第3話  拾いもの

 バルノがカナンと出会って10年が経った。


 カナンはバルノが漁に出るのを黙々と手伝った。小舟を出し、網を投げ、引き揚げた網の中から手頃な大きさの魚を選別する。選別した魚を市で売るのはバルノで、カナンはその間に網の手入れや素潜りをして、彼の帰りを待っていた。

 カナンは素潜りの天才だった。緑碧の水を湛えるイェシル河に銛を一本携えて潜り、その日一番値の張る大きな魚を穿ち、バルノの手助けをした。

 また、エイラム側の人々の落とし物を拾うことに長けていて、酔客が落とした金の髪飾りや硝子のコップを河底から拾い上げては、生活の足しにしていた。この日もカナンは、流れの緩やかな窪みに落ちていたという、小指ほどの紅玉のついた金の細工の美しい耳飾りを片方拾ってきた。


 市場で今日獲れた魚をあらかた捌くと、次にバルノは細工屋へ足を運んだ。耳飾りを買ってもらうためにだ。年老いた細工屋の主も慣れたもので、やぁまたかい、と気さくに声をかけてくる。

「今日もカナンが拾いものをしたのかね。モノはなんだい?」

「耳飾りだ。紅玉がついている」

 どれどれ――と、細工屋の主は飴色の引き出しからレンズを取り出し、耳飾りを丹念に見始めた。ああ、いい石だ、傷もないし丸い、本体も本物の金、細工も申し分ないねぇ、と、呟いた。それからペンチを取り出し、皺だらけの手で丁寧に紅玉を外し、横の棚から秤を持ち出して、耳飾り本体の金の重さを量る。

「いい拾いものをしたね。これなら首飾りに変えても遜色ない」

 買い手もつくだろう、と秤の目盛を見ながら老人は微笑んだ。

「じゃあ買い取ってくれるか」

「もちろん。カナンの拾いものだしねぇ、あの子は本当にいいものを拾ってくるよ。

お前さんもいい拾いものをしたねぇ」

 貨幣をひぃふぅみぃと数え、バルノに手渡す。

「親が見つからないから預かっているだけだ。こんな拾いものをしなくたって、カナンを育ててるさ」

 まるで金目の物を拾ってくるから育てている、といった風に言われたバルノは表情を硬くして老爺に言い返した。

「おっと、そんな意味じゃあないよ。カナンはいい子だし、それに美人だ。父親としても将来が楽しみじゃないか」

 嫁に行く日も近いかもねぇ、と老爺はからからと笑ったが、バルノは憮然とした表情で金を受け取り黙っていた。


 近所の住人も、見目良いカナンをいい拾いものをしたと言ってくる。それもバルノは気に入らなかった。カナンは薄金髪に緑碧の瞳、健康的に焼けた肌にすらりとした手足が伸びている、バルノから見ても品の好い顔立ちをした少女だった。成人前だというのに、最近縁談の話がちらほらと出てくるようになった。いい所に嫁がせて持参金で楽な生活をすればいい、などとほざく連中が後を絶たないので、バルノは親子ほど年が離れているがカナンを嫁に貰おうかと考えたほどだ。それほど、損得勘定でカナンを引き取ったと思われていることが腹立たしかった。

 バルノはむっつりとした顔をしながら、家路についていた。

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