エピローグ

 次の日。

 思ったよりも平和な朝を迎え、小さな戸惑いもあったけど、わんはとあることに気付いた。

 廊下を歩くときの目線の角度が、ちょっと上がった、ような気がする。

 こんなにたくさんの人が歩いてる……けど、それが全然怖くない。

「あーいやっ! おはよっ!!」

 右肩にかばんをかける背中に向かって、元気よく挨拶を送る、クラスの女王。けどその背中が振り返ることはなかった。

「あっ、内海ちゃんもおっはよ~☆」

「お、おはよう、金剛さん」

「ね~え藍也ってばー! うふふっ」

 蒼井くん、若干迷惑そうに眉を寄せてる……けど金剛さんはかまわず、彼に挨拶を繰り返した。返されるまで離さないみたいだよ……?

 なんて思ったけど、今までより殺気のようなオーラが薄まった蒼井くんは、


(恥ずかしいから人のいるところで声かけないで)


 と思うと、スタスタと廊下をかけていった。

 もしかして……照れてる?

「もうっ、ダイアのこと見てよー!

 そーだ内海ちゃん、聞きたいことあるんだけどぉ」

 えっ、わん!?

 もしかして、昨日の事件のこと!? 『ギフト』のこととかも知っちゃったから、詳しく聞かれる!?

 って、顔をそらして逃げようとした……

 けど、いったん足を止めて、金剛さんの顔を見つめた。


(今度……)


「今度、沖縄で撮影に行くんだけど、内海ちゃんって沖縄出身なんでしょ? もしよかったら、ご飯の美味しいお店とか、オススメのお土産とかあったら教えてくれない?」

 思考と、言葉が、一致した。

 ……この前のこと、気にしてないのかな。

 って聞きたいけど、やっぱり聞くのはやめよう。

 金剛さんには、沖縄ロケ楽しんでもらいたいから。蒼井くんと仲良くなったきっかけが『ギフト』でも、覚えられると大変だし……

「うん、わんでよければ……」

「じゃあラインアカ教えとくねっ! ケータイ持ってる?」

「い、いちおうっ」

「あははっ、内海ちゃんってばキンチョーしすぎっ!

 あっ、アレ清水くんじゃない?」

 金剛さんの目の先には、片手に紙の束を持った清水くんが、こちらに手を振って歩いている。

 控えめに手を振り返すと、わんの元へと小さく走り出した。その紙の束をよく見ると……手紙、みたい? それもたくさん。

「よう、二人そろってどうしたんだ?」

「ライン交換してんの! 清水くんもいる? ダイアのアカウント」

「あー、ケータイまだ持ってねんだわ」

「マジ!? うっわめずらしー……

 てゆーかソレ全部ラブレター? やばたにえんのやば茶漬け!」

「ははっ、それどーゆう意味だ?

 やっぱそうかな、下駄箱開けたら入ってたんだよ」

 さ、さすが清水くん、モテモテ……!

 それに、金剛さんも、誰も知らないけど……清水くんって、ホントに王子さま、なんだよね。これこそ、誰にも知られちゃいけない秘密、なんだけど……

 やっぱり、彼と結婚したら、玉の輿ってことに、なるのかな……


(朝日を反射して輝くダイヤモンド、なんて美しいんだ)


 金剛さんはわんのケータイの画面を見ている間に、清水くんは彼女の周りに浮かんでいるであろう『ギフト』に見とれていた。うん、あるんだよね、前よりも、キレイに輝いてる透明な宝石が。

 その人にしかない能力、その人にしか見えないもの。人によってバラバラだけど、それを分かり合えることで、見える世界が広がる。世界が、どれだけ広いかに気付ける。

 もう、貝がらにこもってるわんはいない。広い世界を自由に泳げる、わんがこれからのわんだ。

 こっそり、空いた手で清水くんから預かった通行手形の水晶に触れてみる。パッと、わんのパールと、金剛さんのダイヤモンドと、清水くんの水晶、そして、廊下を歩いている人たちの、カラフルな宝石が……魚のように、漂っている。

 清水くんの思ったとおり、朝日を反射して、壁に、天井に、七色の光を照らしている。本当にキレイで、息をのみそうになったくらい。

 そんな清水くんは、金剛さんの『ギフト』をひと粒つまみ……口の中に入れた。この前はマズかったってむせてたけど、今の味は……


(初恋の甘酸っぱい味……ハハッ、コイツらしい)


 普通、味がしないはずだけど……幸せな思い出が、その味に反映されるんだ。

 今のわんのパールは、どんな味がするんだろう。前と比べて、心の傷が埋まったかな。きっと、これからもずっと傷を負ったままだとしても……どこか、変わったところがあれば、味も、『ギフト』の価値も、きっと、よくなったはずだから。

「で、そんなにラブレターもらったんだから、返事とかしなきゃとか思うワケ?」

「もちろんな。だが、『今日、一緒にお昼ご飯を食べませんか』ってのはどう答えればいいんだろうなあ……」

「えっ、もう先約があるとか!?」

「ああ、真珠と、あと一人……」





「なんでアンタまでいるのよ!?」

 お昼休み。えっと、屋上庭園に、わんと、清水くんと……児玉さんの三人が、ベンチに座ってて……

「いい、アタシはこれからアキラくんと仲良くなって、あわよくば玉の輿狙うんだから!」

「それ、本人がいないトコで話すべきじゃねえかな……」

「てゆーか! 昨日だって完全に負けたとは思ってないんだからねっ!

 年末の大会、ヘマしたら許さないんだからっ!!」

 清水くんを挟んでお箸を向けられ、わんも清水くんもビックリする。

 ……そう、昨日の記録会、わんは全力を出して……自由形で1位を獲った。

 今まで受けてた恐れや悲しみを洗い流すように水をかき、誰よりも早く、壁に手をつくことができた。

 プールから上がったあとの児玉さんは、変わらずにらみつけていたけど……


(……おめでとう)


 って、直接言葉にはしなかったけど、そう言った。本人は、わんに届いてないと思ってるかもしれないけど、わんには、それが嬉しくて……つい、ありがとう、と言いかけてしまった。

 ううん、これは、直接言われたときに言わないと。

「う、うん。負けないよ、次も」

「……覚えてなさい、アタシは『児玉翠』として、水泳で一番になるんだから。

 だからって、アンタも今後一切手は抜かないってこともね」

「青春するなら部活のときでよくねぇか……? とりあえず、今のお前は幸せなんだろ?」

「もちろんっだってアキラくんと一緒にご飯食べてるんだもん!」

 変わり身早い……! ホントに清水くんのこと好きなんだ。

 けど、児玉さんは数少ない、清水くんの秘密を知ってる一人、だもんね。玉の輿を狙うって言ったし……言ったこと、本気、だよね。

「アタシ、アキラくんのこと知りたくてこうしてるのよ? いろいろ聞かせてよ、あの宝石のこととか、王子のこととか」

「ええっ……わ、わかったからにらむなって!」

「むう……にらんだつもりないんだけど……」

 清水くんは、児玉さんに、他言無用を条件として『ギフト』のこと、自分の住む世界のことを詳しく話してくれた。やっぱりわんが先に知っていることに不満を持ってるけど、

「じゃあアタシも手伝うっ! アキラくんの力になれるのならなんでも言って!」

 って、快く手伝いを申し出てくれた。

 けど、これからもあんなことが起きるのなら、やっぱり巻き込むのは……


(あの時、真珠を守ってくれたエメラルドの『ギフト』が、もし黒水晶を弾くのなら……)


「……いいぜ。ただし、無茶はするなよ」

「やった! アタシ、アキラくんのためなら頑張れるから☆

 それに……迷惑かけた、お詫びもしたいし」

「そうか。そんなに気負わなくてもいいんだけどな」

 児玉さん、あれからちゃんと反省したみたいで、必死に探したお兄さんにもちゃんと謝ったらしい。けれどそれがきっかけで、自分はお兄さんに深く想われたことがわかって、自分の居場所をようやく目に映すことができたみたいで……前より、心が安らいでるように見えた。

 もう児玉さんには起こらないとは想うけど、ただ、あのようなことがまた起こると思うと……

 ……だって、昨日の晩から、帰宅してない生徒が多数いるって話が、臨時の全校集会で挙がったから。それも、その生徒たちは、みなキヨミズに呪われて、顔に黒いアザが生まれた人たち……

 もしかしたら、わんも、児玉さんも、そのうちの一人になるかもしれなかった。運よくそうならなかったのは幸いだけど、その生徒が、黒水晶のパンデミックを企んでいるのなら、キヨミズの操り人形になってしまうのなら……

「まだ不安が残るが……まあ、オレらはオレらでソイツらを助けつつ、上質な『ギフト』を探そう。きっとソイツらの中に紛れてるかもしれねぇし」

「そーだねっアキラくん!

 そうだっアタシの『ギフト』ってアキラくんの力になれる?」

「お前の? まだ不安定な状態だが……ひとついただくぜ」


(味しねぇ……平凡なタイプだ)


「うん、フツーに美味いかな」

 清水くん、気をつかった……

「ホント!? じゃあたくさん食べたほうがいい!?」

「いや、『ギフト』の種類が多く、上質なものじゃないと……かもな。たぶん」

「もうっ、曖昧じゃない!?」

「仕方ねぇよ、結局言い伝えってのは伝われば伝わるほど曖昧になってくモンなんだから。一応いろんな『ギフト』もらってみるけどよ、それが願いを叶える力になれるなら。

 だから卒業するまで、集めまくってやるぜ! 学園じゅうに散らばってる、宝石たちを!」


(『ギフト』に触れると人の記憶が読めるなんて初めて聞いた。きっと、お前の心が読める能力の応用なんだろうな。

 お前の『ギフト』も、能力も、人を救うのに恵まれたものだ。天はお前に、最高の才能ギフトをくれた。

 お前が胸を張れば、誰かがお前を必要としてくれる)


「……うんっ、わんもがんばるね!」

 人のためになれるのなら、宝石集め、わんも手伝いたい。

 清水くんの言う、宝源郷の救い主になれるかどうかは……まだわからない、けど。


 わんの青春は始まったばかり。

 それは、たまに真っ暗になるときが来るかもしれないけど、ひと粒のキラキラに出会えば、周りがもっとキラキラしてることに気付ける、ステキな世界が舞台。

 プールの底のような、あたり一面輝く世界が、わんの知らないところにある。

 そこに辿り着けるまで、もっと長くかかるかもしれない。

 それでも、好きなことを続けていけば、その道のりをたどるのも楽しくなってくる。

 楽しいことを、だれかと一緒にやっていけたら、もっと楽しくなれるね。

 よーし……これからどんなキラキラがまっているのか、楽しみだ!


(完)

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きらめきっギフト 〜パールマーメイドとクリスタル転校生〜 唐沢 由揚 @yak_krsw

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