第6話 逃走

「カナンがエイラムの人間を拾ったてな。俺たちに引き渡せ」

 家に入り込んだ男の中の一人が言い放った。

「怪我をしている。それにまだ若い。手荒な真似はするな」

 クラハの前にバルノが立った。血気はやった連中が、クラハをどうにかしようとしている。最悪それで戦争になりかねない。戦争だけは阻止せねばならないとバルノは思った。

「先に手を出したのはエイラムだ」

「エイラムだが、この若者じゃあない。手を出した奴はとっくに罰を受けている」

「スィナンを裏切る気か? バルノ。軍に突き出せば金がもらえるぞ」

「いや、いっそ殺してチャウラ橋に晒そうぜ。いい見せしめだ」

 別の男が叫んだ。

「おい、そこまですることはないだろう、血生臭いのは勘弁だぜ」

「じゃあエイラムに返そう、そうすればこいつの両親から金がふんだくられる」

「馬鹿、ただで返すものか。足腰が立たないくらいに叩きのめしてやる」

 男たちは口々に好き勝手なことを語りだした。


「――クラハはエイラムに返すわ」

 男たちの声に交じって、カナンの涼やかな声が響いた。

「でもお金はもらわない。手当てをして、傷が癒えたらエイラムに帰ってもらうの」

 熱で浮わついた大人たちの前で、冬のイシェル河のような澄んだ音が流れた。

「何を馬鹿な。治療し損じゃあないか」

「そうだそうだ、治療費くらいはもらっとけカナン」

「そもそもエイラムの連中のせいで漁までやりづらくなったんだ、金をもらって何が悪い」

 そうだそうだと男たちはカナンに詰め寄った。カナンはクラハの傍らで小さく首を横に振る。

「クラハはエイラムに返すわ」

 大人たちを冴えた目で見回し、もう一度、同じ言葉を紡ぐ。

「なんだと。カナン、お前もエイラムの人間か」

 怒気を押し殺した声で男がカナンをにらんだ。

「そういえばそうだったな。親の分からねぇ孤児だって言っていたが、エイラムの人間かもしれねぇってバルノも言っていたしな」

「エイラムの人間だからエイラムに甘いのか」

「こいつもお前も出ていけ。裏切り者が」

「やめないかお前ら。カナンもクラハも何もしていない」

 矛先が少女に集中し始めてバルノは男たちとカナンたちの間に入った。

「うるさいバルノ。そもそもお前がカナンみたいなエイラムの人間を拾ってきたのが間違いだったんだよ」

「そうだ、二人とも引き渡せ。エイラムの人間なんかぶっ飛ばしてやる」

 男の一人がバルノを突き飛ばし、カナンとクラハに近づこうとした。バルノはよろめき、尻餅をつく。と、カナンがクラハの手を取り、あっという間に男たちの間をすり抜けて行った。


「逃げたぞ、追え!」

「逃げろ、カナン!」

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