2話 彼女との出会い

「……どこだ……ここ?」


 カレンたちと別れて、三日ほど経った日のことだった。


 周囲に見えるのは、緑、緑、緑。


 正直に言おう。俺は道に迷っていた。俺が覚えている限り、確か俺たちがここに来るまでの道中では、こんな森はなかったはずだ。道に迷うこともなかったし、蜘蛛の巣に頭から突っ込んで不快な思いをすることもなかった。それどころか、三日も歩く必要なんてなく、馬で半日飛ばせば小さな街に到着するはずなのだ。


 その『街』は、歩けど歩けど、見つかることはなかったが。


 はぁ…… 本当に嫌になる。パーティーから追放されたのに続き、まさか森で迷う羽目になるなんて。森や洞窟など、そういう『名前付け』された場所には、たいてい『主ロード』と呼ばれるモンスターがいる。出くわしたりしたら、やっかいなことこの上ない。


「……しょうがない、疲れるけど使うか」


 最終的に歩くのに疲れた俺は、ついに奥の手を使うことにする。奥の手とは言っても、勇者たちといる頃は、頻繁に使っていたのだが。カレンたちにあれほど馬鹿にされてからは、使う気が失せていたのだ。


「このくらいでいいかな?」


 そうと決めると、俺は早速、手近にあった土をすくう。そしてそれを、適当な大きさに丸めた。

 あとはこいつに刻印を刻んで……


「じゃ、おまえは西の方角に進むように」


 すると、先ほどまではただの土塊に過ぎなかった『それ』はまるで意思を持ったかのように、『足』らしき部分を用いて歩き始めた。俺は同じように三体作り、それぞれに南、東、北に行けと言い渡す。

 錬金術師なら誰でもできる、『ゴーレムの錬成』だ。ちなみに、ミニゴーレムを作るのは俺の得意分野だったりもする。


「……じゃ、あいつらに任せて、寝ようかな……」


 もちろん、ゴーレムは本当に自分の意思を持っているのではない。俺が魔力を込めた、いわば『分身』の様な存在なのだ。魔力を消費するし、何より疲れる。最も効率が良いのは。本体が魔力を一切使用しない。つまり、寝ている状態にあることだ。何か異常があったらすぐに目を覚ますよう、枕元に俺をたたき起こすようのゴーレムをおいておこう。


……もちろん、枕なんてものは持ち合わせていないので、適当な木の根に頭は置くが。


歩きすぎがたたったのか、それとも魔力の使いすぎか。横になった瞬間、すさまじい眠気が襲ってきて……



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



「――――痛ッ!?」


 次の瞬間おそってきたのは、脳にまで響くようなすさまじい痛みだった。一瞬で目が覚める。


「我ながらすさまじいモノ作ったな……」


 朝早く起きないといけない騎士団長に売ったら、ボロ儲けできるんじゃないか、これ。そんなばかげた考えを巡らせるうちに、寝起きで霞がかっていた思考もすぐにクリアになった。緊急用の起床システム。これが発動したということは、四つのゴーレムのうちのどれかが、何か見つけたということだ。


 慌ててゴーレムの方に意識を向け、何が起きているかを確認する。西、特に異常はなく、森の中をずんずん進んでいる。北、南共に西と同じようだった。だが東では……


「……おいおい、マズいだろ」


おぼろげに人だとわかる誰かが、明らかに人の三倍はある四つ足の怪物と、一対一で戦闘を行っていた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



「――間に合ってくれよ……!」


 あの光景を見た俺は全力で走っていた。もう既に、東に進んだ以外のゴーレムは解体し、できるだけ使う魔力を押さえている。あのサイズは、【異常種イレギュラーモンスター】か、少なくとも【特別種ネームドモンスター】クラスだろう。竜や亜神、【主ロード】に比べると劣るが、それでも一人で相手にできるようなモンスターではない。見つけてしまったからには、援護しないわけにはいけなかった。


 走る。走る。こういうとき、魔法があれば本当に便利だ。肉体の強化魔法ででも、転移魔法でも、移動には困らない。誰かを助けたいなら、足の速さは必須のようだ。


 不意に、大きな打撃音と、何度も続く破裂音が小さいながらも聞こえてくる。戦闘を行っている場所まで、あと少しで到着らしい。俺はさらに足の進みをはやめた。自分の救えるかもしれない命を、みすみす殺させる気にはなれなかった。


「おい! 大丈夫か!?」


 ものの数分で、戦闘をしているであろう場所に到着する。そこは森の中でも不自然に開けていた。俺は叫びながらその場所に駆け下りる。


「キマイラ…… 亜種のほうか」


 白銀のたてがみに、凶暴性を示す赤色の瞳。だが、キマイラにありがちな牛の頭や蛇のしっぽのようなものは見当たらなかった。イカれた科学者が作り出した生物兵器が、繁栄して先祖返りを起こしたらしい。その体躯こそ元のキマイラには劣るが…… 凶暴性は、倍以上。


 そんな話を、本で読んだことがあった。


 突然、爆発するような音がしたかと思うと、俺の出てきた方にあった木が大きく揺れる。その木に叩きつけられたのが、先ほどまでこいつと戦っていた人らしいということに気づくまでに、そう時間はかからなかった。間に合わなかったのか、それとも気絶しているのか、その人はピクリとも動かない。


「――――ウゴゥ――――」


 キマイラの方はよほど突然の乱入者が気に入らないのか、血走った目でこちらを見つめてきた。低く唸りながら、じりじりとこちらへと近づいてくる。


『君の存在自体、お荷物なんだ』


 不意に、勇者から向けられた言葉が浮かぶ。キマイラを前にして、突然の不安が俺を襲った。


 ……今の俺に、できることなんて、本当にあるのか?


 ふと、そんな疑問が浮かんでしまう。


 俺はあいつらの足を引っ張った。俺は世界平和の邪魔をした。俺は……


「たす、けて……」



 風に乗って、僅かだが、先ほどはじき飛ばされた人の声が聞こえた気がした。鈴の鳴るような、か細い、薄い金属を思わせるような声。もしかしたら気のせいだったのかもしれない。

 だが、それは、俺に迷いを吹き飛ばさせるには十分過ぎるモノだった。


「……やってやるよ、勇者…… 俺は別に、近くにいる人を救えたらいいだけなんでなぁ」


 やはり、それは八つ当たりだったのかもしれない。本来は襲われているかどうかなんてどうでも良くて、ただ、自分の現状に対してのやるせない気持ちによって、何かに当たりたい気分になっていただけなのかもしれない。だが、俺にとっては、自分の心なんてどちらでも良かった。『助けて』という声を聞いた以上、俺はそれを無視はできない。


 咆哮を上げてこちらに突っ込んでくるキマイラ。


 その動きは直線的で、そして単純だった。


 俺はその動きを紙一重で右に躱しつつ……  怪物の右脇腹に、両手を押し当てる。


「《崩壊》ッッ!!」


 叫ぶだけでよかった。錬金術師ならではの術。有を有に変換するならば、物質を別の物質に変えることができるならば、肉体を作るものを、肉体でないものに変えることも簡単だった。少なくとも手で触れた部分だけは。俺の予定通り、キマイラは苦しそうにもがいた後、こちらに向かって、もう一度突っ込んでくる。その右脇腹からは、血が蛇口から出る水のように溢れていた。


 あとは、これを倒れるまで繰り返すだけ。これが俺の使える、唯一の攻撃手段だった。


 条件は三つ。


一つ、相手が触れられる存在であること。


 ガスだろうと何だろうと、『触れる』ことができればいい。霊的な存在になると、干渉はできない。


二つ、術者が直接相手に触れること。


 遠距離から、この技は使えない。


三つ、術者がそれ以外の術を使用していないこと。


 他の術。例えば、ゴーレムを錬成する途中で、とっさにこの技を使うことはできない。完全に術が終わり、ゴーレムが動くようになれば使うことができる。


以上が、この技の制限だった。


 だからこそ、俺はあいつらに『使えない』と判断されたわけだ。手の触れている場所にしかこの術は発動しないため、致命傷にはなり得るが、一撃では仕留めきれない。ましてや、大軍と戦うときなど、一体一体に両手を近づけるなんて、自殺行為だった。


 だが、この能力は、一対一の場合なら、真価を発揮する。事実、三回術を使った時点で、キマイラは倒れ、そして灰となった。魔石やら毛皮やら爪やらのドロップアイテムが落ちたが、まずは木の下で倒れている人の方へ向かう。東に向かわせていたゴーレムを今は治療に回させているが、正直なところ、戦っている最中も気が気ではなかった。


 全くもって見ず知らずではあるが、だからといって死んでも構わないというわけではないだろう。 

だが、木に近づくにつれて、その恐怖が和らいでいくのを感じる。少なくとも、彼女(声から判断しただけで確信はないのだが)の遠くから見える水色の髪や装備品は、血には染まっていないようだ。


「ありがとう。もう大丈夫だ」


 俺がそう言うと、今まで彼女のことを見てくれていたゴーレムは、再度出口を探すべく東の方へとかけだした。


「あの…… 聞こえますか? 大丈夫ですか?」


 俺はゴーレムを見送ると、まずは意識の確認を行う。生きているとは思うのだが、この場所では治療のしようがない。魔法を使えるなら、魔力のポーションはあるので治癒魔法を使ってもらうし、使えなくても話せるかどうかというのは、かなり大きい。


「はい。きこえます。大丈夫です」


 二回ほど呼びかけて、ためらいながら体を揺すると、急に彼女は目を開けて、極めて冷静そうな、機械的な声で応答した。


「あの…… 俺はさっきここに来て、君が……」

「ちょっと待ってください」


 口を押さえられた。先ほどまで倒れていたというのにこんなにも元気だとは……だが、その驚きは別の驚愕に全てかき消され、跡形もなく無くなってしまった。無かったのだ。彼女の右の眼球が。


 左には綺麗な透き通った翡翠色の瞳がしっかりとついている。だが、もう片方には、水晶の球のようなものが顔の空洞に、浮かんでいるだけだった。


「これですか?」


 不意に、僕の驚きを察してか、彼女は自分の右目部分を指す。


「さっきので壊れてしまったようですね」


 彼女自身は別に何の驚きもないようで、この動きは、どこか淡々としていた。


「君は…… 一体……?」


「私はアンドロイドです。それよりも、私の質問に答えてください。先ほどの怪物は何ですか。ここはどこなのでしょう。そして…… あなたは誰ですか」


 全てが淡々と、しかしはっきりと、彼女の瞳と水晶は、俺のことを見つめていた。

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