第2話 ふたりの暮らし
たぶん、彼は最初の夜が初めてだったと思う。
そして、二度目の夜が二回目だった気がする。
最初の夜から一年後の夏まつりに来るのは少し勇気が要ったのではないかと考えると、また愛しさがつのった。
二度目の夜からはずっとおれの部屋にいて、どこかへ帰る素振りを見せなかった。おれのシャンプーを使い、おれの服を着た。
おれは仕事帰りにスーパーへ寄ってふたり分の食材を買う。部屋に戻ると、簡単に料理したものをふたりで食べ、チューハイを開けてテレビを見た。
その後で狭いユニットバスにふたりで浸かり、電気をユニットバスから漏れるものだけにしてベッドで体をつなげ、終わるとシャワーをふたりで浴びた。
シーツにくるまり、おれに抱きついて眠る顔を見て考える。
六畳一間のワンルームにユニットバス、そして、シングルベッド。ふたりで暮らすには狭すぎる。
せめて、1DKの部屋を借りて、ベッドをセミダブルにして……。
寝息をたてる顔を見つめる。
いつまで一緒にいられるんだろう。
明日、仕事から帰ったら、いないかもしれない。いや、朝、目覚めたら姿を消しているかもしれない。
約束のない関係。
だから、そばにいるのかもしれない。
また別の夜には、ふたり分のグラブを持って外へ出た。
普段は静かなあの神社を通り抜けるとき、いつも社殿に向かってふたりで手を合わせた。
何を祈っているのか聞けずにいる。
おれはもちろん、ずっと一緒にいられることを願っている。
そのあと、高校のグランドに忍び込んで、街灯に照らされた中でキャッチボールをした。おれがボールを取りそこねると、彼は声をあげて笑った。
翌日、不動産屋に行った。
弟と一緒に住むのだと嘘をついたが、疑われず名前を聞かれることもなかった。
ふたりで暮らす生活を軌道に載せようというのに、相変わらず彼の名前すら聞けずにいた。
ここから引っ越して新しい生活を始めると話すことで彼を失くす恐れもあったが、おれは肌を合わせて眠る関係に賭けた。
彼は新しい部屋を気に入ったようだった。特に窓から見える雄大な衛門岳を喜んだ。
荷物のはいったダンボール箱も開けないまま新しいベッドでふざけてキスをして、はじめて明るい昼間に行為をおこなった。
おれがタチだったが彼が上になった。だいぶ上達したと思う。コンドームをつける手つきも慣れたものになった。
新しい生活になったこともあり、アルバイトをしたいと言い出した。ずっと部屋にいるのも窮屈だろう。
正直、ふたりで暮らすにはおれの給料は低すぎたし、引っ越したことで貯金もかなり減った。
この町で働きたいということは根を下ろしたいということだ。彼もおれとの暮らしを続けたいと思っている。
一方で、部屋から出したくない気持ちもある。男女ともに好かれるルックスをしていたし、他の者に取られるのではと不安にもなった。
履歴書に書いた名前が本名でないことはわかった。
「鈴木一朗」。
住所はおれと住む部屋。住民票もないのに。
おれが同居する“弟”の保証人になると、人手不足のコンビニは、すぐに彼を雇った。
シフトを組まれ、はじめて夜九時から朝六時まで店に入る日が来た。
おれは朝七時に自転車で家を出て職場へ行き、夕方スーパーに寄って夜六時に帰る。
汗臭いまま倒れ込むようにして彼を抱き、彼はカロリーメイトを口に押し込んでシャワーを浴びた。
別々に眠ることになると思うと、少し広くなったバスルームに押し入って、濡れた彼の肩を壁に押しつけて時間ギリギリまで粘った。わざとうなじを吸って跡をつけたが嫌がらなかった。
その夜は眠れず、衛門岳が見えるはずの窓辺に腰を下ろした。壁に背中をつき、片足を伸ばしてぼんやりと朝を迎えた。
彼が戻ってきた。
昨夜のままの服で顔を向けると、驚いた様子でおれが譲ったバッグを床に落とした。
駆けよって膝をつくと、キスをしてきた。
「好き」
と、はじめて言われた。
やがて、恐れていたことが起きた。
おれが仕事から帰ると、あかりが灯っているはずの部屋は暗いままだった。あわてて部屋へ入る。
彼はいなかった。
偶然よりも確立が低い あおいまな @uwasora
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