第7話 未来視の少女
こけら葺き屋根の平屋建て。松並木の先にひっそりと佇んでいる、御所の隅にある小さな邸宅が目的地だ。
軒の
重要人物の住まいにしてはいささか質素ではないかとも思える造りではあるが、家主の陰気な雰囲気にはよくあっているのかもしれないと失礼なことを考えながら眺めた。
「失礼する。家主殿はいらっしゃ、」
「……ついてきてください」
ええ〜〜。
最後まで言うことすら聞いてもらえなかった。名前さえ名乗っていない。それでも、来て当然とこちらを受け入れたあたり行動を先読みされている気がして嬉しくない。
何も声をかけてこない侍女の後をついていくと、そのまま入れと促される。
「待ってたのよ」
丸窓からさす光だけしかない薄暗い場所。
どこを見ているのかわからないぼんやりとした赤茶の目で少女はラディを迎えた。
目と同じ赤茶の少し癖のある髪が肩より下まで伸びていて、胡桃色の袿の上に散らばっている。身体は細身というには痩せ過ぎていて、衣服からのぞく手首は痛々しいほどに細い。
元の造形はそれなりに整っているはずなのに美しさを感じさせない。不健康さが強く印象に残る姿だった。
「お久しぶりですね、悠の君」
「貴方が逃げ回るからよ。でも来た……」
窓際にぼうっと座っていたのに、急に立ち上がりラディの目の前まで迫る。相変わらず生気を感じさせないその動きは不気味さしか感じられず、うわ、と声を上げそうになるのを堪えた。
堪えたが、心の中ではしっかりと、うえ〜〜なんかやだ〜〜と呟く。
戦いになれば、どれだけ気持ちの悪い相手でも目を背ける様な場面でもそれほど気にしないのに何故こういう時に己の心はヘタレてしまうのか……。
少し気が遠くなりそうになったが、気合いで戻ってくる。
「少し背が伸びられたようですね」
「まだ伸びるわ。雷牙の幼馴染より少し低いくらいに」
「え?」
男に浮かんだ疑問を晴らす気はないらしい。
気だるそうに瞬きを一度して、顔を寄せてくる。睦言に似た響きを持って、うっとりと少女は呟いた。
「いい香りね…」
「……っ」
首元に鼻先をつけ、満足そうにすり寄ってくる。
誘われている……のとは違う。求愛や戯れではなく、美しいものを愛でている様な、倒錯的な雰囲気だ。
なんか、汚されたってこういうことを言うのか……?
肌を駆け巡る悪寒から必死で逃避しようとした結果、どうでも良いことを考えてしまう。
それなりの年数生きてきた男として、純潔な身体というわけではないが、それでも汚されたという感覚が強い。身体というより心に害がある気がする。
「嫌そうね」
吐息が首筋にかかって、肌が泡立つ。その反応を楽しそうに見ているのに気づいて、流石に我慢の限界だった。
「分かっていただけたのなら離れてください。……本日はお話があって参りました」
勝手に俺の身体を弄ぶんじゃねえぞ!という剣呑な眼差しを向ける。しかし、視線は合うことはなく、それどころか話も合わない。
「知ってる。雷牙、貴方、そんなに幼馴染のことがお気に入り?」
「……はい?」
「見てみたいわ……楽しみね」
「え。お待ちください。どこへ、」
何かを確信して頷くと、ラディの制止も気にせずに何処かへ行ってしまった。
「……なんだったんだ?」
初めから最後まで意味のわからない言動だった。その上収穫はなくあるのは強い疲労感。
なんか、会うたびに疲れる……。神気吸われてるんじゃないか、これ。
嫌な疲れにため息をつくと、立ち上がった。少女への評価を”イマイチ苦手”から”苦手だし出来れば会いたくない”に頭の中で変更してこの場から離れることにした。
「ら〜いが」
先程と変わらない場所で壁にもたれかかっていた同僚がひらひらと手を振る。
「まだここにいたのか」
「報告、聞きたいなって♡」
「うっわ、悪趣味〜」
「で、どうだったの? 上手くいった?」
期待に満ち満ちた眼差しを受けて、ラディは眉を寄せた。すでに嫌な出来事に分類された先程の出来事を語る気には到底なれない。
「メェメェ」
なので、羊の鳴き真似をする。やっぱり負けちゃいましたという悲壮感もプラスしてやると、一瞬ぽかんとした同僚が次の瞬間声を上げて笑う。
「あははは、雷牙ざんね〜〜ん」
「残念だと思ってないだろ……」
「だってそもそも、常識の通じないあの人に何言っても無駄じゃん〜。しかも帝の庇護付きで下手に口も出せないわけだし?」
「そうなんだけどさ、足掻かなきゃならない時もあるだろう」
「まあねえ。……頑張ってればそのうちなんとかなるかもよ?」
「やるしかないから、解決するまで努力はするよ」
リクの氷の微笑を思い出す。彼が微笑みながら誰かを氷漬けにする日が来ないことを切に願っている。
というか、ラディが諦めた先は多分それだ。
「雷牙、ぼーっとしてるけど大丈夫?」
「ん、平気。俺、そろそろ行くからまたな」
「はーい、負けるな〜!」
あまり力のこもってない応援を受けて、どうせならちゃんとした励ましや応援が欲しいなと切なくなった。
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