16 自分しかいない世界

 放課後。生徒や先生たちは、どうして温水プールにいたのか思い出せず、混乱していた。

 清水くんの周りには女子が集まってる。モテモテなのは変わらなかったんだ。

「アキラくんっなんでウチらここにいたんだろーねぇ?」

「ホントな、気が付いたらここで倒れてたんだよなぁ……」


(余計な説明とかしたくねぇし、オレらも巻き込まれたってことにしよーぜ)


 清水くんは女子と話しながら、わんにテレパシーを送った。

 そ、そうだね。

 ……今日の部活、児玉さん来てくれるかな。いつの間にか消えてたけど……


 生徒たちがそれぞれの教室にもどっていく間に、校舎じゅうを探しまわった。

 よかった、こういうときに清水くん以外に友達がいなくて。だれかに心配されたら、児玉さんを探せなかった。

 ……自分で言っておいて、ちょっと胸が痛くなった。

 きっと、児玉さんがいなくて心配してる人がいるはず。

 食堂、化学室、音楽室、LL教室……

 進路指導室、図書室、家庭科室……

 そして、立ち入り禁止の非常階段。

 どこにもいない……今度は2年の教室を探してみようかな。

「そこでなにをしてるんですか?」

 わーっ! ……せ、先生の声!?

「あ、あの、わっわたしはっ」

 こんなトコにいたら怒られるにきまってる……!

 って、あの時の、わんをかわいそうだと思ってた先生!

 えーと……あれっ、名前、なんだっけ……?

「たしかあなたは内海さんでしたね。探し物ですか?」

 わっ! ……今度は、先生の姿を見た瞬間に悲鳴が上がりそうになった。

 だ、だって、先生の『ギフト』……!

 あの不幸を呼ぶ、黒水晶なの!!

「すみませんっ!!」

 謝ったついでに、パールの『ギフト』を降らせた。

 まだ黒水晶に呪われてる人がいるなんて……!

 これでよし、って思った。

 なのに、パールはパチン! と音を立てて、黒水晶にはじかれた。

 えっ、効かない!?

 この黒水晶も強いんだ……!

「……扱えるのですか」

「えっ?」

 あれっ、顔を見てるのに、思考が読み取れない……?

「いえ、なんでも。

 何か探し物でもあるんですか?」

「えっと、その」

 行方不明の児玉さんを捜してる、なんて言いづらい……

「見つからなくて、心に穴が空いているのですね」

「そう……ですね」

 少なくとも、わんのせいでああなってしまったのかもしれないし……

「かわいそうに」

 ……え?

 この言い方、どこかで聞いたことある、ような……

 思わず目をそらしてしまったけど、先生は気にしていないように、微笑みをたたえたまま、そのまま歩き出し、わんを横切ろうとした。

「ここは立ち入り禁止ですから。

 これからはお友達と別の場所でお昼を食べてくださいね」

「は、はいっ……」

 よかった、児玉さんのことがバレてない。はやく校舎にもどらなきゃ……!

 ……え? わんがいつもココでお昼を食べてること、知ってたの……?

 は、恥ずかしい。先生に知られてたなんて。

 そういえば……この先生って、どこの科目の先生なんだろう。

 ここにいた先生だっけ……?


     * * *


 児玉さんと清水くんのいる竹組を探しても、他のクラスを探しても、いない……

 ついに、部活の時間になってしまった。いつもより遅れてプールに入って練習を始めたけど、ミーティングの時間になっても、児玉さんは来なかった。

 ホントは、ここで泳いでる場合じゃないんだけど……!

 彼女が死んでしまう怖さが緊張となって、この日はいいタイムが出せなかった。部内の記録会まであと数日。

 児玉さん、記録会にすごく出たそうにしてたよね……

「今日翠ちゃんが休みなのね……内海さん、なにか知ってるかしら?」

「い、いえ……」

 安馬先輩、やっぱり心配してるよね。一番かわいがった後輩だから。

「さっきの『無意識にプール集合事件』に関係してるのかしら……」

「無意識に?」

「あら、内海さんは見てないの? たくさんの生徒がココに集まったのよ。わたしもなぜかここにいてね、けれどどうしてなのか思い出せなくて」

 見てないどころか、事件を目の当たりにしたんです……!

 なんて、言えない……目撃されなくって、ラッキーだった。

 もし見つけられたら、なんて説明すればいいのか慌てちゃうもん。

「あっあのっ」

「なあに?」

「今日、児玉さん、先輩の教室に来てませんでした……?」

「いいえ、来てなかったわ」

「じゃあ、ほかに下級生が教室に来たってことは……」

「いいえ、まったく。

 けど、ちょっとおかしなことはあったわねぇ」

 児玉さんも、天良さんと伝木さんも直接来なかったの……?

「おかしなこと?」

「教室にいたんだけどね、一人が倒れたら、たくさんの人がドミノのように倒れたの。わたしも、気が付いたらたおれてて……で、ハッとしたらココにいたわけ。

 けど、教室にもどったら一人だけ戻ってこなくて……」

「その人ってどんな人なんですか?」

 ……イヤな、予感がする。

 もしかして、その人って……

「そうねえ、あまり話したことはないけど、上戸あげとさんって人よ」


(かなり負けず嫌いな子よね……そのせいで、クイズ研の人たちと揉めたって、聞いたことあるけど……)


 かなりの負けず嫌い……!

 やっぱり、黒水晶をあげようとしてる人にはターゲットがいて……その人を操って、黒水晶をたくさん生み出そうとしてるんだ!

 ネズミ講、ってあるよね。サギの手口のひとつだけど、簡単に説明すると、一人のひとが2人に電話をすることになると、電話を受けた2人もそれぞれ2人ずつ電話するから、電話を受けた人が4人、8人、16人……ってどんどん増えていくの。

 キヨミズって人が心に隙がある人に黒水晶をあげて、さらに増やすためにその人たちに感染を任せたんだ!

 これじゃあ、あっという間に学園のみんなが黒水晶に呪われちゃう!

 ……それなら……



(なんだって!?)


 こそこそと清水くんに上戸さんのことを話した。

 そして、ネズミ講のように黒水晶を増やすつもりだった、と。やっぱりあの時、パールの嵐を舞わせてよかった。

 けど、パールの『ギフト』が効かないくらい、強くなってる人がいる……

「たぶん、ソイツらに『親』がいるはずなんだ」

「おや?」

「つっても、血のつながってる父親とか母親とかじゃねぇ。

 働きアリが女王アリのために砂糖やアメを運んでる、その女王アリにあたるヤツがこの学園内に潜んでるってこった。

 児玉妹がその働きアリ……そんで、その上戸さんも働きアリになっちまってるかもしれねえ」

 働きアリってたとえ、いいかも。

 けど黒水晶の負の力に負けたら……天良さんと伝木さんのように、命の危険が迫るんだよね!?

「それもそうだが、オレ的には親から直接黒水晶をもらったヤツにアザが生える、が一番有力だ」

「どうして?」

「……昔、もともとの『ギフト』が黒水晶だった凶悪なヤツの顔に、児玉妹のようなアザがあった」

「!!」

 まさか、その人が宝源郷をこわしたの!?

「アイツが振りまいた黒水晶をもらったヤツも似たようなアザができていた……きっと、黒水晶の力が増大なモノなんだろうな。それにきっと、他にもそんなでかい力を受け取れる器がある要因も考えられる……

 だが、またソイツから黒水晶をもらったヤツ、いわゆる孫の顔にはアザはなかった。つまり、親から離れれば離れるほど、もらう黒水晶の力は減っていく。

 コップに入れた水を半分ずつ、半分ずつと次のヤツらにあげるようなイメージだ。ただし働きアリ側はウォーターサーバーくらいにほぼ無限の力をたくわえてやがる」

 またネズミ講だ。

 もしかして、わんが最初に黒水晶に呪われたときに解けることができたのは、親、児玉さん、金剛さんの順に黒水晶がわたって、力が薄かったから。

 そして、児玉さんの呪いが簡単に解けなかったのは、もらった力が一番強いから!

「そんな、児玉さんの呪い、解けられるの!?」

「できねぇことはねえが……」

 できる可能性があることと、その言葉の濁し方に、なんて反応をすればいいのかわからなかった。

 これからもずっとあのままだなんて……わん、そんなのイヤだよ。

「大事なのは、『心同士の言葉』だ」

「心同士の……」

「幸い、お前には人の心を読む特殊な能力がある。アイツが理性を崩して、お前を攻撃したとはいえ、本当はそんなことで倒そうなんて思ってるとは考えられねえ。

 アイツの本音、探ってやれよ」

「児玉さんの、本音……」

 蒼井くんも、『思いを変えるしかない』って言ってた。

 やるしかないんだ、わんの言葉で。児玉さんに、考え直してもらうしかない。

「お前はもう一人ぼっちじゃねぇ。

 それさえわかれば、もう黒水晶にとらわれることはねぇよ。お前はきっと、黒水晶を打ち砕ける救い主になれる、数少ない人間だからな」

 清水くん……

 ち、ちょっと、ドキッとしちゃった……

 そうだね、わんには、清水くんがいるから……

 うん、やってみる。これは、わんにしかできない!

 まだ、救い主になれるかどうかは、ちょっと責任が重たくて、わからないけど……

「全員、話がある」

 コーチがピッ、とホイッスルを鳴らした。

 ううっ、ちょっとその音、怖くなってきたなあ……

「急な話ですまないが、記録会の日に出張が入ってしまった。

 記録会およびレギュラー選考会は明日に変更する」

 えっ……

 ええええ!? き、記録会、明日になるの!?

 まわりは戸惑うように近くの人どうしで顔を見合わせる。清水くんも、(やべぇことになったな……)と眉をひそめた。

 ざわざわとさわぐ選手たちに、文句のあるヤツは来なくていい! と怒鳴るので、全員は「全然ありません!」という言葉を態度で示した。

 それにしても、児玉さんがもし明日きてなかったら……!

 それこそ、児玉さんがもっと凶悪になっちゃう!!


     * * *


「お前もやっぱ言われたか……」

「うん……

 児玉くん、朝から深刻な顔で「翠はいないか!?」って叫ぶから眠気がとんだよ……」

「ハハッ、お前って案外朝に弱いんだな」

 だって、まさか記録会がいきなり明日になるなんて、緊張で眠れなかったんだもん!

「って、笑い話じゃねぇな。家にも帰ってねぇってことじゃねぇか」

「それに、記録会まであと3時間しかない……!」

 あれから一晩がたち……

 結局どこを探しても、児玉さんの姿は見かけなくて。

 お兄さんも、授業の欠席届けを出して、一日中妹を探していたらしい。先生に「警察に任せたほうが……」って止めても、児玉くんは、妹は自分で探したいと言って聞かなかったって。

 ……お兄さん……とっても、妹思いなんだなあ。

 あのときも、「妹をよろしく頼む」ってわんに言ってくれて……もしかしたら、児玉さんが水泳に転向したこと、心のどこかで自分のせいだって責めてるんじゃないかな。きっと、『児玉紅蓮の妹』として見られてるって、知ってるから……

 児玉さんが、自分が幸せになれないのは周りの人のせいだって思ってるのなら……

 そんなの、間違ってるって言いたい。

 それに、わんからしたら、こうしてお兄さんが必死になって探してくれてるのは、とってもうらやましいことだよ。

 児玉さん……自分には味方がいること、忘れないで。

 そう伝えたくて……わんは、午後の授業の欠席届けを出した。

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