第4話 漁

 空がだんだんと浅黄色に染まる頃、カナンは目が覚めた。そうっと寝床から起き上がる。まだ寝ているバルノを起こさないためだ。服を手早く着替え、台所に立つ。簡素な台所に、竈が一つ、まな板が二つ。一つは、魚を捌くためのもの、もう一つは果物を切るためのまな板である。

 それを横目に、竈に火を入れる。初めて竈に火を入れたときはおっかなびっくり、バルノに見守られながらやった。今はもうバルノの手助けも見守りもいらない。手際よく木っ端に火種を起こし、それを薪へと移す。竈の上には鍋が置かれており、カナンは数回鍋の中身をかき回した。今朝の食事はパンと昨夜のシチューの残りをあたためたもの、そして昨日市場でバルノが買った新鮮な西瓜だ。これから二人、漁に出るので朝食は手早く済ませることにしている。


 ちょうどシチューがあたたまった頃に、バルノは起きてきた。いい匂いだな、と欠伸をしながらのっそりと言った。

「バルノ、おはよう」

 カナンが声をかけると、彼は、おはようさん、と伸びをして返事をした。

 テーブルに布をかけ、椀にシチューをよそい、パンを置く。西瓜は汁気があるので木目の皿にのせて出す。短い祈りの言葉を呟いて、食事が始まる。

「今日でパンが終わるから、漁のあとパンを作りに行ってくる」

「おおそうか。じゃあ今日の手伝いは舟出しだけでいいぞ」

「じゃあ今日は河底を見てみる」

 ああ、とパンを頬張り、シチューをかきこみ、バルノは応えた。あまり上品とは言えないがバルノは早食いだ。子供のように口いっぱいに食べ物を詰め込む。これはカナンが来る以前からの習慣らしい。行儀が悪いと周囲の大人たちは言うが、カナンは気にしなかった。


 食事が終わり、二人は漁へと出た。

 バルノに言われた通り、小舟を出す手伝いだけしたあと、カナンは軽く体を動かし、足首を回した。素潜りの準備はそれだけだ。

 バルノを見送った船着き場から緑碧のイェシル河へと入り、大きく息を吸って、とぷりと潜る。

 ぐんぐんと泳ぎ、船着き場から離れ、エイレムとの境ぎりぎりに辿り着く。水面から水中へと光が届く。きらきらとした光の梯子を横切って、昨夜のエイレムの人々の、宴の落とし物を捜す。捜している間に大きな魚が一匹、ついと目の前を通る。水底を丹念に見て回る。水面に顔を出し、息継ぎをして、また潜る。小魚の群れと行き会い、向こうが驚いて散開する。漁の邪魔をしないよう、水面に顔を出した時に周囲を見回したが、今日はこちら側まで誰も来ていないようだ。

 何回目かの潜水で、ようやくお目当てのものが見つかった。半分砂に埋もれた、切り細工が見事な赤い硝子のコップだ。割れないように丁寧に砂から掻き出して、水中で洗う。水面から届く光が、硝子をきらきらと輝かせる。欠けもヒビもなさそうだ。カナンは満足げな笑みを浮かべ、船着き場へと泳いで行った。


 今日のパンの模様は、コップの細工模様を真似て作ってみた。バルノは眉間に皺を寄せ、似てるかぁ?と首をかしげたので、カナンはバルノの足を思い切り踏んづけてやった。

 

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