【プロローグ】
―――ぽこぽこ、ぽこぽこ・・・。
耳に残る気泡の音が部屋に充満している。男は相変わらず床で作業を続け、少年はパイプベッドに座り込み、男の背中を眺めている。
「―――真実を知らなければ、彼女たちは幸せだったと思うかい、ユウマ。」
男が少年に語りかける。少年は不機嫌な表情をしていたが、やがて男の問いかけに答える。
「幸せかどうかは彼女たちが決めることだ。僕には分からないよ。・・・ただ」
「ただ?」
「・・・僕はこれ以上この件には関わりたくない。彼女にはもう、手を出すべきじゃないと思う。」
少年の言葉聞こえない距離ではないというのに、男はその言葉を無視して作業を続ける。少年は顔を顰めて男を睨む。
「・・・俺のやり方が気に食わないから、彼女の元に行ったのかい?」
男の問いかけに、少年は顔を背けて答えない。だが、男は答えを求めているわけではないようで、話を続ける。
「彼女の元に言って、二人を助けようと思った?無理だよ。彼女たちの状況を伝えることができないのに、どちらも助けるなんて、できない。逆に君が彼女たちの前に現れたことで、最悪の事態を速めてしまった。いずれ瓦解することだったとしても、今回の君の行動は失策だ。」
男は冷たく言い放つ。少年は更に顔を顰めて、眉をひそめるが、男の言葉に反論をしない。ただ黙して男を見ないようにしている。
「お蔭で、後始末が増えてしまった。僕は中途半端なこの時期に転校しなければいけなくなったし、彼女がいなくなったことをうまく誤魔化さなくてはいけなくなった。でないと、組織の存在が明るみに出かねないからね。幸い、一方さんは組織の存在を知らないから、彼女から情報が漏えいすることはないだろうけど。」
だから、君は文句を言える立場にないんだよ。と言って、彼は作業をしていた手を止めた。
「まぁそれは良い。・・・ほら、頼まれていたものだ。調べがついたよ。」
男が一枚の紙を少年に差し出す。彼はそれを受け取り、じっくりと読む。
「・・・やっぱり。」
読み終えると少年はそう呟き、それを大事そうにポケットの中に仕舞い込んだ。
「手に入れるのに苦労したよ。十年近く前の捜査資料なんてさ。・・・でも、君が言っていた通り、首元にある刺し傷には二回刺されたような跡があったそうだ。そして二回目は、被害者の意識が残っている内に刺されている。つまり、致命傷の傷を受ける時、安納真美は意識があって抵抗できたはずだ。・・・抵抗できたのに、彼女は何故殺されたのだろうね。」
問いかけに、少年は無言のままだ。応答がないことを悟ると、男は手元の作業に戻った。
「・・・よし、できた。」
男は完成したそれを隅から隅まで眺める。少年は相変わらず顔を背けたままだ。
そして男が何かを押すそぶりをすると、それは自力で動き出す。
「・・・やっぱり、僕は、納得いかない。」
少年が、小さく呟いた。
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