【人造人間】
ピピピピピ。ピピピピピ。
目覚まし時計の電子的な音で目が覚めると、私はベッドの上で横たわっていた。朝陽が窓の隙間から顔に当たり、私は顔を顰める。
しつこく鳴り響く電子音を黙らせ、私は上半身を起こした。寝惚けた眼で辺りを見回す。
薄いピンクの水玉模様が付いたカーテンに、小さな本棚と勉強机。私の身長ほどもある鏡の横には、入学の時に母にねだって買ってもらった鏡台がある。奥にある洋ダンスの横の壁には、セーラー服と通学カバンが掛けられている。
変わらない部屋。変わらない朝。
私の世界は、大きく変わってしまったというのに。
いつも通りの、平凡な風景。
「・・・そうだ、今日は・・・。」
学校で講習がある日だ。休みに入ったばかりだというのに、学校に出なくてはならないとは、夏休みというのは名ばかりである。
「・・・学校、行かなくちゃ。」
着替えて、玄関へと向かう。外に出ようと扉に手を掛けたが、外から力を加えられているかのように取っ手が動かない。
手元を見ると、握った手が震えていた。外に出るのが、怖い。
(・・・大丈夫。大丈夫よ・・・。捺澄会長も、そう言ってくれたじゃない。)
私は気持ちを落ち着かせようと、深呼吸をした。
その呼吸も、震えていた。
昨夜、例の事件の後、私は捺澄に家まで送られた。心身共に疲れ果てていたので、帰り道の途中、何度もよろけた。
その度に、捺澄が支えてくれた。
「今はとても不安だと思う。けど、安心して。俺が何とかするから。」
「・・・でも。人が一人死んでるんですよ。」
「大丈夫。俺に任せて。すぐに、今まで通りの平穏な日常を、君に取り戻すから。」
その時、彼の言葉はとても心強く、頼もしかった。
だが、彼もすぐにいなくなってしまうという。正式な講師が決まったのだそうだ。
「帰り際に言われてね。急だけど、明日にはもうこの街にいない。・・・次の仕事があるからね。」
「・・・本当に、急ですね。・・・相談、全然できないじゃないですか。」
「・・・ごめんね。」
私の言葉に、眉尻の下がった苦笑いで彼は謝った。相変わらず好きにはなれなかったが、それでもその時は安心した。
普通に考えて、人が人の死を何とかできるはずがない。確かに彼は私の両足を治すなんて非常識なことをやってのけたけれども、だからと言ってできることとできないことがあるだろう。
彼女のことは、隠していてもいずればれてしまうだろう。逆に、隠せば隠しただけ危険かもしれない。そういう意味では、私も何か事情を聴かれるだろうし、疑われもするだろう。
それでも、私は彼女の分も、生きていかなければならない。
彼は、約束してくれた。平穏な日常を、今まで通りの生活を。それが例え励ましだったとしても、私もそれに応えなければ。
「―――よし。」
決心し、ドアを開ける。途端に熱気が全身を襲った。
(私は、覚悟を決めたじゃないか。)
あの日、あの夜。彼女と別れたあの時に。
・・・あの時?
何故か、ぞっとした。捉えようのない不安が体中を駆け巡る。
何か、何かが頭の片隅で引っ掛かっている。昨日の彼女の会話の中で、その時には気付かなかった違和感が。
『噂の人造人間は、霞なんだって思った―――』
昨日の彼女の言葉。私のことを人造人間だと思っていた、彼女の言葉。
噂は、本当にあった―――?
どこから。誰から、そんな出鱈目な、嘘くさい噂が・・・。
『人造人間って、知ってる?』
耳の奥で聞こえる。どうして、まだ、この言葉が。
違う。
この声は、美樹じゃない。
放課後の、夕闇に溶けて表情の分からない顔の男。
思えば私は、最初から彼の笑顔が偽物だと知っていた。
美樹の笑顔に似ていたから。彼女の笑顔は偽物だったから。
私が立ち竦んでいると、後ろから声を掛けられた。
「―――おっはよー!今日も冴えない顔してるわね!」
私は、その声を知っている。顔を向けようと思うのに、体が動かない。
だって、聞こえる筈がない。彼女はもう。
それは私の前に回り込む。いつもの悪態をついて、いつもの偽物の笑顔を貼り付けて。
「あら、挨拶もできなくなったの?まだ一日しか経っていないのに休みボケとは、ほんとに残念な頭をしているのね。」
眩暈がした。彼女の顔と、周りの景色がぐにゃりと曲がる。まるで夢を見ているかのように。
そうして私は納得した。
(あぁ。そうか、これは、いや、これまでが。)
夢だったのか。
あの少年も、彼女の表情も、あの噂も。
私の覚悟も。
全ては、夢だったのだ。
「貴女は朝からうるさいのよ。貴女の声なんて、一生聞きたくなかったわ。」
そうして私は、いつもの日常を取り戻した。
UMA~人造人間~ ichi @ichinama
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