18 たくさんのきらめき

「わんのライバルは、児玉翠さんだよ!」

 児玉さんの手首を握る。皮膚にも黒水晶が浸透してるからか、手から重たくなるような感覚が渡る。

 けど、この手は、絶対に離さない。たとえ、振りほどこうとしても。

「アンタの、せいで!」

 わんは、絶対に、児玉さんを一人にしない。

 だから、わんのことを、しっかり見て。

「グレンのっ、せいで……

 清水晶の、せいで……」

「それはちがうよ、児玉さん。

 児玉さんは、自分が思うより、不幸なんかじゃないよ」

「アタシは……アンタとは、ちがうの……」

 うん、知ってる。だれよりも負けず嫌いで、ライバル意識が高くて……そして、幸せへの思いが、人一倍強いこと。

 わんより、すごいよ。勝つことが自分にとっての幸せだって、ハッキリとわかってるんだもん。

 わんは、幸せになるのが怖くて、逃げてばっかりだったもん。

 児玉さんはどこに行っても居場所がなかった……この人もまた、プールが唯一の居場所だった……

 けど、わんがここに来てから、いつもぼっちなわんが、昔の自分のように思えて……頭にきて仕方なかったんだ。

 児玉さん、児玉さんはわんじゃないよ。わんとちがって、児玉さんは一人じゃないよ。

「アンタは、だれよりも速いのに……なんで、記録のときだけ、手ぇ抜くのよぉ……」

 ……それは……児玉さんに、目をつけられないように、したかったから……

 けど、バレてたんだ。

「ホントに、わんのことキライなんだね」

 わんが練習してたトコ、見てたんだ。

 だからぼっちとか、手を抜いてるって、わかってたんだ。

「キライよ……アタシは、アンタとちがってぼっちじゃないし、手ぇ抜かないし……」

「うん……うん……

 児玉さんは……すごいよ……」

 児玉さんの手の力が弱ってる。

 おねがい、意識を保って!

「児玉さんのこと、憧れるよ……」

「……じゃあ……」

「うん……ごめんね。これから、児玉さんに負けないようにするよ」

「……やっぱ、アンタのことなんて、キライ……」

「うん、知ってる」

「……今度の記録会……手、抜かないでよ……!」

「……もちろん……!」

 ねっ、一人じゃないでしょ。

 誰かのせいで不幸になるんじゃなくて、誰かのおかげで幸せになる。

 そう思うと、ホントに幸せになれる。

 わんもね、自分が人を不幸にさせるなんて、もう考えない。

 だれかと出会うと、幸せが訪れるって、信じるんだ。

 自分では気付いてないかもしれないけど、自分のまわりには、数え切れないほどのキラキラであふれてるんだ。

 それを見逃すなんて、もったいないよ。

 これから、一緒に探そうよ。

 お互いライバルになるけど、競えば競うほど、さらに強いキラキラが見つけられるはずだよ。

 わんも、見つけられるようにがんばるよ。

 もう、誰にもウソをつかない。

 わんの手からパールが、泡のようにあふれる。

 児玉さんはそれを幸せそうに、それに包まれていった。


     * * *


 ふっと体の力が抜け、わんの体にもたれかかる児玉さん。意識がないのか、目も口も閉じっぱなしだ。

「アザが、引いた……」

 黒水晶も、バラバラに砕けては消えていく。彼女の周りに、宝石が消えたんだ。ううん、通行手形を握れば、緑のオーラがわずかにできている。これが、児玉さんのエメラルドの『ギフト』……一つ一つ、ヒビまみれで脆い。触れただけで壊れてしまいそう。

「しん、じゅ……」

 あっ、そういえば清水くん!

 どうしよう、まだ黒水晶に呪われてるままだった……!

 彼の右手には、黒水晶が浮いている。

 光のない彼の瞳は、こっちに向いている。

「清水くん、お願い、目を覚まして!」

 児玉さんをこちらに寄せて、なんとか守ろうとする。

 わんの声が、清水くんに届いてないなら、わんが児玉さんを守るしかない……!

「じゃあな」

 ヒュン、と風を切る音がした。わんが当たれば、まだ自分で治せるはず……!

 ……あれ? 痛く、ない……?

 かたく閉じた目を開けると、一番に目に入ったのは……

「こだま、さん?」

 児玉さんの『ギフト』が、黒水晶を弾いた……?

 な、なんでか、わからないけど、怯んでる間に、わんのパールの『ギフト』を清水くんにあげないと!



「……はっ、ココは!? プールか……

 真珠、児玉は!?」

 よかった、『ギフト』が戻った!

 無事に呪いが解けたこと、そして……わんを守ったことを伝えた。

 清水くんはいつもより真っ白、いや真っ青な顔で、頭の中をごちゃごちゃさせて正座になりだし、頭を下げだした! えっ、土下座!?

「ごめん! 未遂とはいえ、お前たちを傷つけようとしたとは……!」

「ど、土下座なんていいから! わん、ちゃんと無事だし!」

「違ぇんだよ、女を傷つけるのは男の一生の恥なんだよ! 落とし前はちゃんとつけるからよ……!」

 清水くん……ちょっと頑固だけど、そういうところが男気ってものなのかな。

 けど、頭を下げられるのはわんだって申し訳ないし……!

「んん……なに、うるさいんだけど……なんでアタシ、プールにいるの?

 なんでアンタに膝枕されてるの!?」

 あっ、児玉さんが起きた!

「児玉、元気になったか?」

「アキラくん!? えっ、まあ、なんとか……」

「突然で悪いが、質問があるんだ」

「……なによ、怖い顔して」


(やっぱイケメンすぎる……)


 児玉さんって、やっぱり清水くんのことは顔がかっこいいから、もっとお近付きになろうとお昼ご飯を一緒に食べようとしたのかな。自分の友達、というよりは……それ以上の関係になりたいから、かな。

 ちゃんと人の顔をまっすぐ見れる、けど、自分の興味のある人以外を格下だと思い込んでしまうから目つきが怖い。

 だったら、わんは、対等な関係として見つめる。それに、清水くんは児玉さんの価値を高める宝石じゃないもん。こんなことで取られ……

 って、清水くんはわんの彼氏じゃないのに、なんでこんなこと思ってるんだろっ! わんこそ失礼だ……!

「黒水晶……だれからもらった?

 アレはいわゆる輸入品のハズだぞ」

 わったーの世界ではあってはならないもの。だけど、児玉さんや、上戸さんたちはもともと持ってるワケじゃない。

 きっとそのあげた人がキヨミズであって、清水くんの敵なんだ。

「だれからって……

 学園カウンセラーの、清水きよみず先生って言ってたわ」

「キヨミズ……!」

「そうそう、清水くんと同じ名字だけど、読みはちがうのよね。清水寺が語源なのかしら? とても優しそうな人だったんだけど、この宝石に強い願いをこめれば夢がかなうって……

 ……あれ? もらってから、どうしたんだっけ……?」

 児玉さんは必死に思い出そうとうんうんと、熱くなるまで頭をかかえる。

 もらってからの記憶がない……? 彼女の心の中をのぞいても、もらってからの記憶が見えない。

 まさか、それが黒水晶……


(キヨミズってヤツ……学園にしのびこんでんのか!

 オレの名前を勝手に使いやがって……やっぱ黒水晶の残党なのか!)


「ダメじゃないですか、エメラルドの君」

 人の声!? ほかに誰かいるの!?

 それに、この声……どこかで聞いたことある!

 児玉さんは知っているという顔で、声のする2階観客席に目を向けた。

 そこに……大人のような人が、顔を隠すような黒い布を被って、こちらを見ている。

 その人の『ギフト』は……とても見慣れた、黒や紫にあやしく輝く黒水晶だ。

「キヨミズさん……いや、キヨミズ」

「!! おまえがキヨミズってヤツか!」

「おや、キヨミズ王子ではありませんか。いえ、今は清水晶、という名前でしたか」

 えっ……王子?

 いま、清水くんのこと、王子って呼んだの!?

「清水くん、王子さまなの!?」

「マジで!? たしかに王子さまレベルのカッコよさだけど!」

「えっと、まあそうだな……

 宝源郷のことも含めて隠したかったけど、オレ、宝源郷の第一王子……なんだよな。

 まあそれはともかく……やっぱお前、学園に潜入してんだな!? 正体を現せ!」

「フフッ、現そうが現さまいが、私の正体はただひとつ……

 ここを含めて、すべての世界を黒くきらめかせる活動組織のひとり、それだけですよ」

「黒水晶で満たしたらどうなるのかわかってんのか!?」

「ええもちろん、『あの方』に賛同した結果がこうですからね。

 黒水晶の力は偉大ですよ、この世界でも通じる、人間本来の力を引き出してくれる……! よっぽど、この力が世界全体に影響を及ぼすのでしょうね。

 あなたは、黒水晶持ちの人間をすべて処刑した父と祖父をお持ちだ。私たちを凶悪だと後ろ指をさしますが……まことに凶悪なのはどちらなのでしょうね?」

「学園のヤツらを壊そうとしたのはテメェらだろ!? 黒水晶は絶対的な悪に……!」

「エメラルドの君が今まで本音をかくしてた理由は、ご存知でしょうか?」

「それは……」

 今まで隠し通してきたから、わんへの思いが溜め込んでいった。

 ずっと、黙りっぱなしのままだったら……?

 『ギフト』がさらに脆く、なってたのかな……

「それでも人の生きる力を吸い尽くすのだって凶悪犯の手口だ!

 つーか! オレの名前を勝手に使うな!! お前のことはオレがいつか倒してやる!!」

 し、清水くん、少年マンガの主人公みたいなこと言った……!

 ……けど、たくさんの人が黒水晶で苦しむのを、見て放っておけない。

 わんも、あなたに負けられない!

「なるほど……血は争えませんね。

 せいぜい、卒業まで悠々と過ごしてください。もうあなたの世界はいずれ、崩れる運命なのですから。

 あなたのお友達が私の傀儡に手を出しているようですが、私が供給を止めない限り、無駄ですよ」

 キヨミズは、指をパチンと鳴らすと背中を向いて歩きだした。

 待って、逃げるなんて!

 と追いかけようとしたけど、その人は観客席から離れ、姿を消した。2階だから、追いかけようにも追いつかずに見失う。そう思い、足を止めた。

「くそっ……!」

「アイツよ、アイツがアタシとかに黒水晶を渡してあんなことを起こしたのよ……!」

 『あの人』……って、言ってたよね。まさか、キヨミズより恐ろしい人がまだいるってことなの!?

「自分らだけが幸せな世界なんて、認められるか!」

 彼を止められなかった自分が悔しくて、清水くんはタイルの床を力いっぱい叩く。

 そうだよね、だって、自分の国があの人たちに壊されたんだから……

「って、そうだ!!

 清水くんって王子さまだったの!?」

「たしかに王子さまレベルのカッコよさだけど、そうなると、アタシたちって……!」

 わ……わん……


 王子さまと、友達になってたんだ―――!!


「わっわんっいやっわたしっ王子さまにシツレーなことをっ!」

「アタシだってケーソツに『アキラくん』なんて呼ぶモンじゃなかったわ!?」

「いやいや、落ち着けっておまえら……

 真珠にも言ったけど、王子も家とか以外はべつにフツーの生活してたんだって! 庶民的な遊びとか食事とかも、ダチの家に行って一通りやったし。

 高みの見物してるより、こーしてダチと肩並べるほうが、オレ的にラクだからさ。これからも変わらない態度で接してくれよ。

 じゃねーと、オレさびしくなっちまう……」

 って、いわれても……

 ……でも、清水くんは、友達と一緒に遊んでたときの日々が大好きでたまらなかったんだ。

 こうして、突然日常がこわれるまで……ずっと平和だと、思いながら。

 清水くんが滅ぼされた宝源郷を復興したいと思った理由がわかった。

 宝源郷をおさめる王子さまだから……宝源郷を、心から愛してたから……

 清水くんが夢をかなえる『ギフト』集めを手伝うって決めたんだ。そんな清水くんの気持ちを忘れさせないように……

「……じゃあ、清水くん……」

「っはは。そうそう、これからもよろしくな」

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