魔王軍に一人残った参謀の私が勇者一行をまとめてDIE~どんな魔王城も私がDIY~

神崎 ひなた

第1話にして最終話~これにて打ち切りですか魔王様!?~ ※タイトルは内容と一切関係ありません

「魔王様」


「なんだ、陰険参謀ネチッコイよ」


「勇者一行が魔王城に接近しつつあるようです」


「ほう……いよいよ†最終決戦†というわけか」


 私、魔王デスカイザーは玉座からゆっくりと立ち上がった。


「連中には辛酸を舐めさせられてきたが、それも今日限り。戦場に散った部下の分まで余が直々に……あいたたたた」


「魔王様。成長期なんですから無理しないでください」


「くそ……どうしてこんな時に関節が……」


 今年で6歳を迎える私は、未だ成長痛の悪夢から抜け出せていなかった。脚が痛い。もうずっと玉座に座っていたい。そしてプ〇キュアの再放送が見たい。


「勇者はもうすぐそこまで迫っているというのに……余は余の無能が悔やまれてならん」


「ご安心ください魔王様。私がおります」


 陰険参謀ネチッコイの紅い眼が、妖しく光る。


「魔王デスカイザー様の手をわずらわすまでもありません。この私、陰険参謀ネチッコイの智謀策略イリュージョンにより、みごと勇者一行を打ち取ってみせましょう!」


「ネチッコイ……」


 万感の想いに駆られながらも、私はなんとか涙を堪えた。


 魔王軍は既に崩壊寸前である。


 幹部クラスの連中はことごとく勇者に戦いを挑み、死んでいった。そうでない者は逃亡し、魔界へと帰って行った。現在、魔王城に残っている戦力は皆無に等しい。


 誰が見ても明らかな負け戦。

 ここから逆転するのはサマージャンボ宝くじの一等に当籤とうせんするより難しいだろう。


(それでも……こんな私を慕い、共に戦ってくれる部下がいる)


 戦う理由は、それだけで十分だった。


 そして戦う以上、なんとしてでも生き延びたい。少なくともプリキュ〇の再放送を見終わるまでは死ねない。


「頼りにしておるぞ、ネチッコイ」


「お任せください。勇者一行の苦しんで死ぬ様を見ることが、このネチッコイ唯一の生き甲斐ですから」


「お主も悪よの、ネチッコイ」


 私は正直にそう思った。

 コイツ友達いなさそうだなぁ、とも。


「――これは絶望的な状況に追い込まれた魔王軍が、圧倒的な力を持つ勇者一行と対峙する奇跡の物語である」


「地の文を乗っ取るでない、ネチッコイよ」 


「タイトルは「魔王軍に一人残った参謀の私が勇者一行をまとめてDIE~どんな魔王城も私がDIY~」です」


 なんか駄目そうなタイトルだった。

 本当にコイツに任せて大丈夫だろうか……。



 ネチッコイ一人に任せるのは不安だったので、二人で作戦を練ることにした。


「まずは勇者の戦力から見ていきましょう」


 彼はタブレットを操作し、勇者の情報を画面に映し出した。


 ・勇者 レベル21 HP150

  ステータスの特徴  平均。回復、魔法、物理、どれも中途半端に使える。

  得意なこと 光の剣技(未習得)


「レベル21だと? 何かの間違いじゃないのか?」


 私は訝しんだ。魔王軍幹部の平均レベルは50。いくら勇者とはいえ、レベルが低すぎるのではないか?


「ぶっちゃけ、コイツ単体なら何も怖くないんですよね。ステータスも特筆する点がありませんし、勇者のアイデンティティといえる光の剣技すら未習得です」


 ですが、とネチッコイは続けた。


「問題はコイツのラブコメ体質です」


「ラブコ……何?」


「最強クラスの性能を持った女子が三人、コイツに「ホの字」ってわけですよ」


「ホの字」


「私が最も嫌いなタイプの人種ですね。一丁前に主人公風を吹かせているくせに自分では何も出来ない……恋恋慕に巻き込まれている内にあれよあれよと敵が死んでいくパターン。王道系のラブコメ系勇者ってわけですよ」


「そ、そうなのか……」


 ネチッコイの性格が歪んでいるということだけは分かった。


「つまり、問題なのは取り巻きのハーレム共です。ラブコメ展開しながら鼻歌混じりに魔王軍の幹部をほふってきたのもコイツらですからね。生半可な策ではコイツらに勝てません」


「それほどヤバイのか? 言うて余、魔王だぞ?」


「まぁ、見ればわかりますよ」


 ネチッコイはタブレットを操作し、次のメンバーのデータを出した。


 ・魔法少女 レベル99 HP2,795

  ステータスの特徴 魔法がヤバイ。喰らったら死ぬ

  得意なこと 半径300mを消失させる消滅魔法ニュークリアを連続行動で放ってくる


「なんだこの化物は!」


「落ち着いてください魔王様!」


「これが落ち着いていられるか! なんだ消滅魔法ニュークリアの連続行動って! それはむしろ余の特技であるべきだろうが! 一丁前に魔王の風格出しやがって! もうコイツが魔王でいいだろうが! ていうかレベル99!? ふざけんな! どんだけ寄り道してるんだよ!」

  

「落ち着いてください魔王デスカイザー様! そのインチキっぷりこそ魔法少女たる所以ゆえんなのです! レベルが異様に高いのも因果律操作によるものです! 仕方がないのです!」


「うう……ぐすっ……もう嫌だぁ……余も魔王じゃなくて魔法少女に生まれたかったぁ……」


「いかん……魔王様が6歳特有のセンチメンタルに突入してしまった」


 私は魔王である以前に幼女である。魔法少女に憧れる年頃なのである。なんで憧れの存在に命を狙われているんだろう。

 

「大丈夫です魔王様。所詮しょせん相手は魔法少女、あどけなさが拭いきれない純情なお年頃。私の智謀策略イリュージョンの前では、ただのコスプレ女に過ぎません」


「ネチッコイ……」


「魔王城のディレクトリをバグらせて、城内で魔法を使えないようにしましょう。そうなればコイツはただの案山子かかしです」


「ネチッコイ……!」


 今はコイツの最悪な性格だけが頼もしかった。


「ディレクトリ? とか バグ? のことはよく分からないが、余は有能な部下を持って幸福だ……貴様がいれば、本当に何とかなる気がしてきた」


「何とかなる、ではなく、何とかする! ですよ。魔王様がそんな調子では、勝てるいくさも勝てません。トップ自らがガッツを見せるのです」


「確かにその通りだな。……では気合いを入れて次のメンバー攻略に移るとしよう!」


「その意気です魔王さま! えーと、次は」


 タブレットに次なる標的が映った。


 【魔王軍幹部】魔神少女ヴィルキス レベル87 HP5,600

 ステータスの特徴 物理が強い。魔法を素手ではじき返す馬鹿力の持ち主

 得意なこと    皆殺し


「裏切りやがったなこの野郎!」


「落ち着いてください魔王さま!」


「これが落ち着いていられるか! 何がトップ自らガッツを見せるだ! 自軍の幹部が敵に寝返っている状況で奮起もクソもあるか! 滑稽すぎるわ! 哀れで愚か! どうせ貴様もそう思っているのだろう! 所詮しょせん私など、上に立つ者の器ではなかったということだ!」


「いかん……魔王さまが無能特有のセンチメンタルに突入してしまった」


 私は魔王である以前に幼女である。たかが6歳が軍を率いるなど、到底無理な話だったのである。


「大丈夫です魔王様。裏切り者が現れるのはファンタジーでは定番の流れ。いつかこんな日が来ることを予測し、私はあらかじめ魔王軍全員の弱みを掌握していました!」


「ネチッコイ……」


「ヴィルキスの部屋に置いてあったポエムを一階層に散らばしておきましょう。これはもう戦闘どころではありませんよ」


「ネチッコイ……!」


 今はコイツの下種っぷりだけが頼もしい。


「好意を抱く人間に黒歴史を覗かれることほど、戦意を失うことはないからな……これなら、まるで負ける気がせん……」


 敵に回った途端、これほど生理的に嫌悪感を催す相手もいないだろう。ヴィルキスはそれを存分に思い知ることになる。


「ラブコメ展開の片棒を担ぐというなら、かつての同僚といえど容赦しませんよ。さて、次が最後のメンバーですが」


 ネチッコイが操作するタブレットに映ったのは……


・ネクロマンサー レベル65 HP3,200

 ステータスの特徴 自らの生存に特化している

 得意なこと    味方を盾にし、蘇生させるゾンビアタックが得意


「外道過ぎるわ!」


「落ち着いてください魔王様!」


「これが落ち着いていられるか! なんだ「味方を盾にするのが得意」って! こんな奴が勇者の味方でいいのか! むしろコイツが最大の敵だろ! こうして健気に対策を練っている我々の方がまだ可愛いわ!」


回復役ヒーラーが不在ですからね。回復手段がない以上、死んだ味方をゾンビにして戦わせるしかないのでしょう」


「うう……いやだ……そんな邪悪な勇者一行に滅ぼされるのは納得がいかない……」


「いかん……魔王様が魔王特有のセンチメンタルに囚われてしまった」


 私は魔王である以前に幼女である。しかしいかに幼女といえど魔王の矜持まで損ねているつもりはない。

 魔王より質の悪い勇者に滅ぼされるのは、なんかこう釈然としない。


「ご安心ください魔王さま。要するに勇者一行より我々の方が邪悪だと証明できればいいのです。目には目を、歯には歯を。邪悪には邪悪を、です」


「ネチッコイ……」


「私も魔王様を盾にして戦いましょう!」


「おい」


 それは邪悪というよりただの外道だった。コイツは本当に味方なのだろうか。


「さぁ、これで勇者一行をDIEする対策は整いました! あとは魔王城をDIYするだけです!」


「う、うん……まぁよいわ。時間も無いことだしな。ごほん。……それでは陰険参謀ネチッコイ! 我が魔王城を凶悪に彩ってしまうがよい!」


「ありがたき幸せ! 魔王様に栄光のあらんことを!」


 こうして万全の策を練った我々は、魔王城のDIYに取り掛かることとなった。



「魔王さま。各階の見取り図を作成したのでご覧いただけませんか?」


「はやっ! あれからまだ三十分と経っていないぞ!」


「ふっふっふ、勇者一行の苦しむ顔が見られるならモチベーションも上がろうというものですよ」


 つくづく頼りになる下種だなぁ、と思っている間にネチッコイは見取り図を広げた。


「どうぞご覧ください」


二□罠□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

階□罠□□□□□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

□□罠□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□ポ□ポ□□□□□ポ□□□□□□

罠罠罠□ポ□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□□

□□□□□□□□□□□ポ□□□□ポ□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□

□□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□ポ□□□ポ□□

□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□□ポ□□ポ□□□ポ□ポ□ポ□ポ□□□□□入

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□口


罠……即死罠

ポ……ヴィルキスのポエム


「見づらッ! 横書きPC版でなければまるで意味が分からんぞ!」


「横書き……? PC……?」


「とぼけるんじゃない! ディレクトリがどうとか言ってるくせにPCの意味が分からんわけないだろ!」


「メタ発言は控えてください、魔王さま」


 そう言われてしまうと口答え出来ない。

 見づらいのを我慢して、情報を要約する。


 右下に入り口があって、左上に二階へ続く階段がある。そして階段を取り囲むように、即死罠が設置されている状況……


「大人げねぇな!」


「何を言っているのです魔王様! 消滅魔法ニュークリアを連続行動で撃ってきたり、魔法を筋力で受け止めたり、味方を容赦なくゾンビに変える連中が相手なんですよ!? そんな相手に誠意をもって対応してどうするのです! むしろ全力で大人げなさを披露し、「世の中ってのは思い通りにいかないもんだよバーカ!」とそしってやるのが道理でしょう!」


「ぐっ……! ここぞとばかりに参謀っぽいことを言いおって……!」


 さすがはネチッコイ。陰険参謀の名は伊達ではない。


「まぁ、理不尽な即死トラップの配置には目を瞑ろう。……しかしこのフロア、モンスターが一切配置されていないようだな。どうせなら余ったマスはモンスターで埋めておいた方がいいんじゃないか?」


「おっ、魔王様も外道が板についてきましたね」


「じゃかあしいわ」


 誰の影響だと思ってんだ。


「しかしご存じの通り、魔王軍は瓦解しております。故に配置できるモンスターとなると……」


「ケルベロスやベヒーモスといったS級のモンスターとは言わん。残った戦力は何か無いのか?」


「はあ、無いことも無いですが……」


 ネチッコイはペンできゅっきゅとマッピングを開始した。

 


二□罠□□□□ポ□□□□□猫□□□猫□□猫□□猫□□猫□□猫□□猫□□猫□猫

階□罠□□□□□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

□□罠□□□□ポ□□□□□□□□□□猫□□□□ポ□ポ□□□□□ポ□□□猫□猫

罠罠罠□猫□□□□□□□□猫□□□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□□

□□□□□□□□□□□ポ□□□□ポ□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□猫□猫

□□□□□ポ□□□□□□□猫□□□□□□□□□□□□□ポ□□□ポ□□□ポ□□

□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□□ポ□□ポ□□□ポ□ポ□ポ□ポ□□□□□入

□□□□□□□猫□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□口


罠……即死罠

ポ……ヴィルキスのポエム

猫……猫


「魔王軍も地に堕ちたものだな!」


「落ち着いてください魔王様!」


「これが落ち着いていられるか! いくらなんでも猫はないだろう猫は! もはやモンスターですらない! 魔王城の緊迫感が台無しだわ!」


「猫の和やかさで勇者一行の油断を誘うのです!」


「そんな都合のいい展開があるか! ……とはいえ、他に配置できる戦力が無いのも事実」


 まさに猫の手すら借りたい状況である。自身がどれだけ絶望的な状況に立たされているのか、認識せざるを得なかった。


「ご安心ください魔王様。一階などほんの小手調べに過ぎません。本領は二階層にこそございます」


「なんだと?」


「考えてもみてください。一階の出口は即死トラップに囲まれています。即ち、ということ。つまりが、必ず存在するということです」


「ネチッコイ……まさか貴様……」


「そのまさかです! 二階層の配置案をご覧あれ!」


聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖

聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖

聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖

聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖

聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖

聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖

聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖一

聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖階


聖……ホーリーパネル(ゾンビ属性の敵が踏むと消滅)


「正真正銘のクソだな貴様は!」


「なんとでも仰るがいい! チーレム勇者一行の苦しんで死ぬ姿が見られれば私はそれでいいのです!」


 がっはっはっはっはっは、と高笑いするネチッコイ。

 コイツ……陰険とかいうレベルじゃない。アホだ。


 しかし、認めざるを得ない。単純ながらこの設置は効果的だ。

 なんせ勇者一行には


 せめてレンジャーや盗賊がいれば、この状況にも対処できたのだろうが……即死罠に加え、全マスホーリーパネルというクソっぷり。これにはさすがの勇者一行も、突破は不可能だろう。

 

唯一欠点を上げるとすれば……


「ホーリーパネルって1マス100万円とかいう滅茶苦茶な値段じゃなかったか? こんなに大量に設置できるのか?」


「その点は心配ありません。我が軍、金だけはめっちゃ余ってますからね。逆にいえばロクに軍備を整える間もなく勇者一行に全員やられたということですが……まぁ、この世界ではよくある話です」


「よくある話なのか」


「パワーインフレが加速して、現実が追いついていないんですよ」


 大人の事情らしかった。

 難しい話になりそうだったので、幼女の私は口を噤んだ。


「さて、これで5階層ある魔王城の内、2階層の企画が完成したところですが、既に十分すぎるほどの殺意が込められました。なので、3~5階層の改装案はありません」


「無いのかよ。まぁ、時間もないしな」


「とりあえず3~4階には5億ゴールドくらい置いておきますか。目先の金に眩んだ勇者が、満足して帰ってくれるかもしれませんので」


「お前は金と勇者をなんだと思ってるんだ?」


 こんな感じで魔王城のDIYは始まった。


 即死罠とホーリーパネルを設置してポエムをばらまき、猫を配置する。

 ネチッコイのモチベーションは素晴らしく、1時間と経たないうちに改装工事は終わった。


 私は成長痛が辛かったのでプ〇キュアを視ながら玉座でのんびりしていた。


 †


 ネチッコイが魔王城の改装を終えてから30分後。

 今まさに勇者一行が城の前に佇み、足を踏み入れんとしているところだった。


「とうとうこの時が来たな、ネチッコイよ」


「んがっ? ……んん~、そうですね魔王さま」


「んがっ? じゃねぇよ! 幸せそうな顔で居眠りしやがって! 緊張の場面が台無しだよ!」


「そう言われましても、私ずっと一人で魔王城のDIYをしてたんですよ? 流石に疲れましたよ。そりゃあ眠くもなるに決まって……ふぁぁぁぁぁぁ」


「欠伸をするな! 全く……勇者共の苦しむ顔が見たくないのか?」


「見たいです。私はそのためだけに瓦解寸前の魔王軍に留まっているのですから」


「魔王本人の前でそういうこと言うなよ……」


 しかし彼のおかげでいくらか緊張がほぐれた。


 まさかこの馬鹿が、そこまで考えて行動しているとは思えないが……とにかく、この場は感謝しておくべきだろう。絶対に本人の前では言わないけど。


「それにしてもネチッコイ。どうして勇者共は城に入らんのじゃろうな? さっきからずっと外で待機しておるぞ」


「本当だ。ちょっとモニターを回してみましょうか」


 そう言って手元のタブレットを操作するネチッコイ。

 画面には、魔王城が正面から映し出された。


「ん……? これは……」


 魔王城の一階部分が、何かぼやけている。DVDディスクのような虹色が迸り、謎めいた文字列が浮かび上がっては消え、を繰り返している。


「あれも貴様の仕業か?」


「いや、文字化けですね。城のディレクトリをいじった時に、どこかバグっちゃったみたいです」


「文字化け……バグ……」


「なにぶん突貫作業だったので、どっかのコードを間違って消しちゃったかもしれません。まぁ、狂ってるのはきっと見た目だけだから大丈夫でしょう」


「そういうものかなぁ……」


 やがて勇者一行は城の一部を凝視しながらも内部に入っていった。コイツら恐怖とかそういうのは無いのか?

 まぁ、多少の怪奇現象は力でねじ伏せられると思っているのだろう。実際、ここまで力押しで突破してきた連中ではある。


 先頭に裏切り者のヴィルキス、二番手が魔法少女、三番手にネクロマンサー。しんがりを勇者が務めるという陣形だ。


「ヴィルキスが先頭というのは理に適っていますね。なんせ裏切り者ですから城の構造に精通しています。ククク……それが大きな間違いだとも知らずにな……」


「まさか自分のポエムがばら撒かれているとは思わないだろうからな」


「おっ! 早速ヴィルキスの馬鹿がポエムを見つけましたよ!」


二□罠□□□□ポ□□□□□猫□□□猫□□猫□□猫□□猫□□猫□□猫□□猫□猫

階□罠□□□□□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

□□罠□□□□ポ□□□□□□□□□□猫□□□□ポ□ポ□□□□□ポ□□□猫□猫

罠罠罠□猫□□□□□□□□猫□□□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□□

□□□□□□□□□□□ポ□□□□ポ□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□猫□猫

□□□□□ポ□□□□□□□猫□□□□□□□□□□□□□ポ□□□ポ□□□ポ□□

□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□□ポ□□ポ□□□ポ□ポ□ポ□ポ□入

□□□□□□□猫□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□口


 ヴ……ヴィルキス

 魔……魔法少女

 ネ……ネクロマンサー

 勇……勇者


「ラブコメか! ってくらい顔を真っ赤にしていますね」


「画面上で表示できないのが惜しいくらい見事な茹ダコだな」


「ククク、絶望と羞恥に染まるその表情……もっと見せてくれたまえ」


「あ、ヴィルキスの奴、一目散に走り出したぞ!」


「羞恥に耐え兼ね、その場にいられなくなったのでしょう」


                                ヴ

二□罠□□□□ポ□□□□□猫□□□猫□□猫□□猫□□猫□□猫□□猫□□猫□猫

階□罠□□□□□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

□□罠□□□□ポ□□□□□□□□□□猫□□□□ポ□ポ□□□□□ポ□□□猫□猫

罠罠罠□猫□□□□□□□□猫□□□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□□

□□□□□□□□□□□ポ□□□□ポ□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□猫□猫

□□□□□ポ□□□□□□□猫□□□□□□□□□□□□□ポ□□□ポ□□□ポ□□

□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□□ポ□□ポ□□□ポ□ポ□ポ□ポ□□入

□□□□□□□猫□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□口


「なんか在り得ない角度で壁にめり込んだが」


「壁バグ、ですかね」


「壁バ……なに?」


「城がバグった影響で、予期せぬ動作が発生しているようです。やはりこのマップ、横書きPC版にしか対応してないのがダメだったんでしょうね。最早この空間は魔境ですよ」


「最早この空間は魔境ですよ、じゃねぇんだよ。何がDIYだ。どうするんだコレ」


「どうもこうも結果オーライじゃないですか。所詮は裏切り者ですし、相応しい末路を辿ったというべきでしょう」


「悪魔みたいな奴だな、貴様は……」


「どうやら魔法少女とネクロマンサーも、早々にライバルが蹴落とされて喜んでいるみたいですよ」


「悪魔みたいな奴だな、アイツら……」


 勇者のくせに仲間意識とかそういうのは無いらしい。

 三人はヴィルキスには目もくれず進軍していった。


 ガンガン進軍していく勇者一行の前に、一匹の猫が立ちはだかった。


                                ヴ

二□罠□□□□ポ□□□□□猫□□□猫□□猫□□猫□□猫□□猫□□猫□□猫□猫

階□罠□□□□□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

□□罠□□□□ポ□□□□□□□□□□猫□ポ□ポ□□□□□ポ□□□猫□猫

罠罠罠□猫□□□□□□□□猫□□□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□□

□□□□□□□□□□□ポ□□□□ポ□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□猫□猫

□□□□□ポ□□□□□□□猫□□□□□□□□□□□□□ポ□□□ポ□□□ポ□□

□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□□ポ□□ポ□□□ポ□ポ□ポ□ポ□□□□□入

□□□□□□□猫□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□口


 魔……魔法少女

 猫……猫


「これは10-0」


「いくら魔法の使えない魔法少女相手とはいえ、さすがに猫ではな……」


 確かに猫の手を借りたい状況ではあるが、これは猫の手に負えるレベルではない。

 案の上、「ぽいっ」と放り投げられて猫は戦闘不能になってしまった。


 そんな一方的な戦闘に恐れをなしたのか、他の猫たちは一目散に逃げだしてしまった。


             猫   猫猫 猫  猫  猫 猫猫猫ヴ 猫 猫 猫

二□罠□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

階□罠□□□□□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

□□罠□□□□ポ□□□□□□□□□□□□ポ□ポ□□□□□ポ□□□□□□

罠罠罠□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□□

□□□□□□□□□□□ポ□□□□ポ□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□

□□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□ポ□□□ポ□□

□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□□ポ□□ポ□□□ポ□ポ□ポ□ポ□□□□□入

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□口

    猫猫 猫    猫猫                     猫 猫


「ね、猫たちが! 猫たちが壁の餌食に!」


「一定のスピードで壁に突っ込むと、そのまま埋まってしまうようですね……」


「なんということだ」


 壁バグ。

 我々は意図せずして、とんでもない化物を生み出してしまったのかもしれない。


「全員ドン引きしてますよ」


「正直余も引いてる。何がどうしてこうなった?」


 魔王である私がこの有様なのだから、勇者一行は本気で意味が分からないだろう。


 しかし恐怖とは「本気で意味の分からない」状況から生じるものである。

 そういう観点からすれば、猫のもたらした効果は絶大である。


 勇者たちの気を、一瞬でも逸らすことには成功した。

 その一瞬があれば十分だった。


 彼らは前をよく見ていなかったのである。


             猫   猫猫 猫  猫  猫 猫猫猫ヴ 猫 猫 猫

二□罠□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

階□罠□□□□□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

□□□□ポ□□□□□□□□□□□□ポ□ポ□□□□□ポ□□□□□□□□□

罠罠罠□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□□

□□□□□□□□□□□ポ□□□□ポ□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□

□□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□ポ□□□ポ□□

□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□□ポ□□ポ□□□ポ□ポ□ポ□ポ□□□□□入

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□口

    猫猫 猫    猫猫                     猫 猫


 死……魔法少女の死骸


「ストライイイイイイイイイイイック!! 見ましたか魔王様! 面白いくらい綺麗に引っかかりましたよ! こんなことってあるんですね! 愉快! 愉快!」


「うるさいぞネチッコイ! 何がストライクだ、甲子園気分も大概にしろ! 夏は終わったんだ!」


「それでは今の光景をスーパースローカメラで再生しましょう」


「プロ野球か!」


 ネチッコイと動揺に、私も興奮しきっていた。まさかこうも予定通りに事が進むなんて……


 それにしても、即死罠。

 企画の段階では1ミリも触れなかったが、マジで即死するタイプの罠なんだな……相手はレベル99のはずだが、その圧倒的な体力を一瞬で削り取ってしまった。


「もう全部即死罠アイツでいいんじゃないか?」


「そんなこと言って恥ずかしくないんですか? 私が言うのもなんですが、もうちょっと魔王としての体裁とか気にした方がいいですよ?」


「ほんとお前だけには言われたくないな……」


 むしろ陰険参謀としては、これ以上なくキャラが立ってはいるが――閑話休題。


 私たちが話こんでいる間に、ネクロマンサーは死骸に蘇生術を仕掛け、ゾンビに作り替えた。その表情は、邪法に手を染めた呪術師そのものだった。


「あれは正妻戦争の座を死守しきったヒロインの表情ですね。間違いない」


「本当に嬉しそうな表情だな……よっぽど勇者のことが好きなんだろう」


 なんとなくネクロマンサーと自分の姿を重ねてしまった。


 私はあんな表情が出来るほど、誰かを好きになったことがあっただろうか?

 あんな表情をしてもらえるほど、誰かに好かれたことはあるだろうか? 


 ……6歳である私にはよく分からない。

 だけど「なんとなくいいものだな」と思った。


 誰かを好きになるということは。

 誰かに好かれるということは。

 それだけできっと、とても素晴らしいものなんだと思う。


(羨ましいな)


 そう思ってしまうくらいに、ネクロマンサーの笑顔は眩しかった。


「ククク……まぁ、その笑顔がいつまで続くか見物ですね」


 陰険参謀の瞳が妖しく光ると同時に、勇者一行が二階に進んだ。


《三》》聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖

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「ストライィィィィィィィィィィィィィィィック!!」


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!」


 そういう感じで次の階層に進むやつかよ!(語彙力)


「フハハハハハハ! 見たか勇者共! これが陰険参謀、渾身のDIYだ!」


 ネチッコイの高笑いが辺りに響く。なまじ感情移入してしまったが故に変な声が出てしまったが、とにかく勇者一行のメンバーは全滅した。


 ネクロマンサーは即死罠によって死亡し、その後ろに着いていた魔法少女のゾンビも、ホーリーパネルの効果によって消滅した。ヴィルキスは壁にハマっている。


 残ったのは勇者一人である。


「もうここまで来たら我々の勝ちでしょう。いくら相手が勇者とはいえ、レベル21ではどうにもなりません。せいぜい、尻尾を巻いて逃げ出すのがオチでしょうな」


「いや……待て。何かがおかしい」


 次々と仲間を失ったショックだろうか。勇者はその場で、膝を突くように崩れ落ちてしまった。


 そんな勇者を取り囲むように、眩い光が集っていく。


「……なぁネチッコイよ。余は夢を見ているのか? それとも城のバグを見ているのか?」


「いえ、どうやらそのどちらでもないようです。……これは、あれですな。窮地に陥ったヒーロがよく纏う、逆転再起的な光ですな」


「ここまできて、そんな都合のいい話があるか?」


「あるでしょう。なんせですからね……最終マップで立て続けに、自分を慕っていた相手を三人も失ったとなれば……まぁ、覚醒の条件は十分に満たしているでしょうね。物語的にも」


「その物語的に行くと、我々はどうなる?」


「DIEでしょうな」


「……………ネチッコイ」


「なんですか魔王デスカイザー様」


「逃げちゃだめ?」


「無理ですよ。なんせ、3~5階にはロクに仕掛けがありませんから。こうしている間にもすぐに勇者が来て――」


「やっと見つけたぞ、魔王!」


 威勢のいい声と共に現れたのは、正義の光を全身に纏った伝説の勇者――ではなく。

 さながらサーチライトのような暴力的な光量だった。



「う、うおおおお……!」


 圧倒的な力の奔流。

 それが光となって、勇者の背後から降り注ぐ。それはもう、光と言えるほど生易しいものではなかった。


 生易しいっていうかもう、なんか冗談抜きでヤバい光量だった。自分の姿は愚か、勇者の姿すら見当たらない。


「眩しッ! なんだこりゃ! ちょっ抑えて、光量抑えて!」


「うるさい! この後に及んでふざけやがって! 死ねぇ!」


 離れた場所で「キンッ」という剣激の音が鳴った。どうやら勇者にも、こちらの姿が見えていないらしい。


「馬鹿で助かった! 今の内に逃げるぞネチッコイ!」


「はい、魔王様! 痛ッ!」


 離れた場所で「ゴンッ」という鈍い音が響いた。どうやらネチッコイにも、こちらの姿が見えていないらしい。


 そんなこんなでしばらく混乱が続き、結局ゴタゴタしている内に、勇者は光量を抑えるコツを掴んだらしかった。


 光で覆われた魔王城の一室が、どんよりした本来の空気を取り戻す。


 現れたのは、一人の少年だった。


 歳はせいぜい十二、三といったところだが、その瞳には、本物の戦士だけに宿る本物の決意でみなぎっていた。


「よくも卑劣な罠で僕の仲間を倒してくれたな! お前は……お前だけは絶対に許さない!」


 勇者は剣を引き抜いた。

 その切っ先が向かう先は――


 私ではなく、ネチッコイだった。


「お前が魔王デスカイザーだろ! いかにも根暗ですって顔してやがって! どうせ僕の仲間が傷つき、倒れていく様子を楽しみながら、その極悪な顔を愉悦に歪めていたんだろう!」


「……えっと」


「挙句の果てには、、どれだけ性根が腐ってるんだ! お前みたいな奴は絶対に存在しちゃあいけない……!」


 そうか。

 魔王の正体を知らない者からすれば、そう見えて当然だ。


 まさかこんな6、一体誰が思うだろう?


 ということは――


(私、もしかして生存フラグ立ってる?)


 どうやら勇者はネチッコイを魔王だと勘違いしている。一方、私のことはだと思っているようだ。


 勘違いはラブコメの定番とは言うが――まさか、こんな場面でも発揮されることになろうとは。思いもよらぬ運が転がり込んできたものだ。


 ラブコメ主人公の特性によって、私の命は救われる。

 このまま嘘を吐き通せば、の話だが。


(……何を悩む必要がある? こんなところで死にたくないだろ――考えてみれば、ネチッコイなんていつ死んでもおかしくないクズなんだ。今まで好き放題やってきたツケが回ってきたと思えば――)


 そう思えば――

 ……そう思えば――


 そう。思えば。


 魔王軍が瓦解し、誰もが恐れをなして逃げる中、最後まで傍にいてくれたのは誰だった?

 どんな時も、ふざけて励ましてくれたのは誰だった?

 思いもよらない智謀策略イリュージョンで、勇者一行を倒したのは誰だ?


 私と一緒に勇者と立ち向かってくれているのは、誰だ?


「そうだよな――」


 私は先ほど、ネチッコイに言われたことを思い出す。



『――私が言うのもなんですが、もうちょっと魔王としての体裁とか気にした方がいいですよ?』


「……ふ」


 気が付けば私は。

 あらんかぎりの声を、絞り出していた。


「何を勘違いしておるのか知らんが――魔王デスカイザーは余だ! そこにいる者は陰険参謀ネチッコイ。余の配下に過ぎん!」


「……なに?」


 勇者からすれば、思いもよらない告白だっただろう。彼の表情には明らかな狼狽が浮かんでおり、はっきりとした迷いが感じられた。


 それは、もう一人の男も同じだった。


「な……どうして? せっかく勇者のアホが勘違いしてくれたのに……」


「ふん。アホの勘違いで命拾いしようというほど、余は矜持を捨てておらん」


 強がってそう言ってみせたものの、突如として全身が震えはじめた。

 勇者の圧倒的な存在感を前に、体が恐怖を感じているのだ。しかし、今更後に引くことはできない。


 こんな時でも、成長痛は止まらない。

 立っているのもしんどい。できればずっと玉座に座っていたい。途中だったプリキュ〇の再放送でも見ていたい。だけど――


 最後の最後の最期くらい、忠臣の前では矜持に溢れた魔王でありたい。 

 魔法少女こそ儚い夢で終わったが……そんな魔王でいられたら、何も後悔することはない。


「ふっ。立派になられましたな魔王様。しかし、魔王様幼女魔王様幼女らしく、身勝手に尊大に、思うがままに生きればよろしい。……私がお手本を見せて差し上げましょう」


 そう言いながら、ネチッコイは私の首根っこを掴んだ。


「え? ネチッコイ、これは一体……」


「言ったはずですよ、魔王デスカイザー様」


 私にだけ聞こえるか細い声で、ネチッコイは囁いた。


「私は、と」



「くっくっくっく……はっはっは! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」


 ネチッコイが突如、大声でわらった。


 まるでこの世の全てを嘲笑うかのように。

 小さき命を憐れむかのように。

 身勝手に、尊大に、過剰に、暴力的に、声の限り、思うがままに。


 まるで魔王のように。

 ネチッコイはわらった。


「惑わされるな勇者よ! この私こそが魔王デスカイザーである!」


「な……おい! この期に及んで何を――」


 必死に喚きたてようとするが、ネチッコイは私の小さな口に手を突っ込んで強引に塞いでしまった。


「少しは常識で物を考えろ勇者よ! 6歳の幼女が魔王なわけないだろ! さすがに設定が破綻しすぎだと思わんか! どれだけ強かろうと正統な血統だろうと6歳は6歳! せいぜい摂政のスケープゴートに使われるのが関の山! というわけで私こそが本物の魔王デスカイザーである!」


「くっ……確かに、言われてみればその通りだ……!」


 いかん、勇者が納得しかけている。

 私はネチッコイの手を思いっきり噛んだ。


 がぶがぶ。


「ぐわあああああああああっ! 手が! 手がぁぁぁぁ!」


「げほげほッ! コイツの手まずっ……じゃない! 騙されるではないぞ勇者よ! 余こそが魔王デスカイザーである!」


「何? だが6歳の魔王という設定はあまりにも……」


「その通り! 常識で考えれば6歳の魔王という存在はあまりにも在り得ない! だがそれはあくまでも常識の話! !」


「た……確かに……!」


 勇者は膝から崩れ落ちた。どうやら効いているらしい。


「それに貴様は知らんだろうがな、「幼女魔王」ってネタはかなり使い古されているんだぞ! 今すぐwebで検索して自らの無知に打ちひしがれるがよいわ!」


「うわッ!  12,700,000 件 もヒットした!(平成30年8月現在)」


 タブレットを弄りながら驚愕の声を上げたのはネチッコイだった。思わず私も飛び上がりそうになる。やっぱ誰でも思いつくネタなんだ……。


 アイデンティティ喪失の危機に囚われている隙を突かれ、ネチッコイが反論を唱える。


「ええい、勇者よ! 目先のそれっぽい情報に踊らされるんじゃないこの情弱が! どう考えても見た目それっぽい私こそ魔王デスカイザーに決まっているだろうが!」


「見苦しいぞネチッコイ! 魔王幼女の存在が12,700,000 件確認された今、貴様の言葉には何の説得力もない! 空虚! 無為! まるで貴様の如き空っぽの偶像! そんな個性のないキャラクターに魔王の魂など宿るはずがなかろう!」


「誰が空虚なキャラクターだこの野郎! 誰の為を想ってこんなことを言ってると思ってんだ!」


「うるさいわロリコン! ここぞという時だけ格好つけやがって! 性にあってないんじゃこのボケ!」


「なんだとこのクソガキ!」


「やるか腐れ外道!」


 こうして私とネチッコイは、取っ組み合いのケンカを始めた。もはや勇者のことなどアウトオブ眼中だった。どちらが魔王かという主張を通すことが、この場において何よりも重要だった。


 私の鉄拳がネチッコイの陰湿な顔面を捉え、ネチッコイの細腕が容赦なく脇をこちょがした。壮絶な死闘だった。文字で表現するのが憚られるほど壮絶な争いだった。


 1分か、5分か、それとも1時間か。


 どれくらいの時間が経ったかすらもどうでもよくなったとき、キンッという小気味いい音と共に、勇者が剣を取り落とした。


「そうか……魔族にも「愛」があるのか……」


「「は?」」


 そうして勇者は壮絶な独り言を始めた。



「むしろ、どうして今まで気が付かなかったんだろう。


「互いを想いやり、自らを犠牲にするだけの良心が魔族にもあることに。


「良心がある限り、憎しみの連鎖は止まらない。


「僕が魔王に復讐を誓ったように、僕に復讐を誓う者が必ず現れるだろう。


「第二、第三の魔王が必ず現れるだろう。


「そこに良心がある限り、憎しみの連鎖は止まらない。


「僕は、その連鎖に組み込まれるために生まれてきたのか?


「否。


「断じて違う。決してそうじゃない。


「そうじゃないはずだと、僕は証明しつづけなければいけない。


「僕は勇者だから。


「失ってしまった仲間のためにも。


「行き場を失った良心が、報われない因果に囚われることを防ぐためにも。


「僕は――敢えて、剣を捨てよう。


「魔王を倒さない勇者がいても、いいだろう。


「なんせ、6歳の魔王が 12,700,000 人もいる世界なんだから(平成30年8月現在)。



「……そういうわけだ。僕の冒険は、ここでお終いだ。後は好きにするがいいさ、魔王共」


 勇者は取り落とした剣を拾おうともせずに、私たちに背を向けた。


「だけどもし、再び貴様らが悪事を働こうものなら、。これだけは忘れるな」


「……お主はこれからどうするんじゃ?」


 去り際の背中があまりにも小さくて、私は声を掛けてしまった。

 同時にネクロマンサーの少女が浮かべた、眩しい笑顔を思い出した。


「お主ら勇者一行は、魔王を倒す唯一の希望。それを放棄して帰ったとなれば、もはや誰にも受け入れられまい。世界のどこにも、お主の居場所は無くなってしまう。……それでいいのか?」


「いいんだよ」


 一瞬たりとも迷わずに、勇者は言った。


「彼女達のいる場所だけが、僕の帰る場所だったんだ」


 これまでも。

 そしてきっと、これからも。


 そう言い残して、勇者は階下に降りて行った。



「クッッッッサすぎるんだよクソが……」


 ネチッコイは舌打ちして床に唾を吐きかけた。


「生理的に無理なんですよねああいう奴……ま、でも助かったから結果オーライとしましょう」


「お、おお……そうだな」


 一瞬シリアスムードに引っ張られかけたが、ネチッコイのお陰で戻ってこれた。

 危ない危ない。


「しかし……こうなった以上、魔王軍は解散だな。曲がりになりにも、「再び悪事を働いたら殺す」と言われてしまったからな……あのクサい勇者ならマジでやりかねん。これからは改心して生きていくしかあるまいな」


「そうですね。で、どうします? これから」


 ネチッコイが当然のようにそう言ったので、私は驚いた。


 魔王軍が解散となった今、ネチッコイはもはや陰険参謀ではない。ただの陰険だ。

 私に付き従う理由など、何もない。


「……ネチッコイよ。まさかお主、余のことが好きなのか?」


「えっ、まさか気が付いてなかったんですか?」


「えっ……? マジ……?」


 冗談交じりの一言が、パンドラの匣を開けてしまった。

 突然の告白に思わず、胸が高鳴る。


 まさか、魔王軍が瓦解してもなお、ずっと私の傍にいてくれたのはそういう理由だったのか……?


「えっ、ちょっ、なんですかこの本気ムード。やめてくださいよ。6歳相手に 卍ガチ恋卍 するわけないでしょ」


「だろうな……最後の最後で驚愕の事実が発覚しなくてよかったよ」


「そろそろエンディングっぽいから、それらしい雰囲気を出してみただけです。で真面目な話、本当にこれからどうするんですか?」


 なんだか上手く話をはぐらかされたような気がした。

 陰険なコイツらしいが、彼の思惑も知らないままに今後を決定するのは癪だった。


「お主こそどうするつもりなんじゃ? ネチッコイよ」


「私はただ、デスカイザー様に着いていくだけですよ。陰険しか取り柄の無い私を傍に置いてくれるのは、なんだかんだ言って無知で純粋な貴女だけですから」


「お前、しれっと馬鹿にしてないか? 」


 しかし、何故か不思議と悪い気はしなかった。


「さぁ、デスカイザー様」


 ネチッコイは、私の前に跪いた。


「この私の智謀策略イリュージョンで、次は何をDIYしましょう?」


「……そうだな」


 私はなんとなく、勇者の言葉を思い出していた。

 

『彼女達のいる場所だけが、僕の帰る場所だったんだよ』


 ならば、私の帰る場所はどこにあるのだろう。

 今はまだ、何も分からない。――だけど。


 このバグった魔王城は、きっと私の居場所じゃない。

 私には「なりたいもの」があるのだから。

 

「ネチッコイ」


「はい」


「私にも使えるようになるかな? イリュージョン」



 数年後。

 

 連続行動で滅びの消滅炸裂砲アルティメットバーストを放つ恐るべき魔法少女が、陰険な従者と共に世界へ名を轟かせることになるが――それはまた、別のお話。




 数百年後。


 ヴィルキスと猫は未だに壁に埋まっていた。










             猫   猫猫 猫  猫  猫 猫猫猫ヴ 猫 猫 猫

二□罠□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

階□罠□□□□□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

□□□□□□□ポ□□□□□□□□□□□□ポ□ポ□□□□□ポ□□□□□□□□□

罠罠罠□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□□

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□□□□□ポ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□ポ□□□ポ□□

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□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ポ□□□□□ポ□□□口

    猫猫 猫    猫猫                     猫 猫




《了》

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魔王軍に一人残った参謀の私が勇者一行をまとめてDIE~どんな魔王城も私がDIY~ 神崎 ひなた @kannzakihinata

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