第3話 禁忌の古代兵器

『古代文明』


この世界には、今よりも進んだ技術を持った文明があったらしい。


 曰く、世界を三日で滅ぼすことができる。

 曰く、この星全てを一度壊し、もう一度再生した。

 曰く、世界の全てを知り尽くし、未来を見通す力があった。


 今伝えられている古代文明に関しての記述は、ほとんどが伝承や神話のたぐいで、信憑性を持つものはその中の一握りである。しかし、未だ世界各地から発見される『古代遺産』の数々は、その『古代文明』が実在したことを表す何よりの証拠となっていた。


 星を詠む羅針盤や、活版印刷術。


 それらもすべて古代からの贈り物であるといわれている。未だ成し得ない人類の英知。その一部分を有する『古代遺産』は、今や国宝級の扱いがなされている。売りに出されたとして、それらは人一人が一生かかっても買えないような金額で取引される。場合によっては国一つ買えるほどの金額で取引されるそれらをさがす【ハンター】と呼ばれる人々も少なくなかった。そのひとかけらでも探し当てることができれば、一生遊んで暮らせる。どれだけの金塊よりも、どれだけの宝石よりも価値の高い代物。


 それが、『古代遺産』だった。


 その代表格でもあるアンドロイド――別名、【禁忌の古代兵器】が、今。俺の目の前にいた。



「し、質問には答えよう……」


 感情のこもることのない翡翠色の瞳に見つめられ、俺はそう答えながら、内心はどう対応すれば良いものか、手をこまねいていた。アンドロイドと出会った人間の話を、うわさで聞いたことがある。いきなり攻撃されたらしい、とか、監禁されて解体されそうになったらしいという話だった。


 それがもし本当ならば、下手な動きはできない。それどころか、少しでも機嫌を損ねてしまえば、俺のような存在、紙くず同然に消し去ることができる。それが、古代遺産であり、アンドロイドなのだ。


「そう怖がらないでください。私は戦闘用ではありません。分析と解析、そして計算を担当する機体です。あなたに危害を与えるつもりはないです。なんといっても、命の恩人ですから」


 アンドロイドに命があるのなら。そう彼女は続ける。


「命の…… 恩人?」

「ええ。先ほどの怪物。あれは私では倒すことができませんでした」

「いや…… でもアンドロイドなら……」

「あなた方が【古代兵器】とひとくくりにしても、きちんと個体差はあります」

「だから…… 戦えなかった?」

「ええ。……そういえば、自己紹介がまだでしたね。私は個体識別番号【U-Na7Δ5396】です」

「……長いな」

「ええ。ですから『ユーナ』とでも呼んでください」


 『U-Na』で『ユーナ』安直だが、確かにわかりやすかった。


「俺の名前はエリン。エリン・アークライムだ。錬金術師をやってる」

「では、エリンさん。これからよろしくお願いします」

「ああ。よろし…… え? これから?」


 またこの機械少女はおかしなことを言いだした。だが、当の本人はその自覚がないのか、きょとんとした顔でこっちを見つめている。


「ええ。何かおかしなことを言いましたか?」


 訳が分からないらしいユーナ。こちらとしては、そちらの発言のほうが意味が分からないのだが。


「え…… 俺は…… この森にすむつもりはないんだけど」

「何言っているんですか。私があなたについていくんですよ」


 当たり前のように言う。ついてくる……? アンドロイドが、僕のことを?


「いやいやいや! 俺、別に考古学者じゃないし……」

「先ほどの術。とても興味があります。あの怪物を倒したときのものです」

「術……? ああ、錬金術のことか。でも、それとこれに何の関連性が?」


 というかこいつ見ていたのか。正直不格好な戦い方だから誰にも見ていてほしくなかったのっだが。そんなどうでもいいことを考えながら言った俺の言葉に、だがユーナはかなりのショックを受けたように、固まった。


「錬金術…… あれが……?」

「え? あ、ああ。そうだが……」


 なんだろう。何かまずいことを言っただろうか。もしかしたら、超古代文明に言わせれば、あんなのは錬金術とは呼ばないのではないだろうか。それは厳しい。かなり厳しい。勇者一行に馬鹿にされた直後に、古代文明にダメだしされるなんて……


 考えただけでトラウマになりそうだった。  


「ふざけないでください! 物体を『壊す』錬金術なんて、聞いたことがありません!」

「え? いや…… それは……」

「ちょっと待ってください…… エリンさん。先ほどのゴーレム。あれは、どうやって作りましたか?」


 すさまじい剣幕でこっちにつかみかかってくるユーナ。 正直、片目が壊れている状況でそれをしないでほしい。本当に怖いから。


「そ、そこらにある泥をこねて、刻印をいれました……」

「そこら!? そこらにある石!?」

「石じゃなくて泥……」

「どっちでもいいです!」

「はい……」


 思わず敬語になってしまった。それほどまでにすさまじいのだ。勢いが。方や反転。いまはユーナは顎に手をあてて、静かに考え込んでいた。


「エリンさん」

「はいっ!?」

「もしよろしければ、この目、直していただけませんか?」

「直す……? わかった。すぐする」


 いきなり話し始めるから驚いてしまった。 だが、直す程度なら話は簡単だ。


 錬金術は本来、機械的なモノの造形によく向いている。壁を作ることや、砲弾を作ることができたのも錬金術がその動作に向いていたからだ。だからこそ、このアンドロイドの目の構造。隣にある左目の部分を左右反転してコピーした形にのものをそっくりそのまま右目の部分にくっつければ十分使えるようになるだろう。材料はどんな物質でできているかわからないため、薄くしてもかまわなさそうな部分からすこし分けることにする。


「目を閉じて」


 そういって、俺はユーナの両目の瞼をそっと抑える。あとは、少し念じるだけでよかった。


「できたぞ」


 俺が手を離すと、そこにはきちんと右目がついていた。荒療治だったが成功したようだ。両目も恐らくこいつの意思通りに動くようになっているだろう。ユーナは何度も瞬きをしたり、目をいろいろな方向に向けたりして、動作を確かめていた。


「……すごいです。動作も完璧。以前よりも、むしろ良くなっているような感覚さえあります」

「そ…… そうか? それはよかった」


 いきなり言われた称賛の言葉に、俺は不覚にもどぎまぎしてしまう。


「すごいです。すごい。いまの、どうやったんですか?」


 なおも言い続けるユーナに、少し得意になった俺は、先ほど考えた理論を説明した。


「——なるほど。素材の形を変えるんですか」

「そう。さっきのキマイラにやったのも同じ。すべての物質は元素によって構成されている。炭素とか、窒素とか。俺はその並びを変えただけに過ぎないんだ」


 水を酸素と水素に。

 大体の場合気体に変化させることが多いから、まるで分解したように見えただけだろう。


「なるほど。やはりあなたは、少し特別なようです」


 これで分かっただろう。そう思って説明した俺の瞳を、ユーナはまっすぐに見つめてきた。


「ど、どういうことだよ?」

「錬金術というのは、合成はできても、分解はできないんですよ」

「合成…… 分解……?」

「ええ。例えば、おそらくあなた以外の錬金術師がゴーレムを作るなら、こう言うでしょう『炭素と水素。酸素とその他いろいろ持ってきてくれ』と」

「……つまり?」

「つまり、純粋な物質からしか、錬金術は使えないんです。だから……」


 そこまで言ったところで、ユーナはその場にしゃがみこんだ。


「な!? 大丈夫か!?」

「あれ、これは、どういう……?」


 瞬間、横に倒れこむユーナ。いきなりの出来事に、俺はどうすることもできなかった。

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