ほぼ素――《ダメな子》

「たあー!」


 ……?


「ほいやー!」


 …………。


 なんだろう。セレナが謎の奇声を発しながら、謎の踊りをしている。UFOを呼ぶ儀式チャネリングでもしているのだろうか。

 《アホの娘》ぐらいなら可愛いものだが、《電波系》ちゃんは正直ちょっと遠慮したい。

 いっくらセレナの外見が可愛くても……いや、ギリギリ有りか? いや、全然有りだ。可愛いこそ正義。正義はセレナにこそ有り。


「さっきから何をしてるんだ?」

「んー、イメトレ!」

「イメトレ?」

「うんー。ちょと『ハイブリ』にチャレンジしてみたくって!」


 『ハイブリ』――『ハイブリッド』の略で、武器や属性などを状況に応じて二種類同時に扱う戦闘スタイルのことだ。例えば剣と斧、火属性と水属性のように。

 こと物理武器職におけるハイブリの利点としては、相手の攻撃を受け流すスキル――《パリイング》などを使用し、生存力と殲滅力を両立させる点にある。

 《パリイング》とは、通常ならば相手の攻撃を無効化するだけに留まるスキルだ。しかしスキルレベルが高く、かつタイミングまで完璧に合えば、相手の体勢を崩して大きな隙を作ることができる。その上で一撃が重いスキルを使用できる武器に持ち替えることで、被弾することなく高火力を叩き込めるという、なんともお得感漂うスタイルである。

 良く言えば『万能職』、悪く言えば『器用貧乏』。主に一人での活動を好むソロプレイヤーや、一緒に狩りに行く人がいない寂しい人間に御用達なものだ。


 しかしセレナは何を考えてそんなものに思い至ったのだろう。相方というものがありながら。

 ……なんだろう、少しモヤっとした。


「よっし、ばっちし! ちょっと実践してくるね!」

「いってらー」


 …………。


 ……――素直に見送ると思ったか?

 もちろん付いて行くに決まっているだろう! こっそりとな!

 勘違いして貰っては困るが、これは断じてストーカーなどではない。相方である私にのみ許された特権を行使しているだけだ。

 可愛い可愛いセレナの一挙手一投足をこの私が見逃すはずがなかろうて!


     ◇


 セレナが訪れていたマップには、『ミノタウロス』というモンスターが沸く場所だった。

 ミノタウロスとは、牛の頭を持った巨人で、その体躯たいくに見合った大きな斧を持つモンスターだ。その名だけでも多くの人が容姿を大体掴めそうなほどに有名な存在かもしれない。

 大柄おおがらゆえに動きも遅く、攻撃も大振りであるためタイミングがわかりやすく、パリイングの練習には打ってつけな相手ではある。セレナにしては珍しく良い考えだ。


「よっし、ここでパリ……ぎゃふんっ!?」


 ……遅い。

 発動に失敗し、ミノタウロスの攻撃がクリーンヒットしてしまっている。


「ぱ、ぱりぃんぐー……いたっ、いたい」


 今度は早すぎる。

 あれでは体勢を崩すどころか、攻撃の無効化にすら失敗している。普通に痛そうだ。

 頑張るのは良いことだと思うし、応援したいところなのだが……うーん。あれが上達したあかつきには、彼女はソロで狩りに出る機会が増えてしまうのだろうか? 何とも複雑な心境だ。


「くっ……《パリイング》!」


 ……お。今のはいい感じ。

 さぁお次は武器を持ち替え――持ち替え……?

 セレナよ、何をおろおろしている。……次に何をすればいいのかを忘れたのか? それとも、スキルが発動しなくて焦っているのか?

 おそらくそのどちらかだろう。単に頭が真っ白になった――《天然ボケ》。もしくは武器を持ち替えるのを忘れ、現在の武器では使用できないスキルを必死に発動させようとしていた――《ドジっ娘》だろうか。どちらも『ほぼ素』に近いセレナの属性である。

 やがてせっかく崩した体勢を立て直されてしまい、再びモンスターの強靭きょうじんがセレナへと襲い掛かった。


「んぎゅうっ!?」


 セレナの脳天にミノタウロスの斧が直撃する。ここがゲームの中じゃなかったら痛いどころでは済まない。彼女は痛そうに頭を押さえてる。私も「あちゃー」と額を押さえた。

 これは割とよく見慣れた彼女の姿だった。でもそこがまた良い。《ダメな子》って可愛いじゃない。


 ――っておい、セレナ。

 ちゃんと自分のヒットポイントHPを確認しているか? あと二、三回も被弾すれば死んでしまうぞ?

 んんー……どうもあれは気づいてない、な。


 ……仕方がない。


「――《パリイング》」


 私はセレナとモンスターの間に割って入り、振り下ろされる斧を華麗に受け流した。我ながら完璧だ、お手本のようなパリイだと自画自賛したくなる。


「か、カナちゃん? なんでここに――」

「いいからほら、さっさと倒せ」

「う……うんっ!」


 頷きを見せたセレナは、落ち着いて『剣』から『つち』へと持ち替え、本日まだ一度も振ってなかった強打スキルを放つ。その火力自体は十分だったようで、散々苦戦を強いられていたミノタウロスを、彼女は一撃のもとにほうむった。



「ありがとう、カナちゃん……ボク、ぜんっぜんHP気にしてなかったぁ……」

「世話が焼ける奴だ。しかしなぜ急にこんなことを始めたんだ?」


 回復魔法をかけながら、どうしても気になっていた質問をする。


「う。そ、その……」

「うん?」

たまきくんと、二人で狩りにいくとしたら……こういうスタイルが一番かな、って……?」


 確かに間違ってはいない。

 私の別キャラである環は、火力特化の単体魔法攻撃職だ。組む相手としては前衛職が望ましく、特にその中でも被弾せずに自身も火力になれるハイブリッドを選ぶというのは理に適っている。


「なるほど、な……」


 つまり――セレナなりに、導き出した答えだったのか。


 私の――環の嫁となるために。


「正しいが、別に何もこればっかりじゃない。相性の良い職やスタイルなんて、他にもいくらでもある」

「ほ、ほむ……?」

「だから、お前の肌に合う戦い方を探そう。――私と一緒に、な」

「う、うんっ! よろしくね、カナちゃんっ」

「そうと決まれば、みっちり扱いてやるからな。お前が本当に、環の嫁となる気概きがいがあるかを試すために」

「……なるべく、お手柔らかにお願いしますぅ……」


 ――セレナは、私のことをわかっていない。

 そんな台詞を言われたら、余計に厳しくしたくなるというのに。

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