世界最強の錬金術師~勇者パーティーを追放された時代遅れの錬金術師は、実は最強だったようです~

風鈴弘太

第一話 パーティーからの追放

「君は…… もう用済みだよ」


 魔王討伐の旅の最中。

伝説の防具【星屑の鎧】を入手するためにダンジョンを攻略した後のことだった。


 俺と大魔導師のルーシー、そして剣聖のアレックは、このパーティーのリーダーでもある勇者カレンに呼び出されていた。呼び出されていた、といっても、俺が呼ばれたのは一番最後のようで、ルーシーとアレックは後からやってきた俺に向かって、冷たい視線を向けてきていた。


 そんな中、俺が部屋に入ってくるや否や放たれた言葉が、それだった。


「ど、どういうことだよ!?」


 あまりに突然の理不尽とも思える言葉に、俺は動揺を隠せない。

 意味がわからない。なぜ俺がパーティーを追放されなければならないのか。納得できるとは思えなかったが、せめて理由を教えてほしかった。話し合えばまだ手遅れでないかもしれないのだから。


 だが、カレンはそんな俺を見てうるさそうに顔をしかめ、頭を振り、ため息をつく。


「僕をもう、これ以上失望させないでくれよ、エリン。君はこのパーティーには必要ないんだ。はっきり言って、お荷物なんだよ。君の存在は、みんなの、そして世界にとって害にしかならないんだ」

「がっ……? 害…… そうなのか?」


 ここまではっきりと、自分の存在を否定された。それが俺にとってはショックだった。せめてもの希望を求めて、助けを期待して、俺はカレンの後ろに立つ二人に目をやる。しかし彼らも、俺のことを嘲るような、蔑むような目で見つめてきた。


「わからないわけ? あんたのその【錬金術】なんて高尚な名前で呼ばれてる能力は、私たちには必要ないの。前線でも敵にダメージすら与えられない。後方支援なんてできやしない。はっきり言って、ゴミ以下だわ。死んだ方がマシ」


 不意に、ルーシーがその鋭い緑色の瞳を向けて、責めるように罵ってきた。


 意味のない職業。必要のない人間。ゴミ以下の存在。


 全ての罵倒が、俺に向けられていた。ここにいる三人は、俺のことを、本気でそう思っている。


 それがはっきりとわかった。


「エリン、俺からも言うが、おまえにはもう無理だ」


 口調的には、他の二人よりは柔らかいアレック。だが、その顔は加虐的な笑みで歪んでいる。


「実力もない。才能もない。そんな人間が勇者と共に行動するなんて考える方が罰当たりだったんだ。帰りの馬車代くらい出してやるからよ、さっさと帰れ」


 言われたのは、短いが、痛烈な一言。


 普通の兵士が何百人かかっても倒せない竜を一人で討伐できる剣聖であるアレック。古代魔術や呪術などに精通しており、死人をも生き返らせることのできる治癒魔法を使えるルーシー。そして、勇者であるカレン。


 並べられて、比較されたとき、最も地味で、最も必要なさそうに見えるのは、やはり俺なのだろう。

 錬金術…… それは魔術の発達と共に、時代遅れのものになりつつあった。有るものの形を作り替える錬金術に対して、無から有を作り出す魔術や魔法。どちらが優れているかなんて、一目瞭然であり、比較するまでもない話だ。古来、魔術はそれほど発達しておらず、伝承によると、勇者は錬金術師を連れて旅をしたらしい。


 それだけなのだ。俺がこのパーティーに、勇者のパーティーに入れた理由は。実力でもなんでもなく、ただ『古来からのしきたり』であり、そこに生産的な意味などなかった。


 そうカレンたちは判断したのだろう。


「わかってくれたか? まあ、わかってくれなくても、ここにもう君の居場所はないが」

「キャハハハ! これで明日もここにいたりしたら、あんたの面の皮の厚さに免じて、考え直してあげるかもしれないわよ! 恥の上塗りをどこまで重ねるか、見物になるでしょうね!」

「ルーシー、言い過ぎだ。……まあ確かに、これ明日『まだやりたいんです!!』と言ったら、考え直してやらんこともないかもしれんが。後ろ向きにな」


 パーティーメンバーが。

 いや、元パーティーメンバーが、口々に嘲り、罵り、嘲笑する。


 俺は完全に一人だった。味方をする人間は誰もおらず、仲間なんて、ここには存在しなかった。


「――――ッ」


 両手を力強く握る。恥と悔しさで頭がどうにかなってしまいそうだった。


 役立たずの人間。


 ゴミ以下の存在。


 いるだけで邪魔。


 存在がマイナス。


 幻聴のように、三人からの言葉が現れては消えていく。俺が…… ここにいるためにやってきたと思っていた努力は、全て無駄だったのだ。錬金術を用いた小型のゴーレムで、一晩中寝ている仲間の護衛をしてきたことも。荷物や装備品を運んできたことも。


 俺の今までの日々は、全て…… 無駄だった。


 それをどうしようもなく突きつけられていた。


「……わかった。俺はパーティーを抜けよう」

「賢明な判断だね」

「ふぅ…… 無能がいなくなって清々するわ」

「ま、当たり前だろ、そもそも、この場所にこいつがいること自体おかしいんだ」


 俺がそう言った瞬間、三人はまるで俺がここにいないかのように談笑し始める。俺が『ここにいる人間ではない』ことを実感させるように。彼らにとって俺が本当に必要でないことを、示し、強調していた。


「ほらよ。金だ」


 不意に、アレックから小さな麻袋が投げられる。それは床に落ちると、ゴトリと重い音を立てた。


「帰りの馬車代だよ。ありがたく受け取れ、ほら」


 足下に落ちた麻袋。これは間違いなくわざとだろう。最後の最後に、床に落ちたものを拾わせる。


 本当に、嫌なやつだ。


「……これで、お別れだ」


 そう言って、俺がその袋を拾おうとした瞬間。


「――がっはッ……!?」


 目の横で火花が散った。一瞬遅れて、俺はアレックに蹴られたことを理解する。ドアを破って、外にはじき出されたようだ。


「あー でもー これまでの迷惑料、払ってもらわないとなー」

「迷……惑……?」

「そ、俺たちの冒険を邪魔して、世界の安全を遅らせた人間に対する、罰金だよ」


 アレックはそう言って、俺が拾えなかった麻袋を拾い上げると、これ見よがしに振ってみせた。


「あー 俺って優しいなぁ。これだけで、君みたいな無能の迷惑料を受け取ってあげるんだからー」

「な……」

「キャハハハ! アレック! それどっちみち、あげるつもりなかったんでしょ! 受けとろうとしてたときのエリンの顔が見物だわ! キャハハハ!」


 最後に見せたように思えた優しさも、全ては俺を馬鹿にするためだった。


 仲間から裏切られた。


 その感覚に、頭が冷たくなるような、重くなるような、そんな気がする。


 ……いや、本当に仲間だったのだろうか。本当に仲間だったのなら、あんなことを俺に言ってしまえるのか。本当の仲間の意味もわからなくなったまま、俺は勇者たちの宿に背を向ける。


 そして痛む体を引きずりながら、今まで四人で旅してきた道を一人、歩くことにした。

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