第3話 美少女のおもてなし


 長年、朝食はお米に御御御付けおみおつけの生活であった六白にとって、目の前にあるモノは未知の世界だった。


「食べないのか、リク?」

「いただきます。……ところでこの液体に沈んでいる豆はなんですか?」

「白インゲン豆のトマトソース煮込み」

「この黒いブニブニしたものは?」

「マッシュルームかな? 嫌いだったか?」

「いえ、問題ありません」

「いわゆる英国式の朝食なんだが。心配しなくても食べれるものしか皿に乗ってない」

「貴方の家なのですから、食べられないものを出されるとは思っていません。ただ、見慣れなかったものですから」

「ああ、なるほど。リクはいつも米食べてるもんな。たまには新しい挑戦もいいんじゃないか?」

「そうですね」


 トースト、卵、ハム、ソーセージにトマト。正体が判明した豆とキノコが一つの皿に載っている。美味しそうというよりも雑多でごちゃついていると思う。それでもそういう料理なのだろうと理解して銀のカトラリーを手にし、豆を口に入れた。


「……どう?」

「想像通りの味です。目玉焼きもキノコも簡素な味付けなんですね。変に捻られてなくていいです」

「まあ、なんでも塩胡椒ですませるお国柄みたいだし? 量はあって腹持ちがいいんだよな。俺は割と好きなんだけど、明日は米にしてもらおうな」

「これはこれでおいしいと思いますが、毎日だとお米が恋しくなりますから、ラディの気遣いは有難いです」

「リクさま、兄さま」


 少女の声。

 食堂のドアが開かれて、人で言えば十歳くらいの外見の少女が入室してくる。


「ティナ、おはよう」

「おはようございます」

「おはようございます。リクさま、お会いできてうれしいです」


 ラディの妹だ。

 ラディより薄い褐色の肌に黒の目と髪。キリッとした目元がよく似ている。将来は異国的な美女になるのだろうと思わせる顔立ちだった。


「お久しぶりです、ティナ。お元気そうですね」


 明るい笑顔に微笑んで返すと、途端に頰を染めてはにかむのが可愛い。


「はい。あの、しばらく、ここにいらっしゃるんでしょう? おひまになったらお話してくださる?」

「喜んでお相手になりましょう」

「ありがとう」


 嬉しそうに破顔して、そのあと慌てて部屋の外に出て行った。


「朝食は食べなくていいのでしょうか」

「恥ずかしいんだろう。ティナはリクのことが大好きだからな〜。初めて会った時なんて、興奮して寝れなかったくらいだし」

「ふふ、可愛いですね」

「俺もリクのこと大好きだよ?」

「……そこで張り合う必要がありましたか?」

「愛は多い方がいいだろ〜。兄妹揃ってリクのこと大好きなんだから伝えなきゃソンかなって」

「そういうものですか」

「そういうものだよ」


 なんだか、急に恥ずかしくなって視線を逸らした。顔が熱くなっている気がするのは思い違いであってほしい。


「ありがとうございます、ラディ」

「どういたしまして。……さて、俺はそろそろ支度して出なきゃ行けない。リクは?」

「私は昼過ぎに宮中へ向かいます」

「なら、しばらくゆっくりしているといい。館の中は好きに歩き回っていいし、分からないことがあれば誰か捕まえて聞いてくれ。夕方には戻るから夕飯は一緒に摂ろう。食べたいものはあるか?」

「分かりました。夕飯はお任せします」

「うん、じゃあ料理人に任せよう。……それじゃ、また後で」

「はい。いってらっしゃい」



 六白に割り当てられたのは、青磁色の和紙に金箔で模様を描いた金唐紙の壁紙が豪華な客室であった。扉近くに備えられた暖炉も相まって異国情緒豊かである。

 そこへ戻ると、机の上に白の折り鶴がとまっているのが見えた。紙でできた羽を動かしてこちらに飛んでくる。


「あ、大人しくしてください」


 六白を見つけて喜んでいるのか右へ左へぐるぐる回るものだから、手に取ることができない。

 折り紙の鶴を飛ばすのは簡単な術である。しかし、その鶴の感情表現を豊かにするのは無駄に手の込んだ、と言わざるを得ない応用技だ。

 翼に触れて、力を込めると淡い光に包まれた鶴が解けて紙に戻る。


「父上からの手紙ですか」


 手紙の内容は無事に着いたのかという確認と舞役への期待と応援であった。


「相変わらず筆まめですね。確か机の中に一筆箋があったはず。……桜の柄ですか。今の時期にぴったりですね」


 一枚取って声に力を込めた。


 『父上。無事に到着し、ラディにお世話になっております。お役目を果たして参りますのでご心配なきよう』


 力を乗せた声は光りながら紙に吸い込まれてゆき、墨の文字へと変わる。文字の大きさも揃っていて枠に綺麗に収まっていることを確認して、封筒へ仕舞った。封をして、指先で「雀」と紙の上でなぞる。

 ふわ、と一瞬光ったあとには、机の上に小さな雀が一羽。手紙を封筒ごと鳥へと変化させたのだった。


「伊吹山の私の父のところまで頼みます」

「ぴ」

 ふくふくしたお腹を指で撫でた後に、窓を開けて、飛び立つところを見送った。


 コンコン。ドアを叩く音が聞こえる。


「リクさま、いらっしゃる?」

「どうぞ」

「おじゃまだった?」

「いいえ。どうかなさいましたか?」

「リクさまのお洋服がとどいたから、今日はなにをきるのか、ってみんなが言ってたから聞きに来たの」

「ああ、そうでしたか。今日は礼装でなくて構わないそうなので白の狩衣で行こうかと思っています」

「かりぎぬ……。リクさまは兄さまみたいに軍服を着ないんですか?」

「私は武官ではありませんから。そもそも持ってもいません」

「そうなの。絶対おにあいなのに残念だわ」

「ありがとうございます。狩衣をお願い出来ますか?」

「はい」

「わざわざ申し訳ありません」

「リクさまは我が家のお客さまなのだから気にしないで。兄さまがいないときは、わたしがおもてなしするわ」

「あまり無理しないでくださいね、ティナ」  


 ティナは聡明な少女だった。兄妹のいない六白は彼女を見るたびに、妹の存在を羨ましく思う。既に母を失い、父も臥せっている状況では、ますます憧れも強くなるというものだった。

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