打たれ強い人――《くっころ》さん

「『打たれ強い人』ってステキらしいねぇ」


「……ふ、ふむ?」


 デジャブだろうか。以前にも似たような台詞を聞いた気がする。

 普通に考えれば『メンタルの強い人』や、『根性があってくじけない人』。そんな意味合いだろう。

 しかし、セレナのことだ。おそらく――


「なので、こうしてみました」


 そう言って今回もステータス画面を見せてくる。これまた一目瞭然なのだが、Defense防御力Vitality活力値HP生命力が上昇する装備で固めていた。案の定というかなんというか。

 完全にデジャブだ。そのまんま『攻撃されてもなかなか倒れない人』――平たく言えば『耐久力バカ』になろうとしているのだろう。

 だからお前は一度辞書を引いてこい――って、今回はセレナが思ってるような意味も載ってしまってそうだ。参った。

 まぁいっか、面白そうだから。たまにはこっそりじゃなく、普通に付いて行くとしよう。


     ◇


「とあー」


 ぺし、ぺし。


「たあー」


 ばしーん。……べちぃ。


「うりゃあー」


 ……。


 こちらまで釣られて気が抜けてしまう、のんびりとした声。適当に戦ってても死ぬことのない安心感からだろう。

 耐久力にこだわりすぎて攻撃速度が恐ろしいまでに遅い。一発の攻撃力もそう高くはない。当然ながらセレナが相手から受けるダメージも蚊に刺された程度のものでしかないため、現状キャッキャウフフとじゃれ合っているようにしか見えない。

 なんだろう、この泥仕合。糸で吊るした五円玉を目の前でぶらぶらされている感覚に似ている気がする。セレナの緊張感に欠ける声もあいまってすごく眠くなってきた、あくびが出そう。

 それに今日はデジャブしかない。なんだかこの先の展開も大体見当がついてしまう気がする。


「ねぇ、カナちゃん」


 ぺちーん。……ぺちーん。


「なんだ?」

「本当にこういうの、グっとくるものなの?」

「……んー、あー」

「ん~?」


 べち。……べちん。


「あ、ああ。くる……かも、しれないな」

「ほんとにぃ?」


 全くの嘘ではない。のろのろと、弱攻撃をしている姿はなんだか萌える。

 その動作はまるで、重くて扱えない武器をやっとのことで振り回してる幼女のような。

 そのダメージ量は、本人的には渾身の勢いのつもりで放った右ストレートが、ひょろひょろパンチだった時のような。

 というかそもそも、セレナならぶっちゃけ何してても可愛い。セレナ萌え。……なんてことを呑気に考えていたら、なにやら凄まじい音がし始めていたことに気付く。


「お、おい? なんだ、この音……」

「たっ……、たすけてぇえええええ」


 なぜかセレナがモンスターの群れに埋もれていた。そしてめっちゃリンチされている……って、ああ。なんだその音か、良かった一安心。どーせこうなるのは目に見えてたし。

 ただほんの少しだけ奇妙だった。すぐ傍で一緒に狩りをしていた私には見向きもせず、湧いた敵の全てがセレナへと向かっていったらしい。フェロモンでも発してるのだろうか。うん、発してそうだな。セレナかわいいよセレナ。

 しかしあれだけの大群に囲まれても、HPが削り切られる様子は全くない。すごいなと素直に感心してしまう。

 まぁ死ぬことはないだろうが……完全に視界も覆われて、身動きも取れないだろうな。なかなかの恐怖体験だ、私は絶対にあんな目に遭いたくない。


「か、カナちゃん、にげてっ!」


 逃げる? 別に私なら、あんなの問題なく殲滅せんめつでき――

 ――ぴこーん。脳内でそんな音が鳴る。天啓てんけいが舞い降りた。


「ばかっ! あなたを残していけるわけないじゃない!」

「ぼ、ボクのことはいいから! はやく!」

「よくないわ! 待っててねセレナ、いま助けるから!」

「か、カナちゃん……」


 どうだ感動的なシーンだろう。存分に惚れ直すがよいぞ、セレナよ!

 ……まぁそんな展開にならないことは、私自身がよーくわかってるのだが。


「カナちゃんがそこにいたら、んだってばぁー!」


 うん、知ってる。

 おそらくセレナは、緊急脱出用のアイテムでも使用するつもりなのだろう。この間の失敗にかんがみて、今回はちゃんと持参してきたようだ。

 しかしそれを使ってしまうと、今までセレナにまとわりついていた全てのモンスターが、今度は私へと一斉に襲い掛かってくる。それを危惧きぐしてしまって逃げられないということだ。何とも心優しい相方様である。誰かさんとは大違いだ、泣けてきちゃうね。


「ま、前はあっさり見捨てて逃げたくせにぃー!」

「私は心を入れ替えたのよ! 今度こそあなたを救ってみせるから!」

「口調がすっごく芝居掛かってるんだけど! とっても生き生きしてるんだけど!?」


 だって実際楽しいし。目の保養だ、ちょーほっこりする。

 可愛いセレナがくんずほぐれつ、しったかめっちゃか。あぁやばい、何かに目覚めてしまいそう。

 絵心があればを作成したいところなのだが、悲しいかな私にはこれっぽっちもない。誠に遺憾ではあるが、記憶へ焼き付けることで我慢する。


「やっ、やだ、やめて!」


 よーし、がんばれー。いいぞー、もっとやれー。

 言うに及ばずだろうが、応援してるのはモンスター側である。


「ひゃぅんっ!? やっ、ぁ、だ、だめっ……」


 おぉ、えろいえろい。興奮しちゃう。


「い、いっそ、一思いにころして――……ん?」


 ……お?

 何かに気づいたようで、もみくちゃにされながらも悩みだした。この場を切り抜ける手段でも浮かんだのだろうか?


「……あっ! くっ、こ、ころせー!」


 唐突に《くっころ》さんを発動させている。代表的な例としては、気高き姫騎士さんがオークなどのモンスターに捕まった時に発する台詞だ。生きてはずかしめを受けるぐらいなら、一思いに殺せというやつだ。

 確かにこの機を逃せば一生言えない台詞だったかもしれないが、思いついたのってそれなのか。それでいいのか。我が相方よ。

 こんな状況でもなんともたくましい、なんともしたたかな奴だ。『打たれ強い』、見事に体現してたかもしれない。

 まっ、十分良いもの見れたし。それに免じて、今回のところはそろそろ助けてやるとするか。


 現在の私の職業は――『ウォーロック』。多種ある魔法の中でも特に『大魔法』を主体として戦う、マジシャン魔法使い系列の上位職だ。

 大魔法というのは、得てして詠唱に時間がかかるものである。しかし今の私には、嫌な顔一つせず、自ら進んでタンク役を引き受けてくれているセレナがいる。心地よく耳に届く歌声悲鳴を聞きつつ、悠長に唱えるとしよう。


 ――さぁ、括目かつもくせよ。

 これが! 私の! 全力、全壊――っ!


「――《チェインブラスト――ディストラクション》ッ!」


 一つ、爆発が起こる。それを皮切りに、所々で次々と爆発が起こり始め、止むことのない轟音ごうおんを奏でていく。その勢いはまさに燎原りょうげんの火と化した。

 このスキルは最初の爆発が起こった後、周囲にいる他の対象に反応して連鎖的な爆発を引き起こしていく超広範囲・高威力魔法であり……連鎖した数に応じて、最終的には凄まじい大爆発を――


「んにゃぁああああああああっ!?」


 ……爆発音と共に何か聞こえた。誰の声だろう。わかんないな。

 誰かはさっぱりわからないが、彼女の耐久力なら大丈夫だ。きっと生き残れる。がんばれがんばれ、おまえならいける。つよくいきろ、あきらめんなよー。

 精一杯の心を込めて応援をしてみたが、元々ここはPKプレイヤーキラー可能エリアじゃないので、ダメージは一切通らないのだけど。


 あと撃っておいてなんだが、正直このスキルをこんなにも大量のモンスター相手に放っては色々とヤバい。私の脳汁がヤバいとかはどうでもいいかもしれないが、サーバーへの負担がきっとヤバい。運営様マジでゴメンなさい。でも一回だけやってみたかったの、もう金輪際こんりんざいやりませんから許してください。

 それにしても……いやぁ、壮観だねぇ、爽快だねぇ、痛快だねぇ。良い子の皆は絶対に真似しちゃダメだぞっ☆


「――……ぜえー……、はあー……」


 爆炎と噴煙により視界はすこぶる悪いが、酷く疲れ切った声が聞こえてくる。ふらふらとこちらへ歩いてくるシルエットも、うっすらと見え始める。どうやら無事――かどうかは怪しいが、生きてはいるらしい。


「良かった、無事だったか」


 白々しく、あっけらかんと言ってみる。


「たっ、助けるの遅くない!?」


 おや、真っ先に気にするのはそこか。てっきり『助け方おかしくない?』ってくるかと思ったのだが。


「いや、悪い。ちょっと悩んでしまってな」

「……ボクを助けるか否かを?」

「違うんだ。こうして敵を一層してしまうと、危ないんだよ」

「ふぇ?」

「前にもモンスターが一気に湧いたことがあっただろう?」

「あー……あれかぁ」

「おそらく同じマップにいた他の人が、今のような倒し方をしてしまったんだろう。ここなら大丈夫だろうと思ったから、今回は駆除してしまったが」


 モンスターを一層してしまうと、一斉に復活することになり、瞬時に大量のモンスターが集う場所――俗にいう『モンスターハウス』が生まれてしまう。その殲滅に間に合うようなプレイヤーばかりであればさほど問題ないが、そうとも限らない。

 幸いこの狩場は過疎地かそちであり、周りに人影は見えないことを一応確認したため、他のプレイヤーに迷惑がかかることもないとは思うが、普段はなるべく控えた方がいい行為ではあるのだ。念のために繰り返すが、良い子の皆は真似しちゃダメな行為だ。


「そ、そっか……ごめんね、疑ったりして」


 セレナの純粋さがまぶしい。良心が痛んでしまうではないか。

 とっさに思いついた言い訳である上に――この後、〝おかわり〟もあるというのに。


「まぁ、実際に見てみた方がいいだろう」

「え?」


 直後、すぐ傍にモンスターが出現し始める。丁度湧き時間を迎えたようだ。ナイスタイミングだ、モンスターちゃんたち。


「……へっ?」

「な? こういうことになるんだ」

「い、いやっ……『な?』じゃなくって……あの?」


 言いつつ、私は《ハイディング》スキルを使用した。自らの身を隠すことにより、敵に狙われることがなくなるスキルだ。なので現在私の姿は、パーティメンバーであるセレナにだけ半透明になって見えている状態である。

 やがてモンスターたちの視線が、ある一点へと一斉に集まる。奴らの目に映る唯一の攻撃対象――セレナへと。


「えっ、ちょっと、まって……か、カナちゃん? じ、じょうだん……だよ、ねぇ……?」


 不安げに表情が引きつっていくセレナ。

 私はニッコリと、満面の笑みを浮かべて応えた。


「『打たれ強い人』って、素敵だと思うの! とーっても……♪」


 全身全霊で可愛らしいポーズを取ってみる。

 セレナの顔から血の気が引き、絶望の色に染まっていく。


「お、おにー! あくまー! ひとでなしーっ!!」


 うんっ。良い反応だね、やっぱり最高に可愛いね!

 こんな目に遭わされているのだから、もう私のことなど無視して逃げれば良いのに。しかし彼女のことだから、脱出用アイテムの存在などすっかり忘れているのだろう。


「くっ……、ころせぇーーー!!」


 このあと滅茶苦茶ほっこりした。

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