17 児玉さんの幸せ

「蒼井くんっなんでこんなトコに?」

 校舎の屋上庭園に、蒼井くんがあのギプスをはめて三角巾で固定した格好でベンチに背をもたれていた。

 ま、まさか授業のサボリ!?

 蒼井くんって一匹オオカミだし、いつもネクタイ留めないしで、フマジメな人っぽいと思ってたけど、ホントに……!

「アンタを待ってた」

「オレらを?」

 サボってたワケじゃ、ないの……?

 よく見ると、蒼井くんの右手が痛々しそうに、紫色に変色してる。昨日踏まれたから腫れたんだ……!

「なに?」

「蒼井くん、右手……」

「べつに、左手とくらべたらまだ軽い」

 ひ、左手とくらべるものなの!?

「……左手がないぶん、右手は死ぬまでこき使わせるから」

 右手も、左手の役割を果たそうとしてるんだ。

 とても難しいことだけど……蒼井くんは、人よりハンデがあるぶん、自分に厳しい。

 甘えたことを言わないで、一人で生き抜くつもりなんだ。

 ……強いなあ、蒼井くん。でも、そんな彼が、自分には不安定に見える。

「ボクには、キミたちに借りがあるからね。それにこのままじゃ、穏やかにサボれない。

 気になることもある……突き止めるなら今だ」

 気になること……たぶん、ソレ、わんも同じことを気にしてると思う。

「で、どうやってアイツを捜すんだ? 兄でも見つかってねぇんだろ」

「ヤツはこの人を狙ってるワケでしょ」

 わんを狙ってる、から、遠い場所には行ってないはずだけど……

「ボクはグラウンド見てるから」

「……じゃあ、オレたちは北側でも見てるか」

「う、うん」

 清水くんと二人で、蒼井くんと正反対の場所から校舎北側を見下ろす。

 清水くんの、柵を握る手が震えているのが見えた。


(うっ……あの時と、似てる……)


「清水くん?」

「悪い……高所が怖いってワケじゃねえんだけど……

 宝源郷の惨状を、こんな感じで見てたからさ……」

 北側は、ただ車が規則正しく並んでいるだけ。日陰になってるから暗めだけど……

「じゃあ、階段で待機してて。足音とかしたらわったーに教えて」

「真珠……悪いな」

 ムリしなくていいのは、清水くんもだよ。

「わったーが、いるから。なんくるない、よ」

「……言葉の意味、あんましわかんねぇけど……励ましてくれてるんだろ。

 ありがとな」

 ポン、と頭を撫で、ニコ、と微笑んだ。

 よかった、元気出て。

 思わず沖縄ことばで言っちゃったけど、『わたしたちがいるから、なんとかなるよ』……苦しみも、痛みも、一人だけが背負うものじゃないよ、って、伝えたかった。

 一人じゃないから、これからのこともがんばれる。わん、清水くんにそう教わったんだよ。

 校舎に入っていった清水くんを見送り、もう一度北側を確認する。やっぱり、授業中だから先生は誰も出入りしてこない。

「ホントに何してるんだろうね」

 蒼井くんがわんに声をかけてきた。

「児玉さん?」

「アンタを潰す戦力でも増やしてるのなら、今頃学園じゅうパニック起きてるはずだけど」

「たしかに、そうだよね……」

 二度も起きてほしくないなあ……

 ……そうだ、わんを狙ってるのなら!

 グラウンド側へと駆け、柵をめいっぱい握り、ありったけの空気を吸う。

 あんまり、大きな声を出すってこと、しないんだけど……!


「児玉さーーーん!! わんは、ここにいまーーーす!!」


 右手だけで耳をふさぐ蒼井くん。ついに、清水くんも声に驚いて「どうした!?」とドアから顔を出した。

「おびき寄せたほうが手っ取り早いかと思って……!」

「誰かに聞こえたらどうするの」

「まあ、これでひょっこり現れたら好都合だけどさ……」

 一番は児玉さんを助けることだもん、まずは見つけることが大事だもん!

 わんを貶めようとしてることは悲しいけど……それは、わんが彼女に対して怯えてたから、イラつかせたんだ。きっと、話し合えば分かり合える、きっと。

 バタン、とまたドアが開く音がした。けど、ドアには清水くんがいる。

 いや……反対側の、西側にもドアがある!

 そちらに目を向けると……人が一人、入ってきた。

 顔に真っ黒なアザが生えてる……!

 けど、児玉さんじゃない!

「水色のネクタイ……中3の先パイ」

「まさかアイツが上戸あげとさんってヤツか!」

 通行手形を握らなくても見える。上戸先輩の『ギフト』、やっぱり黒水晶だ!

 ……だんだん、速度をあげて、こちらにかかってくる。

 や、やっぱり黒水晶を飛ばすんだ!

 真っ先に飛び出したのは蒼井くんだった。

 ま、まさか!

「お前また足止めかよ!」

「目的は児玉の奪還でしょ。ボクはキミたちへの借りを返しに来たから、ここで返す」

 蒼井くんのことが心配なのはわんも同じだけど……

 いまは、蒼井くんを信じよう。あの時児玉さんに捕まっちゃうまで、一人でたくさんの人の『ギフト』を消したもん。

「あの向こう側に行こう、清水くん」

「……おう。だが、オレらだってお前に助けられてばっかだぜ? お互いサマだ。

 まあまた捕まっても、助けてやるさ!」

「とりあえず、黒幕のほうも捕まえてよね」

 蒼井くんが上戸さんの攻撃を消しながら近付いた。

 ……うん。上戸さんも助けられる。

 わったーは、児玉さんを助けよう!

 それに、キヨミズって人が……清水くん、気になってるみたいだし。

 どうしてこんなことをしたのか、聞けるといいけど……


 高等部校舎に着いたと思えば、ほかにも顔に黒いアザを生やした生徒が道を塞いでいた。赤いネクタイだから、高2の先輩……髪が長くて、不気味……

 とりあえず、彼女のいない方向は階段しかなかったのでまた下りてみる。また廊下を塞がれた。黄緑のネクタイ……中1の子。カッチリしたメガネと七三分けの髪型が、幼い顔立ちなのにとても真面目な印象。

「また下りるっきゃねえみてぇだな」

「うんっ……」

「あのさ、ちょい気になることがあるんだけどさ」

「どうしたの?」

「アイツ、児玉はさ……人とつるむようなヤツか?」

「えっと……あんまり、人とおしゃべりしてるトコは、見たことない、かも……」

 ほかの人は、あんまり児玉さんのことを話題にしない、というか、近づこうとしなかった。あんまり、親しそうにしてる人はいないと思うけど……

「なるほどな……」

「どうしたの?」

「……かつて黒水晶を使って宝源郷を壊したヤツらは、嫌われ者ばっかだった」

「えっ……」

「まだ詳しい犯行動機はわかんねぇけど、黒水晶ってのは、心に隙があるほど入り込みやすく、浄化が難しい。

 孤独で隙間風吹いてる心につけこんで、誰かが凶器を渡した……」

 じゃあ、さっき通せんぼした人たちも……そんな人たちなのかな。安馬先輩も、クラスメートの上戸先輩のことをそう言ってた……

「けど、誰であろうと人に非行を勧めようってのは、ヤバいことだよな。

 で、1階に着いたのはいいが……どうやら、オレたち誘導されたみてぇだな」

 階段を下りた先に、ドアが大きく開かれてる。

 プールに直結する、管理室。プール側のドアも、開いてる。

 わんと、児玉さんがよく一緒にいる場所……そんなの、ここしかない。

「児玉さん!!」

 プールから顔を出して、お腹の底から声を出してもう一度その人の名前を呼んだ。

 ヒュン、ヒュン、と、黒水晶が飛ばされる。

 見切った……!

「あぶないっ!」

「ぐえっ」

 ご、ごめんっ、エリを引っぱらないと清水くんに当たっちゃうから!

 児玉さん、最初から容赦ない!

 一発だけでも当たったらアウト、わんの攻撃も通じない……

 けど、わんは一人じゃない!

 プールサイドを汚さないように、上履きと靴下を脱いで裸足になる。

「清水くん、気をつけて!」

「おう!」

 こっちだって作戦を考えてる。

 もう黒水晶に呪われるもんか!

 次々と撃たれていく黒水晶をかわしながら、パールをぶつけながら前進する。

「児玉妹、キヨミズってヤツはどこにいる!」

「アンタたちに教える筋合いはないわ!!」

 あきらかに清水くんとキヨミズって、関係ないようには見えないもん!

 そのキヨミズって人、児玉さんたちを悪く利用しようとしてるんだから……

 その人から助けるよ、児玉さん!

 おねがい、目を覚まして!

「児玉さん! お兄さん、児玉さんのこと探してたんだよ!」

「アイツのせいで不幸になったのに!」

「わんだって、児玉さんがいなくて……!」

 ひーっ、壁に当たってヒビわれた!

 ヘタしたらプールが崩れちゃうよーっ!

「ぼっちのくせに心配とかしてんじゃないわよ!!」

「一人じゃねぇさ!!」

 児玉さんの後ろに、清水くんが立った。

 やった、児玉さんの気を引けた!

「この前の約束、結局まだだったよな。今度、一緒に昼飯食おうぜ」

 なんのことかピンとこない、けど……

 児玉さん……悲しい顔、してる。

「あなただけは……アタシをちゃんと見てくれるって、信じたのに……!

 あの時アタシより、コイツを選んだのはなんで!!」

 児玉さんの金切り声がプールに響く。

 あの時……?

 もしかして、最初に清水くんと出会った時から、さらにわんを恨むようになったってこと……!

 清水くんなら、自分の孤独を埋めてくれると思って、彼を追いかけたら……格下だと思ってたわんがそこにいて……

「真珠は何も悪くねえっ!!」

 清水くんの叫びも反響する。

 なんで……? だって、児玉さんがそうなったのは、やっぱり、わんの……

「真珠はお前が思ってるより優しくて、繊細で、強いヤツだ! コイツを表面でしか見てねえクセに、自分より下だと思ってんじゃねえ!!」

「うるさあああい!!」

 至近距離で清水くんに、ありったけの黒水晶を一斉に放つ。

 ギリギリで水晶の『ギフト』でガードをしようとしたけど、みんな砕かれて……清水くんの頬に黒水晶の矢がかすれ、そこから血がわずかに垂れた。

 ……って、清水くんの顔に傷が! しかも黒水晶から傷を受けたってことは!

 清水くんの水晶がパリパリと、細かく砕かれる。

 ああっ……黒い宝石が、生まれていく!

 どうしよう……清水くん、ピンチすぎるよ!


(……け、しんじゅ)


 清水くん、まだ自我が残ってる!

 けど、清水くんがそんな状態で、これからどうすれば!

 今まで清水くんがいたからうまくいったのに……!


(あきらめるな、真珠!

 こっから先は一人で行くんだ……慣れてるだろ!?

 オレのことは構うな、いつまでもオレに頼れるワケじゃねーだろ!!)


 清水くん……

 伝えてるときの顔が、こわい。

 いつも笑顔でいる清水くんが、まるで怒鳴るような剣幕で、わんをにらみつけてる。

 ……でも、怒ってるわけじゃ、ない。

 わんは友達ができて舞い上がってたけど……いつでも、甘えてちゃダメ、なんだ。

 いつか、一人きりで戦わなくちゃいけない。

 けど、一番応援してくれるのが、友達ってものなんだ!!

 顔のアザがだんだん広がって、もうすぐ顔が黒くうまってしまいそうな児玉さんが、こちらをバカにするように笑い、つぎつぎと黒水晶の矢を飛ばしてくる。

 手まで、真っ黒になってる。

 もう、油断はできない。

 ……信じるんだ、自分を!

 矢をすべて、自分のパールで相殺する。

 波にあらがうように、黒水晶の中を突っ切る。

「ちょこまかと!! ウザい!! しつこい!! チョージャマすぎ!!」

 ノドが裂けそうなくらいにさけび、今度は手を下から上にあげた。

 見切った……!

 地面から黒水晶が生えた瞬間にジャンプ!

 あぶなかった……次の動作でなにを起こそうとしてるのか、少しわかった気がする!

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