第2話 関所
「5歳くらいの女の子、カナンと……」
エイレムとスィナンの国境でもあるチャウラ橋の東側の関所に二人は立っていた。
エイレムの関所の役人はカナンの容貌を書類に書き留め、貧相な身なりのバルノをちらりと見る。
「一応届け出は受けるけど、本当に迷子なのか? アンタ、生活に困って自分の子供を捨てようってんじゃないだろうな?」
たまにいるんだよねぇ。スィナンの人間にそういうやつが、と役人は独り言のようにつぶやき、書類を棚にしまった。
「馬鹿なことを言うな。俺の舟に勝手に乗っていたんだ。それも夜中に」
「そこが怪しいんだよ。夜中に子供がひとりで舟に乗るかっての。おおかた親のアンタに怒られて、ほとぼりがさめるまで舟に逃げ込んだんじゃないのか?」
「違う、俺は独身で――」
懸命に説明するバルノの言葉を役人は途中で遮った。
「はいはい、わかったわかった。とりあえず受け付けたから親が見つかるまでその子の面倒を頼むよ」
「ここで預かってくれるんじゃないのか?」
「ここは関所だ。迷子預かり処じゃねぇ」
さっさと帰れ、と言わんばかりに役人は次の書類に目を通し始めた。スィナンからエイラムへの通行許可を待つ荷馬車が目の前に止まった。ほら、終わったならどいておくれ、と荷馬車から降りてきた威勢のいい女に怒鳴られ、バルノはカナンを連れて、とぼとぼとスィナン側へと戻っていった。
カナンはあまり話さない子供だった。
子供を持たないバルノだが、近所の子供達を思い浮かべるとこれくらいの年齢の子はとめどなく何かをしゃべっているし、女の子だったら尚更おしゃべりであるはずだ。なのに、カナンはこちらから話しかけてやらないと話さない。ただ、バルノの問いに対しても「わからない」「しらない」と応えることが多いので、話すのが苦手なのかもしれなかった。
もしくは親や周囲の大人に、大事にされなかったのだろうか。だから自己を主張したりしないのだろうか。そう思ってしまうと、寡黙なカナンに対して、あまり強く出られない。
しかし何故あんな夜中にカナンは自分の舟に乗っていたのか。そこが一番の謎である。どうしてあそこにいたのか尋ねてみても、カナンは首をかしげるばかりである。
昨日、何か特別変わったことをしたか、とバルノは思い返してみた。朝、いつも通りに不自由な足で小舟を出し漁に出て――、その日、バルノの網に虹色に輝く魚がかかった。ほかの真珠色の魚のなかでひときわ目立つそれは、子供の頃から漁を営んできた彼ですら見たこともない魚だった。市で売れば高くなりそうだとも思ったが、 金ほしさよりも恐ろしさが勝り、とりあえず逃がしてやることにした――
あれか?
虹色の魚の恩返し。昔語りにありそうじゃないか。
「大人の女だったらよかったのになぁ…」
深くため息をつくバルノを、カナンは不思議そうに見上げた。
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