……た、環くん……?」

「そう。――、な」

「~~~ッ!?」


 ――お前の(相方のサブキャラの)、な。心の中でそんな注釈を加える。環は断じてお前のものではない、だ。

 抱き止めたまま背後へ回り、背中から両腕で抱き直した。某有名恋愛ドラマから生まれたようで、『なろ抱き』と名付けられている。


「――愛してる……セレナ」


 耳元で甘い言葉を――出来得る限りの〝イケボ〟で囁く。これは〝元でやく〟の略で、『耳つぶ』だそうだ。


「…………」


 セレナがぐったりとしてしまった。目から生気が消え失せ、「ぷしゅうぅぅ……」という効果音と共に、口から魂が抜けていってる気がする。天にも昇る心地を味わって頂けてるご様子だ。

 こういうものが『胸キュンシチュエーション』らしいのだが、どうやら本当だったらしい。たぶん、ただしイケメンに限る。やはり私の嫁(環)は素晴らしいな。

 しかしさすがにやりすぎただろうか。湯気だか煙だか判別つかないものがセレナの頭から吹いてる。そして尋常じゃないほど身体が熱い。いくらなんでも燃えやしないよな? 萌えはするけど。

 今は残念ながら入用なシーズンじゃないが、冬場は是非とも私の布団に引きずり込みたい。素晴らしいホッカイロ機能付き抱き枕だ。


「――――はっ!」


 セレナの魂が天の国から戻ってくる。思いのほか早いご帰宅だったな、一泊ぐらいしてきてもよかったのに。


「お。おかえり、セレナ」

「ただいま……じゃ、ないでしょばかぁっ! 離してよっ、いい加減にー!」


 ……どうやら相当おかんむりのようだ。やはりさすがにやりすぎた。

 私の腕の中でじったばったと暴れられ、振り解かれる。あぁ、マイ抱き枕が……。


「すまん。お前があまりにも可愛いもんだから、つい」

「……っ、そ、そんなお世辞言ったって、許さないんだからね……!」


 ふむ。ぷりぷりと怒ってる姿も目に楽しいものだが、このままではプチ家出をされてしまうかもしれない。早急に機嫌を直して貰わねば。

 そういえば先ほどの胸キュンシチュの中に、仲直りする際に使えるものもあると聞いたな。


 確か、その名も――『NHK』。

 それを略さず言うと――二の腕を引っ張ってキス……――って、ぅっ!? うら若きけがれない乙女がそんなことできるか! バカか!

 くぅっ、他の手はないか。なにか、なにか……


「な、なあ」

「……なーに?」

狩りデートにでもいくか」


 私の恋愛スキルは絶望的にとぼしく、こんなものしか浮かばなかった。悲しみに包まれた。


「え……い、いいの……?」

「当たり前だろう? 俺たちは、相方なのだから」

「……んっ! ありがと、環くんっ」

「っ……」


 そんなしょうもない提案にも、花が咲いたような笑みをみせてくれる。環と一緒に何かをできるのが嬉しくて堪らないといった印象だった。

 それは一体なんだ、《デレデレ》――いや、《恋する乙女》属性とでもいうのか。ズルくない? 最強に可愛くない?


「環くんとなんてホントーに久々だなぁ。よっし、気合い入れてくぞーっ」

「あれからも練習していたんだろう? 俺と組むために」

「あっ。う、うん!」

「お前なりに思考錯誤した成果、見せてもらうからな」

「がっ……、がんばりまひゅ」


 ……なんでだろう。言ってみたはいいが、不安しかなかった。



     ◇     ◇



「なあ、セレナ」

「なーにー」

「空が青いな」

「きれいだねー」

「なあ」

「んー」

「なんでこうなってるか、わかるか」


 私たちは今、地面に仰向けで寝そべっていた。その姿だけ見れば、二人で仲良く日向ぼっこでもしているように見えただろう。

 ……しかしそんなはずもなく。

 噛み砕いて言えば、死んだのだ。俗にいう『床ペロ』というやつだった。


「きもちいいから!」

「……」


 身体が動けば思いっきり引っぱたいてた。


「んなわけあるか、アホ」

「あ、あはは~。ごっ、ごめんなさいぃ……」


 今日のセレナのポンコツっぷりは、いつにも増して凄まじかった。

 ラグでもあったのかと思うほど、何をするにもワンテンポ遅かったり。フリーズでもしたのかと疑うほど、完全に棒立ちになってしまうことが多々あった。

 まぁ、その原因はおそらく――


「久々に環くんと二人きりだーって思ったら……そのぉ。き、緊張しちゃって……ね?」


 案の定というかなんというか。

 環は火力特化の魔法職なので、前衛役であるセレナがしっかりしてくれなければ、どうにもならない場面が出て来てしまう。それなのにセレナときたら、対峙してるモンスターではなく、私の方ばかり気にしてた。何ともわかりやすい奴だった。

 それはそれで可愛いとも思うのだが、


「……そんなので環の嫁が務まるとでも?」

「あっ」

「言ったはずだ。『成果を見せてもらう』とな」

「う……」

「未だにこんな状態では先が思いやられるな」


 わざとらしく溜め息をつき、頭を押さえる。


「で、でも、そういうことを言うってことはさ。環くんの嫁の候補としては見てくれてる、ってこと……?」


 ……意外と鋭い返しをしてくるじゃないか。なぜこういう時だけ頭が働く。


「……候補に? 挙げて欲しいのか?」

「えっ。そ、そりゃーもちろん?」

「そうか、なら――今後、このようなことが一切起こらないようにしないとなぁ……?」


 私はセレナへと、出来得る限りの邪悪な笑みを浮かべた。『暗黒微笑だぁくねすすまいりんぐ』というものらしい。


「ひっ……!」

「さしあたっては……そうだな。俺が何をしても、動じない精神力を養ってもらおうか」

「あの、それって具体的には……?」

「帰ったらまず『壁ドン』だな」

「だ、だめ! それだけは勘弁してー!」

「俺の配偶者となる道がそう甘いはずがなかろう! 乗り越えてみせろ、セレナよ!」

「むりぃ! しんじゃう、しんじゃうからぁー!」


 可愛い子には旅をさせよ、という言葉がある。

 セレナはとーっても可愛いので、たーっぷりと旅をさせることにしよう。

 天の国への、0泊の旅を。

 さぁ……何往復してもらおうか――?

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