パスタは茹ですぎたほうが美味しい
あおいまな
第1話パスタは茹ですぎた方が美味しい
「ほんの少し時間をください」
と、彼が言ったので、おれは心配になった。
二度目の再会で二度目の同棲を始めた翌日のことだった。
その日は休日で、1DKの部屋で彼と床に肘をつき、そろえたい家具のカタログをめくりながら、キスをしていたところで昼になった。
おれはツーブロックの髪を決めているが、ガテン系の仕事のせいでよく日に焼けており、一見、不器用にみえる。だが、ひとり暮らしが長く節約のために料理は得意だった。
名残惜しく彼から唇を離して立ち上がると、キッチンへ向かいパスタを引き出しから取り出したところで、
「ぼくがやります」
と、彼が腰を上げて来た。
真剣な表情にドキリとさせられたので任せることにした。
おれより三歳年下とはいえ、今年で二十二歳。簡単な料理ぐらい作ったことがあるだろう。
おれは立っていた場所を彼に譲った。
彼はフランス人のクォーターで、くせのゆるいブルネットの髪をあごの長さにしている。瞳は緑がかって、色が白く体も細い。モデルとよく間違えられた。ことは、今は関係ない。
シンクに、ステンレス製の大きなざるを置き、パスタの入った深い鍋を傾け湯ごと流し込んだところで、あのセリフが出てきた。
おれは口をはさまなかったので、ゆで時間八分のパスタは彼に二十五分ゆでられた。完全にふやけてしまい、かなりちぎれて五センチ前後になっていた。
“ほんの少しの時間”で、なんとかしようと考えつつ、彼が途方にくれているのがわかった。
「……」
なにであれ、彼がおれに作ってくれた料理を捨てることは到底、考えられない。
予定通り“バジルソースのパスタ”にする。おれが残りを担当した。
茹ですぎのパスタはソースと合わせて混ぜるほど細かく小さくなっていった。
それを皿に移してスプーンで食べる。
最高に美味かった。
おれに食べさせたいと彼が愛情を込めて作ったのだから。
「あのときのパスタほど美味いものを知らない」
と、後ろから抱いて耳にささやくと、今は普通に作れるようになった彼が、
「そんな昔の話は忘れてください」
と、耳を赤くする。
キスを求めてきたので、おれも応えた。
パスタは茹ですぎたほうが美味しい あおいまな @uwasora
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