つかみどころがない人――《ミステリアス》?

「『つかみどころがない人』ってステキらしいねぇ」


「……なるほど?」


 どこで仕入れて来た情報かは知らんが、それには全面的に同意だ。いわゆる《ミステリアス》な人というのは、私の目にも魅力的に映る。

 そんなことを言いだしたからには、また演技を披露してくれるのだろうか。そう心を躍らせていると、


「なので、こんな感じでどうかな?」

「……?」


 なぜかセレナはいきなり装備のステータスを見せてきた。何事かと首を傾げるも、ひとまず拝見させてもらう。

 新たな衣装を身にまとった姿は相変わらず可愛らしい。よく似合っているとでも言えばいいのか? いや、そんなお世辞を求めてくる奴ではないはずだ。

 そもそも外見を見せるだけなら、ステータス画面を見せる必要などないのだ。ならば何が『こんな感じ』なのだろう。

 私からどんな答えを求めているのかはさっぱりわからないが、ぱっと見でも装備のコンセプトはわかった。これはどうやら、Agility敏捷値や、Evasion回避値に特化した装備――

 ――って、おい。まさか、セレナ……?


「ちょっと『つかみどころがない人』になってくるね!」


 違う、そうじゃない。お前は一度辞書を引いてこい。

 どうもセレナは『つかみどころがない人』を『敵の攻撃を避け続ける人』とでも解釈したらしい。様式美のような天然っぷりを発揮してくれる。

 でもまぁ、黙っておくとしよう。その理由はもちろん、『面白そうだから』。

 さぁ、今日もセレナの観察ストーキングに精が出るぞー。


     ◇


 敏捷びんしょう値とは要するに『素早さ』だ。それを上げれば回避率はもちろん、攻撃速度も上がる。

 つまり敏捷ステータスに極振りした、現在のセレナの攻撃速度は――


「あはっ、あはははははは!」


 早い、早すぎる。早すぎて気持ち悪い。酔いそう。現実でそんな動きしたら、絶対にけんとか骨とか逝くだろうに。


「たのしい! たのしいねぇ、これ! 遅すぎるよぉキミたちぃ、誰かボクを止めてみろー! 世界が止まって見えるぞーっ、あーっはっはっは!」


 ことバーチャル世界においては、どうやら逝くのは〝頭〟らしい。

 普段はそんな笑い方する奴じゃなかったような気もするし、若干《厨二病》も入ってないか、あれは。

 モンスターに攻撃すると、与えたダメージ量が数字となって浮かびあがるものだが……現在セレナと対峙している相手からは、おびただしい数のダメージ数値が滝のようになって表示されている。その数字に姿が隠されてしまい、モンスターではなく数字と戦っているようにしか見えない。一体何と戦っているんだ。

 ……しかしその浮かび上がる数字は、と言えば。

 その多くは何とも残念な一桁のダメージだった。それどころか『0』という目を疑う数字まで表示されてしまっている。攻撃力があまりにも低すぎて、ダメージが全く通ってないらしい。

 非常に楽しそうなのはいいが、それだと一匹倒す頃には日が暮れてしまうぞ……などと思っていたら案の定、


「あ、あれっ? なんだか、被弾が増えてきたような……」


 ……まぁ、そうなる。

 あれから一匹も倒せていないのだから、その間にもモンスターが寄ってきてしまい、既に結構な数に囲まれてしまっている。およそ……七、八体ほどか。

 いくら極限まで回避率を高めたところで、全ての攻撃が完全に回避し切れるわけではない。例え命中率が1%に満たない下手な鉄砲だとしても、数を打ち続ければいつかは当たる。そうでなくとも必中攻撃というものも存在するし、敵の数が増えてくればなおさら被弾の恐れが出てくるものだ。


「処理が……お、追いつかないいぃ……!」


 殲滅せんめつしようにも絶望的に火力が足りてない。あれではいずれ死亡してしまうだろう。

 ったく、仕方がない。ぶっちゃけいつものことだ、慣れっこだ。

 私は現在戦闘中だった敵を迅速じんそくに排除し、非戦闘時であればいつでも職業の変更できるというありがたいシステムを行使した。

 変更した職業は――『エンチャンター』。味方に強化バフ魔法を行える支援職だ。その力は――まぁ実際に見てもらった方が早いだろう。私はすぐさまセレナに向けてスキルを発動させる。


「――《アタック攻撃力エンハン向上ス》」


「……おっ?」


 必死に攻撃を続けるセレナが目を見張った。それはどこからともなくバフを貰ったことに対する反応だろう。

 だが驚くのは早いな。まだまだ、だ。


「――《パワーアップ筋力上昇》。《ウェポン武器オーラ強化》……《戦女神の加護》」


「おぉぉぉぉぉ!?」


 大きな声を発した上に目を輝かせている。それもそのはず、急に与えるダメージが100~200……つまり先ほどまでの100倍ほどにまでダメージが膨れ上がっていたのだから。

 と言っても、そのダメージ量は決して高いわけではない。だがあの攻撃速度でその数字が出るなら、及第点なDPSダメージ効率だろう。その感想が正しいことを示すように、みるみる敵の数が減っていく。


「カナちゃん、来てくれたんだ。ありがとぉぉぉ……」


 何とか掃討し終えた途端に、セレナがぱたぱたと駆け寄ってくる。

 てっきり『なんでここに?』と勘ぐられるかと思ったが、ここまで素直に礼を言われるとは思わなかった。なんて純粋な奴なんだ。


「気にするな。それよりな、セレナ」

「うん?」

「お前は『つかみどころがない』の意味をき違えているぞ?」

「えっ。そうなの?」

「ああ、そもそも――」


 不意に何かを感じて、反射的に飛び退く。

 今しがた私が立っていた場所のすぐ傍にモンスターが湧いた。どうやらリポップ再出現の時間が来てしまったらしい。それも同じマップにいる他のパーティが一掃でもしてしまったのか、次々と湧いてくる。先ほどの数の、優に三倍を超えるだろうか。

 この数は……さすがにマズい。現在の私は支援職であるエンチャンターになってしまっていて、戦闘能力はほぼ皆無だ。一方のセレナは攻撃速度特化ではあるが、おそらく高火力の範囲攻撃は持ち合わせていない、一体づつしか処理できないスタイルだろう。


「……すまん、セレナ」

「へっ?」

「強く……生きろよ……っ!」


 致し方なく、私は街へと帰還できるアイテム《トランスファー転移のフェザー》を使用した。セレナを独りこの場に置いていくなど良心が痛む。すっごく痛む。涙がちょちょぎれちゃう。……ホントダヨ?

 でも――仕方ないじゃない。セレナは最高に可愛いけれど、それ以上に私は自分の身が可愛いんだもの。


「はっ……、はくじょうものーーーっ!?」


 転送される寸前で、そんな断末魔だんまつまの叫びが耳に届いた。何でか、とってもぞくぞくした。


     ◇


「お、おう。お帰り、セレナ」

「ひどいよぅ……見捨てていくなんてぇ……ぐすっ、ひっく」

南無なむ


 泣き顔も拝めるとは、今日はなんて美味しい日なのだろう。


「すまんな、デスペナをもらいたくなかったんだ」


 『デスペナ』――『デス・ペナルティ』とは死亡した際に負う罰のことで、装備の耐久値をごっそりと持っていかれたり、せっかく稼いだ経験値を失ったりしてしまうものだ。ちょーこわいやつだ。


「ぶぅー……。ボクとデスペナ、どっちが大事なのさぁ」

「ははは」


 とりあえず笑って誤魔化しておいた。


「あ、さっき言いかけてた……『つかみどころがない』の正しい意味ってなーに?」

「ああ……。忘れるところだった」


 うーんと唸りつつ、頭の中の辞書を引く。これは多くの人が身に覚えのあるものだと思いたいが、〝なんとなく〟の意味がわかっていても、言葉にして説明するというのはなかなかに難しい。


「そもそも『つかみどころ』とは、何かを知ろうとする際の『手掛かり』のことだ」

「ほむ、ほむ?」

「それが無い人ということは、つまり……何を考えてるかよくわからないとか、不思議な雰囲気を持っている――悪く言えば『とっつきにくい人』、良く言えば『《ミステリアス》な人』――といったところか」

「おー……カナちゃんってば物知りさんだぁ」


 この程度のことであれば、大体の人はニュアンスぐらいわかってそうだが。セレナの頭の中がどうなっているのか、一度じっくりたっぷり覗いてみたい。もちろん健全な意味で。


「なるほどなぁ。それならボクのタイプって、『つかみどころのない人』かもしんないなぁ」

「うん?」

「だってそれって、たまきくんみたいな人のことかなーって思ったから~」

「ほ、ほう? そうなのか?」

「うんー。初めて見た時、あの人いったいなに考えてんだろーって、すっごく不思議に思って。自然と目で追っちゃってたんだよねぇ」

「……なんかその言い草だと、『頭のおかしい人』って感じじゃないか?」

「うんうん。あの人こんなとこで何してんだろ、変な人だなーって……――あっ」


 私はニッコリと、この上なく綺麗な微笑みを浮かべた。そこに効果音をつけるとしたら「ゴゴゴゴゴ……」だ。〝激おこ〟どころではない。〝ムカ着火ファイアー〟ぐらいに達してる。


「あ、ぼ、ボク、ちょっと用事を思い出した気がするなぁ……あは、あはは」


 そう言い残してセレナは脱兎だっとごとく走り去って行った。

 ……どこへ行こうというのかね?

 敏捷値を極限まで高めたところで、逃げ足まで速くなるわけじゃないのだぞ……セレナよ――!

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