第5話 争い
スィナンとエイレムの間にちょっとした騒ぎが起きた。
スィナンからエイラムへ行商をしに来た女を、関所の役人が足止めさせ、手を出そうとしたのだ。その一部始終はスィナン・エイラム双方の通行人が見ており、スィナン側の人々によって女は役人の手から逃れられた。しかしスィナンの人々がその役人を袋叩きにして、エイラムの人々の前でイェシル河に叩き落としたのは、やりすぎだった。いい気味だ、さんざん俺たちを見下してきて、などスィナンの人々は口々に言った。
それを見たエイラム側の人々は、貧乏人が調子に乗るなと挑発した。挑発に乗ったスィナンの人々とエイラムの人々はそこから罵り合い、押し合いになり、取っ組み合いの喧嘩に発展し、怪我人が出る有様となった。
以来、両国の関所周辺は緊迫した雰囲気となり、罵り合いや小競り合いが続くようになった。軍人が小競り合いに顔を出すことはなかったが、そのうち出てくるだろう、そうなれば戦争か、スィナンはエイラムに勝てるのか、と噂するようになっていた。
今日は何人河に落としたとか、蹴り飛ばしてやったとか市場に来る客の中にも争いに混ざる者がいるらしく、不穏な空気に染まりつつあるスィナン国内にバルノは不安を感じ、カナンにチャウラ橋には近づくな、あまり外に出るなと言った。カナンはおとなしく従い、漁以外ではあまり外に出ることもなくなった。
年頃の娘には酷かもしれないが、今のスィナンの雰囲気を感じてほしくないとバルノは思ったし、早くこの騒動が収まるのを願っていた。
この日も小競り合いが続き、何人もの人がイェシル河へ落とされた。幸い、死者は出ていないものの、そのうち出るだろう、とバルノは思いながら市場で魚を売っていた。死者が出れば、戦になるだろう。自分はともかく、カナンは逃がしてやりたいと考えながら商売をしていたたため、バルノは何度も釣銭を間違えて多く返していた。帰りも、考え事をしていたせいか、何もない所で何度も躓いた。今日はついてない。
家に帰ると、カナンは一人の怪我をした若者を手当てしていた。身なりでスィナンの人間ではないことがわかる。
「カナン、誰だそいつは」
「クラハよ。潜っていたら上流から流れてきたの。チャウラ橋から落ちたみたい」
「エイラムの人間じゃないか」
「でも、怪我をしているの。スィナンの人がやったのよ」
左腕を刃物で切られたらしい若者は、エイラムの商人見習いクラハと名乗った。
「小競り合いは刃物を持ち出すまでになりました」
クラハはまっすぐにバルノを見て語った。
「死者が出る前に両国のギルド長と役人と軍が話し合いをして、両国の通行は当面禁止することになりましたが、うまく収まるかどうか……」
「そんなもの、若造のお前さんが気にすることはない。俺たちだって馬鹿じゃない。こんなことを続けたってなんの得もない事くらい分かっている。熱が冷めたら元通りに交易も通行もできるだろう」
「そうなるといいのですが……」
クラハの声を遮るように外で大声が聞こえた。何事かとバルノが玄関をのぞき込むと、どかどかと数人の男たちが家に入ってきた。
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