人の皮を被った畜生共へ 6

 巫女の予知。


 それは獣達、その中でも狐の尾を8つもつ一族の御業である。


 彼女らの予知は幾度となくビストラ王国を救ってきた。

 かの大戦でも先代光の御子の急死を言い当てた。

 彼の死がきっかけとなり、かの虐殺はひとまずの終幕を迎えたのだ。


 そんな巫女の1人が紅葉、俺を拐かし、尊厳を破壊した女である。


 彼女が処刑台から逃げてきたこのボロ屋で、ようやく話したのはこの騒動の起こりである、彼女の予知についてからであった。

 巫女の予知は絶対。それが彼等、獣人の考えだという。


 だからこそ、8歳のガキの夢を大真面目に聞いたビストラ王国の大老は、紅葉とクマのような男に俺の確保を命じたのだ。


 俺がビストラを滅ぼす。


 そんな言葉を大真面目に信じて。


 王国育ちの俺には俄には信じがたかった。


「そんな重要なことをてめえら2人だけでか?」


「…ええ。そんな事を言い出したら馬鹿なヤツらがすぐ騒ぎたてるもの」


「はッ!どうだかな」


 大老こと、ゲルギエフ・フェザーンは梟の獣人でこの国の王に次ぐ最高権力者である。彼は獣人には珍しく100年以上生きており、この国の傑物である。

 そんな人間がこんな小娘と食人鬼だけで、この俺を、神獣種を殺したこの俺を、攫いになど行かせる訳が無い。できるとすら思わないだろう。

 


「馬鹿馬鹿しい」


「でも貴方は捕まった」


「それは…!」


 結果論だと、そう叫びたくなった所ではたと気付いた。


「そう、結果論よ。貴方からすればね」


 そう、紅葉は淡々と告げた。

 その顔は酷くやつれていた。

 監獄で甘く囁く彼女とはかけ離れていた。


「私達の感覚を貴方はまだ理解してない」


「私達からすれば決まった未来のためになぞるだけなのよ」


「その運命に向かって丁寧に、丁寧に、細い糸をちぎれないように手繰るの」


「予知で2人だったなら2人で行く」


「もしあの予知で1人だったなら、私は1人で行ったでしょうね」


「巫女姫の命も存外安売りなんだな」


 皮肉げに呟いたその言葉に彼女は鋭く反応した。頬の刺激でようやく叩かれたのだという事を理解した。

 椅子から立ち上がり威嚇する彼女はこう吐き捨てた。



「何も知らないくせに!!!」




 その言葉で、頭に血が上って行くのを感じた。怒りで顔に熱が溜まる。


 ふざけるな。


 気付けば拳を机に振り抜いていた。僅かな理性がこの拳を目の前の少女に振り下ろすことを留めた。


 クマの太い首すら両断する膂力をもってすれば、机も、少女の頭蓋も大差なかったから。


 ビクリと身体を震わせる少女を見て、少しだけ溜飲が下がった。深呼吸を重ねて、ようやく血の熱が冷めてきた頃に努めて冷静に言葉を紡いだ。


「お前らの事情なんか知らねえよ。知る気もねえ」


「忘れるな。俺はてめえらのくだらん神様ごっこに付き合わされて死にかけてんだ」


「ここにいんのは俺とくたばり掛けの木偶の坊と、夢を見るしか能がねえガキだ」


「…」


「そんなことよりも早く話せ。何故こうなった」


「…気が短いのなら先に結論から言うわ」


 そう言うと彼女は静かに椅子に座り、死にかけの男の方を見て言った。




「貴方はね、ビストラの英雄になるはずだったのよ」





「…は?」


「貴方が虐殺する、そんな予知、あたしは見てないわ。それどころか貴方はね、北の海から迫ってきている神獣種を殺して、英雄になるはずだったの」


「…ふざけてんのか」


「いいえ?大真面目よ」


「待て」


 思考が追いつかない。非才の身である俺にはこいつが何を言ってるのか、分からない。

 落ち着け。


 第1に、俺は英雄になれた

 第2に、こいつはそれを予知した?

 にもかかわらず俺を殺そうとした?

 いや助け出してるから殺すことは目的ではない?


「紐解けば別にそんなに難しい話じゃないの」


 奇妙な程に淡々と彼女は話した。


「私はね、この国を滅ぼしたかったのよ」



 ☩


 彼女の本来の予知。


 それは王国からリノイと紅葉によって俺が王国より連れ出されることから始まった。


 磔にされ、尊厳をも犯され、己という存在を自ら手放しそうな月夜に、俺は紅葉の手を取る。


 そしてそこから4度の夜が過ぎ行き、潮騒のならぬ夜には来る。


 肉の円環のうかべた女、使のような女が。


 俺はその首を断ち切り、紅葉と共にその栄誉を賜る。


 ☩


 噛み砕いて言うとそのような内容であった。


 理解はした。


 だが、納得はできなかった。


 あれだけの事をされたのがこいつの破滅願望の為だと?

 冗談じゃない。


 あの村の住人共もこいつの身勝手のためにしんだってのか?

 ふざけるな。


「どこにわざわざ俺達を巻き込む必要があった!!!!」


 真っ先に出たのはそれだった。

 極めて素朴な主張。

 この国を滅ぼしたいだのは勝手にやればいい。

 放っておけばヤツらが滅ぼすのに。


 何故、村人達は死に、俺はこんな目に合わなければならないのだ。


「その答えは1度だけ貴方に告げたことがあるわ」



 そう言って彼女はようやくこちらを見た。


 ひとつ深く息を吸った後に彼女は言った。


「あなたにを救って欲しいの」


「この国の起こり、あたし達の一族から奪われた最後の尾を」

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幸せと英雄と『モブ』 河條 てる @kang

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