第二十九話 まあ素敵! それはジューンブライドを迎えた時の約束だよ!


『……タイムリープ。またはゆとりを持ち、時間旅行タイムトラベルと称する?

 あくまで脳内。この場にいながらも、イメージという名の映像ビジョンが動いている。

 それに基づき、文章という形で伝えている。それが魔法の日記帳マジカルダイアリーの正体だね』



 この時だ!

 わたしはふと、そう思った。


 この日記帳を開いて、わたしをイメージして語ってくれている。


 それはまた『ありがとう!』と、

 その一言に尽きるの。かけがえのないあなたは、今そこにいる。



 本当はね、もうすぐお家に着きそうな幼稚園の前が今現在いまげんざいの舞台だけど、お話の都合で少し回想の場面。学校が舞台になった。


 ……さっきとお話が重複すると思うけど、一日のお勉強の時間が終わり、旧校舎の三階にある『青空戦隊あおぞらせんたい』の秘密基地で、お兄ちゃんが来るのを、わたしなりに大人しく待っていた。しばらくしてドアが開く。それはタイマー式の自動ドア? でもなく、お兄ちゃんが迎えに来たと思った。でも、お兄ちゃんと同学年のあかねちゃんとあおいちゃん。二人のお姉ちゃんが遊びに来てくれたの。そこまでが、前回のお話だった。


 ……寂しかったの。


 二年生の三学期、さとちゃんは遠く南へ転校しちゃった。



 だから、(この時間旅行だけど)


 ここは、まだ学校内だし、

 もう少しだけ、寄り道していいかな?


 とっても恥ずかしいけど、

 のちのお話につながるからね、避けて通れなくなっちゃったの……。


 まず見るものはね、

 橙色だいだいいろ手提袋てさげぶくろの中から現れた『白色はくしょくのお洋服!』(新しいアイテムかな?)


 でも、よく見るとね、それが『純白じゅんぱくのドレス?』……にも、見えちゃうの。


 これを、わたしに? って思っているとね、「気に入っちゃった?」と、声をかける茜ちゃんとは微妙に違ったニコニコ顔の葵ちゃんが、「じゃあ、さっそく」と、わたしのブルーな半ズボンに両手をかけ、そのまま下しちゃって……って、ええっ?



 ――それはね、ほんの三時間くらい前のことだ。


 窓から見えるお空は、これ以上に曇っていた。鉄筋コンクリートだからかな? その色もブルー。白色の中に冷たいかげりを感じる。だから新校舎は大嫌いではないけど、好きになれなかった。その上この時間は算数。……苦手だ。だからかな? わたしの中では同じ色のイメージを持つ。次の休み時間までは、まだ二十分もあった。


 ふうふう……と、息苦しい。

 ぽろぽろ……と。


 教室は二階。わたしの席は、運動場が見える窓際。お腹の中を駆け回るほどの気持ち悪い温度。高所は大丈夫だけど、それが急に、強い光に覆われてっ!



 ―― Strong, too strong, the strongest!


 その中にもまた、ブルーな翳りが見える。ほんの一瞬だ。ドンッ! とも、バンッとも表現不可の激しい音が炸裂した。……って、そんなに軽くないんだからっ!



 声も出ないくらいに歯がガチガチで、両脚もガタガタ……。「ひくっ」と嗚咽おえつとともに涙が止まらずこぼれまくって、サーッと上からね、下まで一気に駆け抜けた。


「こりゃ近くで落ちたな」


「ああ、すごい雷だったな。……って、おい、あれ」


 男の子が騒いでいるみたいなの。


「やだ、北川きたがわさんおもらししてる」

 と、隣の席の子だ。女の子なの。


 騒音。連鎖。拡大……繰り返し。


「おいおい、まじかよ」


「幼稚園児みたい」


「こら君たち、ふざけないの。可哀想かわいそうでしょ」


「大丈夫かな? 顔が真っ青だよ……」


 教室の、クラスのみんなが騒ぎ出した。ほとんどの子が三年生になって、初めて顔を合わせた子ばかりだ。とても不安で心細くて、えんえん泣いたの。



『北川』というのが、わたしの名字だ。


 すると、黒板の前に立っている胸に『S』というマークが目立つ、赤ライン入りの青Tシャツ。それに合わせて同色のジャージ。そんな姿の背の高いお兄さんが、チョークを置いて、こちらに向かって歩いてくる。『尾崎おざき』という今の担任の先生なの。


 さとちゃんが一緒だった一年生と二年生の時は、ともに『星野ほしの』という女の先生が担任で、その人のことを『智美ともみ先生』と呼んでいた。……今はもう他の学校に行って、この学校にはいないの。と、そう思っていたら、


「起立!」

 と、耳元? そばで大きな声。


「ひくっ!」

 と、びっくりして立っちゃった。


「あ~あ、また出ちゃって……」

 と、隣の席に座っている女の子の言った通りで、


 今度は先生の声にびっくりして、もれちゃったみたいなの。もう自分の中では収拾のつかないものになってしまって、わけがわからなくなって、涙も止まらないまま半ズボンを濡らして、足元の大きな水溜みずたまりをさらに広げてしまった。


「えっ、ひくっ……」

 と、泣きじゃくっているわたしに、


「全部出たようだな」

 と、普段から大き目の、尾崎先生の声が聞こえる。


 やだ、怒られちゃう。……と、思っていたら、ポンッと優しく肩を叩かれ、


「よし! 胸を張って保健室に行ってこい」

 と。顔を上げたら、『爽やか』という表現が『これほどまでに似合うのか』の笑顔。


 えっ? と驚く気持ちと、

 安心感が入り混じって、涙だけではなくて、鼻水まで出ちゃって、


「ごえんなしゃい……」

 って、繰り返していたそうなの。


 急で、突然で、去年からだった。……雷が鳴ると、いつもこうだ。



 ――それでね、


「あらあら、パンツも一緒に脱げちゃったね。でも大丈夫よ。もっと可愛かわいいのプレゼントしてあげるから、あんよあげようね。……そうそう、いい子いい子」

 と、まったく同じだ。


 隣の席の子に連れられ保健室へ行った時の模様を、リアルに再現。


 ……下だけ、はだかんぼになっちゃった。


「大丈夫よ」


「お勉強中おもらししちゃう子って、瑞希みずきちゃんだけじゃないから」


 右から順番に葵ちゃんも、

 茜ちゃんも、そう言って、ヨシヨシ&ナデナデしてくれた。


 ……あれ?


「何で知ってるの?」


「瑞希ちゃんの顔に、そう書いてあるよ」

 と、ニコニコのまま葵ちゃんが言った。


 その証拠に今、わたしの亜麻色あまいろの手提袋には、体操着の他に、おしっこで濡れた半ズボンとパンツがビニール袋に包まれた状態で入っている。……あと、靴下も。



「さあ、素敵すてきなレディに大変身よ」


「は~い瑞希ちゃん、万歳ばんざいしてね」


 場を盛り上げる茜ちゃん。その中で葵ちゃんが、わたしの『二十四』の漢数字ではない数字入りの黄色の半袖シャツをまくり上げる。繰り返す明暗の末、また明るくなって、


「あはっ、可愛い」


「全部はだかんぼになっちゃったね」


 ……とはいっても、爪先が赤色の白い上履きと、それに合わせたような白い靴下は身に着けたまま。葵ちゃんと茜ちゃんはそろいも揃って笑いが止まらないようで……


「茜、宏史の言った通りだね」


「ほんと、天使みたいだね」


「このまましておきたいね」


「うん。瑞希ちゃんなら、お洋服着なくてもOKね」


 今日、ヒロ君はお休み。


 風邪でお熱があるみたいなの。明日、お見舞いに行きたくて。……その前に、お兄ちゃんと一緒にお家に帰るの。でもでも、まだその前に、


「はだかんぼで帰るのやだ。お洋服着たいよお……」


 ぎゅっと葵ちゃんの手を握って、潤んだ上目遣い。甘えた声もコラボする。


 するとほころび『変顔並列へんがおへいれつ!』


 その極みに「プッ」と、


「やだ、瑞希ちゃんったら」


「もう、冗談ジョークよ、冗談ジョーク


 二人揃って「クスクス」ではなくて、もっと勢いよく「アハハハ」……だった。


 その中にあっても、


「あんよあげてパンツ履こうね」

 との一言を、忘れていなかった葵ちゃん。やっぱりお姉ちゃんだ。水玉模様。その上フリル付きで可愛かった。それに合わせて茜ちゃんも、


「次はいよいよ本命ね、白いドレスの登場よ」


「うん!」


 そんな感じでね、優しく着せてくれるの。ママには「自分でしなさい!」って、言われちゃうけど、お風呂上りはね、いつもお兄ちゃんが、パジャマを着せてくれていたの。



「葵、リボンはこうなの?」


「あっ、違うよ、茜」


「あはっ、瑞希ちゃん笑ってる」


「うふふ、気に入ったみたいね」


 同じようだけど、これでも二人。激似な声が、体のあっちこっちで飛び交っている。それに触りまくるから、我慢できないほどくすぐったくて、クスクス笑えちゃうの。


 ――それでも、


「まあ素敵! ウェディングドレスみたい!」


 想像してみて!


 本当にそうなの。嬉々ききとしてクルクル回っちゃって、そんな真っ只中ただなかだ! またドアが開いた。目が合っちゃって、「み、瑞希……」と、いきなり目を丸くしている。


 お兄ちゃんだ!


 びていたのに、台詞せりふは? 言いたいことは?


 真っ白だ。……ええっと、ええっとね、


「まっ、『魔法の天使・瑞希ちゃん』のニューバージョンだよっ」


 ここは旧校舎。――この物語の第二十六話のタイトルにもあるように、この子が『旧校舎の魔法少女』で……つまりね、わたしの正体なの。


 内緒だった。でも、さとちゃんは知っている。サターンはアニメの世界だけではなく現実の世界にも存在している。魔法少女もまた、現実の世界に存在しているのだ。



 ……とはいっても縦文字が大好き。『マジカルエンジェル』をね、縦文字にすると『魔法の天使』になって、わたしの名前が『瑞希』だから『瑞希ちゃん』なの。ねっ、漢字にするのがミソでしょ。とっても可愛いんだからね。……あっ、これって、



『ガ~ン! (第二十六話で……)さとちゃんが言ってた通りだ。

 でも、いいんだもん!

 今日もまた、世界の平和。縁する人たち全員の幸福を守るこころざしは、負けてないもん!』


 だからね、


「ねっ、似合うでしょ?」

 と、背後から葵ちゃんが、わたしの両肩に手を置いた。


「う~む、そうだな……」

 と、お兄ちゃんは、じっとわたしを見つめる。


 ちょっと怖い。怖いくらいに強張こわばった表情が、徐々じょじょやわらぐ……段々だんだんと、いつもの優しいお兄ちゃんの顔になった。口を開き、本当になごやかな声で、


「瑞希、とっても可愛いよ」


 褒めてくれた。もう、嬉しくてたまらなかった。だからね、


 同じ志! 茜ちゃんも葵ちゃんも、


「瑞希ちゃん、良かったね」


「えへへ……」


 笑顔弾むこの場所。……もう秘密ではない秘密基地。『青空戦隊』という名前。その繋がりもある『旧校舎の魔法少女』の正体も。全部ひっくるめて笑顔に変えた。



 ――と、いうことがあって、我ら心の寄り道は終わった。


 お隣にはお兄ちゃんがいて、目の前には前屈まえかがみの千尋ちひろ先生がいる。まるで昨日のことのようなGWが、ついに最終日を迎えたような心境になった。


 そう思わせるような一言、


「瑞希ちゃん、素敵なお洋服ね」

 と、それだった。でもね、理想は『行くぞ、現在進行形!』なの。



『パパと一緒な日々が過ぎゆくのは、泣いちゃうくらい悲しいけど、これから先、未来へ進んでゆく方が、パパ喜んでくれるの。いっぱいいっぱい褒めてくれるの』



 だから、わたしは、


「ねっ、可愛いでしょ?」

 と、今日もスマイル! このお洋服には、笑顔が一番似合うから!


 そう言い切れる自信! 茜ちゃんも葵ちゃんも口を揃えて「ワンピース」と言っていたけど、わたしには、やっぱり『純白のドレス』なの。セーラー服みたいな大きな襟はあるけれども、スカートの丈は長く脹脛ふくらはぎを少し超えている。お腹にはベルトのようなリボンが飾られ、髪にもね、ヘアーバンドのような同色のリボンが飾られているの。


 それがね、今のわたしの格好だよ。


 それでね、千尋先生が訊くの。


「瑞希ちゃん、もしかして好きな男の子がいるの?」


「うん、いるよ」

 と、これでも控え目。「もちろん」という言葉が頭に着くの。


 ……でもね、抑えきれなくて、


「瑞希ね、これから約束するの。大きくなったら結婚……」


「えっ?」という声が、まだ途中なのにおおかぶさって、


「瑞希、その男の子ってだれなんだ?」


 お兄ちゃんはユサユサと、わたしの右腕を持って揺すった。


 ちょっと痛い。お兄ちゃんの顔も怖くて、泣きそうだけど、


「お、お兄ちゃんだよお!」

 と、勇気を出して、声のトーンも絞らず、ちゃんと答えた。


 ……でもね、クスッと、


「何だ、そうだったのか」


「瑞希ちゃんにとって、お兄ちゃんは白馬の王子様だったのね」


 お兄ちゃんがね、いつもの優しい顔? に戻ったと思ったら、クスッがクスクスになって、千尋先生まで一緒になって笑っちゃったの。



「何でなの? 瑞希は本気なんだよ!」


「あっ、ごめんごめん、瑞希には大切なことだったな」


 わたしは雷を落っことしちゃった。


 だからなの。ポンポンと優しく肩を、お兄ちゃんは叩いてくれた。


「……バージンロード」と、自分でもわかるくらい、声が低め。


「えっ?」


「瑞希が大きくなって結婚する時にね、一緒にバージンロード歩いてほしいの。……お兄ちゃんだけなんだよ、瑞希と一緒に歩けるの。だからね、約束なんだよ」


 ウルッときた。


 泣きそうになったから、小指を差し出した。


「ああ、瑞希との約束だもんな」


 お兄ちゃんは、小指を絡めた。


「指切りげんまんね」


 明るい声。そう千尋先生は言った。



 ――わたしとお兄ちゃん。呼吸ピッタリだ。


「指切りげんまん。嘘ついたら針千本の~ます。……指切った!」


 遠い未来への約束!


 約束があるから、明日も笑顔で会えるんだ。

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旧校舎の魔法少女と玉手箱の日記帳 大創 淳 @jun-0824

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