第四話 外套とフードと相部屋と

「う……ここは……?」

「お、ようやく気がついたか」


 こいつが倒れた後、東に進んだゴーレムから『森の出口を見つけた』との連絡が入り、俺は考えた末、こいつを背負うことに決めたのだった。ユーナは俺についてくるつもりだ、と言っていた。あそこにいても、俺ではどうすることもできなかった。それよりは、まだ移動していたほうが何かしら生産性があるというものだ。


「私…… 確か、エリンさんの錬金術について話していて…… 倒れたんですか」

「ああ。起きてくれてよかったよ。もしもユーナが起きないと、俺は時計職人に君を診せに行ったかもしれない」

「……そいつは、笑えませんね」


 俺の軽口に、ユーナが背中で苦笑を洩らす音がした。

 よかった。今のところ、意識ははっきりしているようだった。 


「……だいぶ落ち着きました。もう良いですよ。降ります」

「駄目だ。町まであと少しなんだし、歩くと疲れるだろ」

「……はい」


 降りようとしたユーナを止める。歩いていて、また倒れられたらたまったものではない。


 心配するこっちの身にもなってほしい、というやつだ。


「これから行く街、エリンさんは行ったことがあるんですか?」


 やがてただ背中にいるということに耐えられなくなったのか、ユーナはそう聞いてきた。


「ああ。小さいころに数回だけ」


 小さいが、そこそこ発展している綺麗な町だったことを覚えている。


「なるほど。覚えているということは、さぞいい思い出だったのでしょう。私も、楽しみです」

「……ああ、いい思い出だよ。あの場所は」


 あの頃はまだ、俺は小さな少年だった。錬金術を学び、将来を期待された少年だった。


 それが今は……


「——先ほどの錬金術の話の続きをしましょうか」

「……またか? 今度は、さっきみたいに急に倒れたりしないだろうな?」

「大丈夫ですよ。それよりもエリンさん。あの能力は、本当に特異なものなんです」


 真剣な声でユーナは言う。だが、俺には言われているほどの実感がわかなかった。


「そうか? この世界では一般的に使われているもののはずだぞ? もしかしておまえ、いきなり地上に出てきたとか、そんな感じか? だったら、結構な時間が経っていると思うんだが」


 超古代文明は、大体三千から四千年ほど前に栄えたと言われている。こいつがその頃以来封印なりなんなりされていたのだとしたら、そりゃあ、錬金術を見ておかしいとは思うだろうが。


「いえ…… 私は結構前から目覚めていましたし、旅も続けてきたつもりです。その上で言うんです」


 あれは、素晴らしい異能だ。そうユーナは断言する。だけどな、ユーナ。

 俺は捨てられたんだよ。勇者に。それだけは、どれだけ言われても、覆らないんだ。


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「……やっとつきましたね」


 結局、街に着いたのは昼を過ぎてからだった。森に入ったのが日の出から経った後だと考えると、半日も森で迷っていたことになる。半日、ずっと歩きっぱなしだったということだ。


「ふぅ…… 流石に疲れた」


 勇者たちと旅するときは一日中移動すると言うこともあったが、たいていは馬車や馬に乗っていたし、歩きでこれだけ長い距離を進むというのも久しぶりのことだ。


「石造りの建物ですか。そして道路…… エリンさんの言った通り、結構発展しているようですね」

「ん? ああ。前に来た時よりも綺麗なってるかもしれないな…… ほら、いくぞ」


 他にも物珍しそうに周囲を見回すユーナに呼びかける。話すにせよ、食べるにせよ、まず、宿の用意くらいはしておかなければならないだろう。


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「あの、エリンさん」

「どうした?」


 宿らしき建物を探しながら街を歩いていると、いきなり隣にいるユーナから声がかかった。何事かと振り向くと、耳元に口を寄せてきた。


「すいませんが、フード付きのマントか、もしくは大きめの外套を貸していただけないでしょうか。私は…… どうも目立ってしまうようなので」

「え…… ああ」


 ユーナからの言葉に周囲を見回して、そして、納得した。誰も彼もが俺たちに向けて怪訝そうな目を向けてきている。おそらくは気づいているのだろう、いや、疑念を持っているだけだろうか。

 何にせよ、この視線は、あまり良いものではなかった。


「すまない。気が回らなくて」

「いえ、大丈夫です」


 俺はそう言うと、ユーナに安物の布で作られたマントを渡す。ちょうどフードがついていて、頭にある特徴的な機械らしい装飾を隠すことができた。もう少し良いものがあればよかったのだが、残念ながら見当たらなかった。後でもう少し良いマントを買おう。そう思いながら俺は素早くマントを羽織るユーナを見ていた。


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「二人連れだね? 別部屋? 同部屋?」


「別部屋で」

「同部屋で」


 俺とユーナ二人の声が重なる。


 俺たちは宿屋に到着していた。高くもなく、安くもなく、豪華でなければ粗末でもない。ちょうど良い宿屋を見つけることができていた俺たちは部屋決めで、揉めていた。


「いや、いやいや。俺とユーナは初対面なんだし、第一男女別部屋は常識だろ!?」

「基本的にお金がないパーティーは同部屋に泊まるものです。部屋代がかかりません。第一私はアンドロイドですので、気にする必要は無いかと」

「こっちが気にするんだよ!?」

「私は勝手がわかりません」


 両者一歩も引かない争い。結局、資金面を強く押してきたユーナにより、半ば強引に相部屋になった。


「では、お話をしましょう」


 部屋の中にあった唯一の椅子に座らされた俺は、同じようにベッドの端に座るユーナと向かい合うような格好になっていた。


 正直気まずい。


「わかった。まず……」


 だが、俺も腹をくくって、ユーナと出会うまでの経緯……


勇者とのいざこざについて話し始めた。

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世界最強の錬金術師~勇者パーティーを追放された時代遅れの錬金術師は、実は最強だったようです~ 風鈴弘太 @0330220102

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