Ⅰ.楽園追放 4

「なんだと!?もう一度言い給え!」

「彼女にヴィーデナウへお戻り頂く他、この国を救う道はありません!」

「背教者を連れ戻すというのか!」

「嫁にも行かぬような女を、ここに戻して何になるというのだ」

「……彼女を『皇太子フランツ』にするのです」

「………………何かと思えば戯言か!中々の傑作ではな――」

「戯言ではない!……この国を守るためには、他に道はありませぬ」

「…………マイツェンフェルト、お主はどう考える?」

「……背に腹は代えられぬ、か」


 †


 城の前の広場で、街の人々はフランツたちが撃ち取った獲物を頬張り、酒を飲んで楽しんでいた。しかし、その場に割って馬が駆け入ってきた。

「これは何事か!謹慎期間中であるぞ!」

 その馬に乗った男が、そう叫んだ。金の刺繍の入った紅の上着に、白い下衣という恰好からして、その者はマリエンシュッツ家直属の騎士団、薔薇冠騎士団の団員であることが見て取れた。街人は危険を感じ、城壁沿いにこぞって逃げて行った。

「城内に勝手に侵入とは、それもまた如何なものか」

 広場で街人と食事を楽しんでいたゲアハルトが、その近衛兵に対応した。

「そもそもお主らが城門を開けっぱなしにしているのが悪い!」

「それで、御用は何で?まさか、これを注意するためだけに?」

 ゲアハルトの鼻につく言い方に、近衛兵は苛立ちを隠せなくなっている。そして、大声で城に向かって叫んだ。

「マリア・フランツィスカ・フォン・エーデルライヒ様!こちらにいらっしゃるのでしたら、広場までお越し下され!」

 その言葉の後、周囲は静まり返った。そして、ひそひそと街の人々が話し始めた。マリア・フランツィスカとは誰なのか、マリエンシュッツ家の方がこの街においでだったのか、等々。そこでゲアハルトは理解した。

「ここでお待ちを」

 ゲアハルトはそう言い残し、城の中へと入っていった。


 †


 雨がぽつぽつ降り始めて来た。しかし、街の人々は帰り支度をしようとはしなかった。マリア・フランツィスカ・フォン・エーデルライヒ。この名前の主を一目見るまでは、皆帰る訳にはいかなかった。

 すると、木製の大扉がガコンと開かれた。出てきたのは、先ほど入っていったゲアハルト、ゾフィー、そして狩りの時とは違い一張羅を着たフランツであった。しかし、それ以外に誰も出てこない。ここにはいなかったのか、と皆が落胆したその時、

「これはこれは、フランツィスカ様。変わらずお美しいですな」

 このように近衛兵が嫌味たらしく宣った。街の人々は驚きを隠せなかった。マリア・フランツィスカという名前からしてお姫様かと思いきや、その人物はフランツであったからだ。皆互いに顔を見合わせ、ひそひそと話していた。人違いではないのか、と。しかし、その予想は直ぐに消えた。

「……よくここまで参った、ゲルストナーよ」

 フランツが、近衛兵の言葉に呼応したのである。街の人々はもう、それを見届けるしかなかった。

「ここに来たのは、私に用があるからであろう」

 そして近衛兵ゲルストナーは、斜めがけのカバンの中から巻物を取り出した。その形式から、ここに書かれている内容は国家の最高機関、宮廷庁が寄越したものであることを、フランツは理解した。

 ゲルストナーは、周りの聴衆にも聞こえるように、大きな声でそれを読み上げた。その内容は、以下の通りである。


 マリア・フランツィスカ・フォン・エーデルライヒに告ぐ。

 グレゴリオ暦1738年12月10日に下した、当人への宮廷追放命令を解く。但しその条件として、可及的速やかにヴィーデナウに帰還することを要請する。

                侍従長 ハンス・フォン・マイツェンフェルト


 宮廷追放命令とはなんだ、なぜ条件付きなのか。聴衆は理解が追い付かず、訝しむように状況を見つめていた。

「……兄上が亡くなられたのだな」

 フランツはゲルストナーを見て言った。彼は大きく頷いた。

「私を連れ戻し、どうするつもりだ」

 そして、さらに質問を投げかけた。しかし、ゲルストナーの答えは、

「そんなもの、貴女様でしたら大体はお察しのことでしょう?」

 と含みのあるもので、釈然としなかった。聴衆の思考は、より迷路に迷い込んでしまい、眉を顰めてばかりだった。数百もの険しい顔を見たフランツは、それらに向かってこう言った。

「みんな、教会に集まってくれ。全てを話そう」

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またの名を、フランツ モーリッツ @herraufheben

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