第2話 部活(前篇)
『僕』が昔、『私』だった頃…。
私が歌うと、お母さんはとても喜んだ。
私も皆の前で、舞台の上で歌うのが大好きだった。
でも、『私』が段々『僕』に変わってくると、お母さんは僕に、
「とにかく目立たないようにしなさい」
と告げ、僕は歌を奪われた。
僕は『僕』になりたかっただけです。それはいけないことだったのでしょうか…?
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「おはよーー!!」
教室の後ろの扉が勢い良く開くと同時に、大きな声が響き渡る。声の正体はもちろん春虎だ。
「オッス、沢城」
「おはよう、沢城君」
僕と春虎が出会って1ヶ月。春虎はすっかりクラス中に溶け込んでいた。
「おはよう。春虎」
「おはよう、ヨル!!」
僕も春虎や隣りの席の河合をはじめ、少しずつ仲の良いクラスメイトが出来始めていた。
「なぁ、ヨル。俺考えたんだけどさ…」
春虎は席に着くなり体をこちらに向け、何やら神妙な面持ちで話しかけてきた。
「あー、はいはい。どうせポ◯モンマスターになるとかどうとかでしょ。お疲れしたー」
「聞けって! ポ◯モンマスターにはもうなったわ!!」(?)
僕は春虎の話を聞こうとはせず、ケータイでゲームをしながら軽くあしらった。こういう時の春虎の話は大抵面倒臭い。
「ヨル! 部活やろーぜ!!」
春虎は僕の机に両手を置き、目をキラキラさせながら前のめりになってそう言ってきた。やはり面倒そうな案件だ。
「1限目は世界史か…。教室移動しなきゃ」
「やっぱ高校生=青春じゃん? なんかしなきゃなーと思ってさ。そんで部活ってわけよ」
「宿題のプリントどこやったっけ……。あ。あったあった」
「俺幼稚園の時から中学までずーっとサッカーやってたんだけどさ、流石に飽きたんだわ。ちげーことやりたいなって。そんでこの高校入ったんだよ! この高校凄ェ部活いっぱいあんじゃん? だからなんか一緒に部活やろーぜ!」
「今日暑いし…。なんか飲み物でも買って来よっかな」
僕は春虎を無視し続けたまま、教科書とノート、ペン入れを持って移動先の教室へ向かった。
「ヨルちん…(´・ω・`)」
その日の春虎はやけに静かだった。
春虎は授業中、一切ノートをとらず(これはいつも)、ずっと何かを真剣に考えているようだった。
そして6限目の授業が終わるや否や、春虎は無言で立ち上がり、足早に教室を出て行った。
「沢城君、今日なんだかずっと静かだったね」
隣の席の河合が心配そうに僕にそう言った。
「今朝、春虎に何か一緒に部活をはじめようって言われたから、無視したんだよ。多分それでスネてんじゃない?」
「えっ、部活? もう5月中旬だよ。ちょっと今更入りにくくないかな…」
全くその通りだ。この時期に部活なんて気まずくて入れない。
「安心しろ!」
いきなり後方から声がして、僕と河合は一瞬ビクッとした。後ろへ振り返ると春虎が大量のハイチュウを抱え、自慢げに立っている。
「ヨル、この時期に部活なんて今更気まずくて入れないと思ってるんだろ?」
春虎はニヤニヤしながらそう言うと、大量のハイチュウを僕の机の上にばら撒いた。
「心を読むな。ていうか、何? このハイチュウの山…」
「買収だ!」
買収…?
「そう言えばヨル君、いつもハイチュウ食べては幸せそうな顔してるもんね」
「えっ……」
笑いながら河合にそう言われ、僕は一気に恥ずかしくなった。
「そう、ヨルはハイチュウ大好きだからな! 売店にあるだけ買ってきたっ!」
確かに…。僕の机の上は普段からハイチュウまみれな上、カバンの中にも2つから5つは必ず常備している。僕のこの体はハイチュウで形成されていると言っても過言ではない。
「やってくれるなっ? ヨル!」
ガシッと春虎に両手で肩を掴まれた僕は、泣きそうな顔をしながらちらっと河合へ救済を求める視線を送った。
「あっもうこんな時間私ヴァイオリン教室行かなきゃじゃあまたね2人共また明日っ」
河合はやたら早口の棒読みで僕らにそう告げ、そそくさと教室から立ち去った。
「おうっ、またなー!」
「河合…(´・ω・`)」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
放課後、2人だけとなった教室にて、僕は春虎と部活について作戦会議(?)を行うことになった。
いつものように僕は自分の席に座り、春虎はその前の席に座りながら体をこちらに向けている状況だ。
「春虎。さっきも言ったけど、もう5月中旬だよ? 俺、今更部活に入ったところで馴染める気がしないよ…」
「俺もだっ!」
お前は馴染めるだろうよ。
「恥ずかしがり屋だからな俺っ!」
恥ずかしがり屋とは一体…。
「まあ、待て。ヨルは何も心配しなくていい」
春虎は得意げにそう告げると、リュックから部活申請書を出した。
「何故なら新たに部活を創ることにしたからなっ」
「えっ、そうなの?」
考えてもいなかった春虎の提案に僕は驚いた。確かに新しく部を創設すれば、中途半端な時期からでも人間関係等を気にせず部活動が出来る。
「考えたな春虎! で、何部を創るの?」
きっと春虎のことだ。『UMA部』とか訳の分からない部活に違いない。僕はちょっとワクワクしながら春虎に尋ねた。
「軽音部だっ!!」
春虎はギターを弾くジェスチャーをしながらそう叫んだ。
「…軽音部?」
普通だ。
春虎からの意外な回答に拍子抜けした僕は、一旦冷静になった。
「春虎…。…UMA部とかじゃないの…?」
「おおん? 何だそれ? バカかっ!」
僕もそう思う。
「…春虎、楽器は何か出来るの?」
「……」
「…春虎、楽器」
「……リコーダー」
「……」
「……」
「はい。UMA部ね」
「待って待ってwww」
僕はシャーペンで申請書の部活名称欄に『UMA部』と書こうとしたが、春虎に用紙をすぐさま奪われた。
「やだーーっ! 軽音部じゃなきゃやだーーっっ!!(泣)」
「子供か」
まあ何にせよ、春虎が楽器を演奏出来るとは思っていなかったので想定内だ。
「大体俺、軽音のことよく知らないんだけど、軽音ってそもそも何するものなの?」
期待はせず、僕は春虎に一応尋ねてみた。
「なんか…楽器弾きながら…? 歌…? 歌う…みたいな」
なんてふわふわした知識…。
「ヨルはなんか楽器できる?」
「俺? 俺は…、一応10年くらいピアノやってたかな。もう辞めちゃったけど」
「10年っ!? 凄ェじゃんっ!! そんなん、もう勝ち戦じゃんっ!!」(?)
春虎は僕の方へ身を乗り出し、目を輝かせた。
しかし、いくら子供の時から習っていたとはいえ、僕がピアノを辞めてから2年が経つ。ブランクもあるし、無知ながらも軽音は自分の中で『ギター』や『ドラム』といったイメージがある。僕と春虎2人だけの軽音部で、しかもリコーダーとキーボードだけというのは有りなのだろうか…?
いや、有りか無しかで言ったら、限りなく無しだ。あまりにもお粗末すぎる。そもそもそれが軽音と呼べるかも怪しい…。
「春虎、ちょっと1分だけ時間を頂戴…」
「お? おう…」
僕は目を瞑り、春虎と軽音部を結成した場合の未来を予測してみることにした。
ー1分後ー
「…今、俺の頭の中で春虎と2人で軽音をやった時のシミュレーションをしてみました」
「おおっ! で、どうだったっ!?」
「UMA部にしよ…」
「シミュレーションで何があったんだよっ!!!」
春虎はそう叫ぶと、僕の机に突っ伏してうなだれた。
無理もない。酷い未来しか予測できなかったのだから。
「ヨル…。軽音部…嫌?」
春虎が珍しく弱々しい声で僕に聞いてきた。
「…音楽系はちょっと…苦手なんだよね…」
「10年もピアノやってたのに…?」
「…うん、ごめん」
僕がそう言うと、春虎は「そっか…」と小さく返事をした。それからゆっくり立ち上がって、教室の扉までヨロヨロと歩き出した。
「春虎? もう帰るの?」
僕は自分のバッグと、春虎の机に置きっ放しにされたリュックを持った。
「…ヨル、カラオケ行くぞ」
…は?
「え、カラオケ…? なんで?」
世界の果てまで連れてって ヨル from 1001 @b0017709
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。世界の果てまで連れてっての最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます