第7話 人魚のカナン
カナンとクラハはチャウラ橋に向かって走っていた。陽の沈む街中を橋に向かって一心に走る。後ろからは大人たちが追いかけてくる。裏切り者だ、エイラムの人間だ、と口々に叫びながら走ってくる。
道行く人々は驚き、逃げてくる二人がまだ年若く、追いかけてくる男たちの形相が恐ろしかったので、両者を見比べる者たちばかりで、若い二人を追う方に加勢するものはいなかった。カナンは勝手知ったる街中を、ときおり人とぶつかりそうになりながら駆け抜けた。それでも大人たちの足のほうが速く、チャウラ橋のたもとで追いつかれそうになっていた。
チャウラ橋のたもとでは、役人たちが集まっていた。
「カナン? どうした」
自分に対して好意的な役人たちばかりであるのを見て、カナンはクラハを彼らに託した。
「この人をエイラムに渡して。殺されちゃう」
「何? エイラムの人間か?」
「そう、うちに来て殺されそうになったの。早く向こう側へ」
わかった、と役人はクラハを受け取り、橋の向こうへと走らせた。カナンは追いかけてきた男たちをきっと睨む。
獲物を目の前で逃がした男たちは怒り狂った目をカナンに向けた。
「お前だけでも殺してやろうか」
「どうせエイラムの人間は皆クズだ」
「そうだ、こいつだけでも殺そう」
役人が制止に入る前に男たちの手がカナンに伸びる。と、カナンはチャウラ橋から身を投げ出し、イシェル河へと飛び込んだ。
呆気にとられる男たちを尻目に、カナンはみるみるうちに泳いで橋から遠ざかって行った。そして、しばらくしてとぷりと潜水し、それから見える範囲には上がってこなかった。男たちも役人もカナンを見失った。
それきりカナンは姿をみせなくなった。
数週間後、スィナンは正式にエイラムとの交易を再開し、以前のように行き来できるようになった。チャウラ橋以外にも通行できるようにと、下流に大きな橋の建築が決定し、スィナンとエイラムを往復する船の数も以前より増えた。エイラムは以前のように宴会船を出し始めた。
スィナンではエイラムを相手に商売をするものが増えた。
バルノはスィナンに残り、一人漁を続けていたが、漁は以前よりも多く魚が入るようになり、人を雇ってエイラムにも卸すようになっていた。カナンの事は気になったが、あいつのことだから大丈夫だろうと思っていた。
カナンが消えてから、夜中に大きな魚が跳ねる音を聞いたり、人魚だ、という酔漢の悲鳴が聞こえることがたびたびあった。
人魚は夜な夜な河を泳ぎ、人々を驚かしては楽しんでいるという噂がバルノのもとにも届いていたが、彼がその人魚を見ることはなかった。
完
人魚のカナン 東 友紀 @azumayuki
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