れんごうかいのさんじゅうに

「どこへいくのかしら?アリマくん」

「んげェッ……シライシ……センセ」

 こっそりサボろうとした俺の首根っこを掴んだのは、新任の国語教師。

 ……若くてキレーで、最初こそ男どもははしゃいでたけど、反面気が強くてアタリがキツくて、今では嫌なセンコーランキング上位に上がってる。

 ニコニコ笑顔には「逃げるな」と書いてある。俺は肩を落として渋々教室へ戻る。

 提出物なんかどうでもよくてほっといたら、全部出すまで帰るなと言われた。そんなもんどーだっていいのに。勉強なんかよりももっと大事なことがあるよな?今しか出来ない青春とか、「ビッグになるため」の準備とか。

 はあ、とわざと見せるようにため息をついてからもシャーペンの先で課題の用紙をこねくり回す。何度も指でペンを回す。ハナからやる気はない。

 提出物をおざなりにしてるだけで、別に成績が悪いわけじゃない。自分で言うのも何だが、なかなか要領はいい方だ。なのに課題出さないと進級できないって、それどんなバグだよ、と思いながら……進まないページを見つめる。なんだよxって。そんな意味無い記号に興味もない。

 と。

「……あのさあ、何がそんなに嫌なの」

 シライシは俺の席の前に椅子を持ってきて座ると、俺の課題の上で頬をつき、俺の目をじっと見つめる。

 ……怒ってるわけじゃなさそうだが、探るような目付き。

「別に……嫌じゃねえけど」

「じゃあどうしてしないの。あなた、できるでしょうが」

「できるからしねーんだよ……あ、しないんっすよ。あはは。……出来ることの復習なんかより、出来ないことたくさんやったほうが、よくねっすか?」

 そう言って返すと、シライシは少し驚いたようで。

「ふうん、アリマくんって意外とそういう考え方なのね……なら、そのやりたい出来ないこと、って何?」

「シライシセンセにもあったでしょ?青春。今しか楽しめないこと、いっぱいある。部活も、ダチと帰りゲーセンに……あ、いや、その。でもま、んでもって、将来でっかくなるためになんか極めるなら今じゃん!?」

「……でっかく、なる?」

「そ。俺は……スターになりてえの!」

 自信満々に笑うと、シライシはしばらくして……吹き出して。

「なんで笑うんだよ、あ、ですか?」

「ううん。なんか、大人っぽいのかと思ったら十分子供でさあ」

「ガキ扱いすんなよな」

「あはは、ごめんごめん。でも……そうね。先生もそんな時期、あったかもしれない。でも……あはは」

 腹を抱えて笑い始めたシライシの姿はなかなか貴重なのだが、俺はただただ馬鹿にされたようで腹が立っていった。

 それからしばらくして、シライシは自分のカバンを漁りに行き……しばらくして持ってきたのは、一冊の本だ。

 俺は普段本なんか読まないから、うえ、と思ったけど、シライシはクスクス笑いながらそれを俺の机の上に乗せた。

「今日持ってきてた詩集、アリマくんにあげるわ。だから読んでみて。……どんな反応をするのかとても気になるの」

「なんだそれ。俺を実験台にすんなよな」

「そういう意味じゃないんだけどね。ほら、字もだいぶ大きい本だから。毎日少しずつ読んでみて、ね。……そんでもってさ。

 アリマくんの中で何か変わったら、先生に教えてよ」

 シライシの笑った顔は明らかにどんな男も落ちる美人だったのだが、俺には少し意地悪に微笑んだように見えた。

 ……少し気に食わなかったが、反発しても笑顔で押し付けてくるのだろう。もらっておいてはやる。

 読むなんて、一言も言ってないけれど。

「……準備オッケー?」

「はい」

「うん」

「……ああ」

 バイクのエンジンをふかしながら、カズシの声に、俺たちは互いに頷きあった。

 カズシの後ろにカイトを、俺の後ろにワタリを。メットだけはちゃんと被って。けれど飛ばしていくカズシに、置いていかれないようにと俺も急ぐ。

 目的地へは少し遅れて到着した。思わず上を見上げてしまうでかいマンション。煌びやかな看板には筆記体の英語が書いてある。閉まっているが、オートロック式のガラス扉の向こうも……眩しく輝いているように見える。

「やっぱオートロック、だよなあ。……誰か来るの、待つか?それとも、誰かになりすまして開けてもらうか?」

 腕組みして壁に背をつけたカズシがため息を着くと、カイトは躊躇いなくオートロックのデジタルの画面に触れた。

 ぱ、と現れる数字のパネル。カイトは何回か数字を入れては消してを繰り返し、耳をつけ、周囲を見回し、配線部を触り……10分、15分ほどしただろうか。

「……開けます」

「え」

 迷いなく押した4桁。……開いた扉。眩しい光が目に反射する。

 ……カズシもワタリもぽかんとしていたが、カイトはにこ、と俺に微笑んだ。

「……行きましょう、ミヅキのところへ」

 さあ、と先に行きかけてから、慌ててカイトは俺に道を譲った。

 自分の姿がよく見えるくらい反射する床と、眩しすぎるくらい光ってる天井の照明。少し奥に、大人の男三人分くらいの横幅のエレベーターの入口があった。たまたま一階で止まってたから、俺たちはサッと乗り込んだ。

「鍵開けが特技ってのはその通りだったんだろうけど……まあ、予想以上だったな。これならミヅキちゃんの閉じ込められてる部屋のドアも簡単に開けられるかもな」

「期待に応えられるように頑張ります」

 階数は二桁。この辺りにはそんなデカい建物はそうそうない、精々八階とか、そのぐらい。初めてこんなに長くエレベーターに揺られていたから、止まった瞬間に少しバランスを崩した。

 ……恐る恐る外へ出ると、地上がとても遠く見えた。こっちだ、とカズシが部屋番号を見ながら指さした。

 そこは別に、なんの違和感もない……本当にただのマンションだった。騒がしいわけではない。隠れ家、という感じでもない。

 多分ここで合ってる、とカズシは言いながらも、他の部屋と全く変わらない玄関の扉では、判別は難しい。

 カイトはじっと鍵穴を覗き込んでから……声を潜めて言った。

「かかってないです」

「へ」

「鍵、開いてますよ、この部屋」

 ぽかんとしたワタリとカズシに、カイトはもう一度確認をしてから言った。

「開いてます」

「……んじゃあ、なんでミヅキちゃんはここにいんだよ」

 逃げられるのに、と頭をかいたカズシに、ワタリは小さく首を振った。

「……もしかして、簡単には連れ戻せないかもよ。……彼女は自分の意思でここにいるんじゃないかな」

「自分からすきで捕まってるって?んなこたねえだろ」

「……好きなんだよ、きっと」

 俺たちはしばらく黙ったまま、各々下を向いていた。

 ……ミヅキはリョウガのことが好きだ。好きで、ここにいるのなら。俺たちが連れて帰るのは……正しくないのかもしれない。

 でも。

「鍵が開いてるのを知らないだけかもしれない」

 俺がぽつりと呟くと、カズシは唾を吐いた。

「んな馬鹿じゃねえでしょうが。水無月のトップだぜ」

「……でも、ミヅキの意思確認は大事だと思います」

 カイトは心配そうに玄関扉を見つめながら言った。俺も頷いた。

「予定通り、俺はミヅキに会いに行ってくるよ」

 しばらくカズシとワタリは目配せをして、やがてカズシは溜息をつき、ワタリは場所を俺に譲った。

 俺は息を大きく吸い込んでから……扉に手をかけた。

 扉は軽く開いた。特に音はしなかった。


 思ったよりも狭い部屋だった。富豪が住むにしては狭いって意味で、普通に広いわけだけど。

 ワタリとカズシとカイトはそのまま入口を見張る、と言った。危ない時はケータイに連絡をよこす、といって振動のあるマナーモードに切り替えた。

 玄関を開けて直ぐにあったのはシャワールーム。それからトイレ、洗濯所。居間へは扉で仕切られていた。

 出来るだけ足音を潜めて居間へ近づき、そっと、これまた音が出ないように注意しながら開く。……反応はない。そっと隙間から覗いて、ゆっくりと居間に入る。

 見たことないサイズの大画面のテレビでは、俺でも知っている戦隊モノの特撮が流れていた。その少し離れたところに、叩いても割れなさそうな分厚いガラステーブルと、しろいソファが置いてある。

 そのソファの上に、見覚えのある姿があった。思わず、あ、と声が出た。急いで口を塞いだけれど、相手は目を覚ましたようだった。

「……リョウガさん?」

 眠たそうに目を擦りながら、ミヅキが体を起こすと、カランと音がした。首元に鈴のチョーカーがある。やっぱりサブカル女らしいファッションだなと思ったのは偏見だろうか。

 ミヅキはしばらく虚ろな目をしていたが、やがてテレビをしばらく見つめてから、改めてこちらを見た瞳は覚醒していた。その後、目を点にする。しばらく口をパクパクとさせてから、ミヅキは絞り出すように言う。

「何でここにシドウさんがいるんですか……!?」

「えっと」

 ユウキから聞いた、と言わない約束を思い出しながら悩んでいると、ミヅキはまた「あたしもここがどこか知らないのに……」と呟いた。信じられない、と言った顔。

 ……そして直後、いつものような高圧的な……不機嫌そうな顔で腕を組んだ。下着のような薄着なのが気になったが、ここは暖かい部屋だから平気なのだろうか。

「何しに来たんです。ここはあたしが……リョウガさんに連れてきてもらった部屋ですよ」

「お前を連れ戻しに来た」

「……何言ってんの。誰も連れ戻して、なんて言ってないでしょ」

 口をとがらせて、ふん、と鼻を鳴らしたミヅキに面食らってしまう。何も言えない俺に、畳み掛けるように「だいたい」とミヅキは付け加える。

「あたしはリョウガさんの女なんです。リョウガさんが部屋に連れてきてくれた。ここで待ってなさいって。……だから、てこでも帰らないわ」

「……でもリョウガはお前の首に鈴つけて遊んでるだけなんだろ」

 ユウキの言葉を繰り返しながら、文字通りつけられた首輪を見つめると、ミヅキは傍にあった灰皿を俺目掛けて投げつけてきた。なんとか交わしたが、ガラス製の灰皿はグチャグチャに割れてしまった。

 ミヅキを見れば、顔を真っ赤にして……怒ってるのか、今にも泣きそうなのか分からない顔で体をふるわせていた。間違った、のだと直感でわかった。どう修正したらいいのかは分からない。

「帰って。今日だってリョウガさんは逢いに来てくれるんだから」

「……今日はリョウガは来ない」

「嘘つき。あんたに何がわかるの。リョウガさんは毎日来てくれるんだから」

「でも」

「でもも何も無いです」

 ユウキの言葉を思い出しながら、俺は頭が混乱していってしまっていた。ミヅキの言うこととユウキの言うことは全然違う。何も噛み合っていない。

 ……リョウガ、っていうのは本当に存在するんだろうか?なんて考えすら頭を過ぎる。

「……お前はここにいたほうが幸せなのか?」

 少し考えてしぼりだした言葉に、ミヅキは「当たり前よ」と吐き捨てるように言った。

「ここにいればリョウガさんは来てくれるもの」

「いつ」

「夜。ほんの少しの時間だけど、あたしのために……あたしに会いに来るために時間を使ってくれるの。あたしの、ために……!

 ……シドウさんにはわかんないよ」

 震える体を抱くようにして、ミヅキはソファに座り直した。そばに行っていいかどうか聞いてみたけど返事がないから、ほんの少しだけ近づいて、ガラスのとびちったラグの上に座った。

 テレビの中は別世界だ。俺たちの言い合いなんて、空気なんて関係ない。ちょうど戦隊モノのレッドが敵を倒しているところだ。俺も今日赤い服を着ていたら、ミヅキのことを救えただろうか?いや、ミヅキにとっての救いってのは何なんだろうか。

 やがてもう一度「あなたにはわからないですよ」とミヅキは言った。

「誰にも……誰にも、あたしのため、に時間を使ってもらったことなんて……数える程しかなかった。兄はずっと仕事……カイトだって大きくなるにつれてまるで保護者ヅラでうざいしさ……」

「……何言ってるんだ」

「でもリョウガさんは……荒れて、スレて、ボロボロになってたあたしを……雨の中、傘をさしてくれたの。あたしの心の雨の中で……傘をさして、入れてくれたの。それからずっと、リョウガさんはあたしのことをおもってくれてるの。

 ……あなたにこの街を変えて欲しいって頼んだのも、リョウガさんのためにあたしも役に立ちたかったから。わかる?レンゴウカイ、なんてくだらない不良チーム作るためじゃない。

 あたしは高橋組がよりやりやすい社会にしたかった。そのためにあたしみたいなのをボコボコにしてくるマミヤさんが邪魔だった……

 それだけ。それだけなの。だから、もう」

 あたしに関わらないでよ。

 最後は顔を手で覆って、泣いているような、叫ぶような声で、怒鳴るように、言った。俺はただその間、じっと聞いて、考えていた。

 ……それから、黙ってしまったミヅキに。

「もっとそばにいっていいか」

「……関わらないでって言ったじゃん」

「なら、今日まで関わらせてくれ。カズシも、ワタリも、カイトも、俺も……みんなお前が心配で、お前が無理やり連れてこられたんじゃないかって、誘拐なんじゃないかって思ったから、慌ててきたんだ、けど。

 ……そうじゃないなら、お前がここにいたいなら。せめて、最後に話をさせてくれ。俺は馬鹿だから……お前がちゃんとここにいたいってわかるまで、さよならはできない。だって。

 俺に助けを求めたんだお前は。……リョウガじゃなくて、俺に。だから、その手を簡単に振りほどきたくないんだ」

「……なに、それ。……カッコつけちゃってさ……言ったじゃん……あたしは……」

「カイトはお前のことをいつも考えてた。初めて会った時から。多分、もっと前から。お前がいなくなって心配だったから、あいつの流儀に反する不良の真似事を始めたんだ」

 ミヅキは喉に何かを詰めたような顔で、俯いたまま動きをとめた。話を聞いてくれているのだと受け取った。俺はない頭で考えながら、言葉を詰めながら続けた。

「お前の兄貴のことはよく分からないけど、少し前……妹のことを大切に思ってるけど仕事の忙しい奴にあった。俺の兄貴もそうだ。兄ってのは……たぶんお前が思ってるより、お前のこと大切に思ってる。仕事が忙しいのは、お前を養うためじゃないか。カズシも俺を養ってくれてる」

「あのキャベツとうちの兄を一緒にしないでくださいよ。……そんなの、どこに根拠があるの。仕事より、お金より、あたしはただ一緒に……いたいのに……」

「……なら、そう言ってみたらよくないか。俺も……サクラとちゃんと話せたから、ちゃんとわかりあえたって、今は思ってる」

「……迷惑になるもん」

「迷惑なんかにならない、キョーダイなんだから」

「……その理屈、わからないですよ。ウチは兄しかいない……兄が働いてなければ学校にだって……それは……その……」

 だんだん返しにキレがなくなってきたミヅキは、兄のことを考えているのだろうか。……その顔も、姿も、ようやく……強がっていない、年相応の少女に見えた。やがて黙ってしまったミヅキに、俺は着ていた上着を脱いで被せてやった。

 ミヅキは驚いた顔をしていたが、なんとなく流れのままにそのまま肩に上着をかけていた。寒いんだから、少しは暖かそうな格好をしていて欲しかった。そっとソファの横に座ったが、ミヅキは嫌な顔はしなかった。

 ……なんとなく、そんな姿はホントにキタツキに似ている気がしたけれど、気のせいだろう。偶然にも程がある。

 そのまま何分経っただろうか。黙って特撮番組のエンディングを見ていると、ミヅキがぽつりとまたつぶやいた。

「……ここへ来ようって言ったのは誰ですか。誰と来たんですか」

「お前がいなくなったのを教えてくれたのはカズシだ。今日はユウキのとこに俺が行って……あ、これは秘密だった」

「……ユウキ、さん?」

「いや、あの。……一緒に来たのは、カイトとカズシとワタリだ」

「……カイト」

「ああ。鍵をあけられる特技があってすごいんだ」

「知ってますよ。……あれはあたしのせいですしね。よくなくすんです、大事なもの。鍵とか」

 昔はもっと仲良かったなあ、とぽつりとミヅキは呟いて。気がついたら……ぽたぽたと、ミヅキの頬を伝って、その膝に雫が落ちていっていた。

「……シドウさんはどうして来てくれたんですか」

 涙混じりの声。俺はほんの少しだけ、ミヅキの肩に肩を寄せた。なんとなく。

「……うまく説明できないけど、お前が誘拐されたって聞いた時、助けなきゃ行けないとおもった。お前が助けを求めてる気がしたんだ。それは……俺の勘違いだったみたいだけど」

「そうですね。勘違い甚だしいです」

「なんだ、花がなんとかって」

「なんでもないですよ」

 ミヅキは顔を背けて、けれど少し泣き止んだようだった。

 ……それからまた、特撮番組が始まった。DVDなのかもしれない。敵の怪獣が街の人を襲っている、よくあるシーン。

 今回の話のタイトルは仲間割れらしい。大切なのは仲間だと、ブルーが訴えかけていた。そうしていると、俺の右腕を、力の入っていない小さな手が掴んだ。弱い。掴んでないと吹き飛んでしまう気がして、俺は急いで手を取った。

 冷たい手。小さな手。震えている手。

「……シドウさんって、馬鹿ですよね。見ず知らずの女のこと助けようとするし、関係ない抗争に首突っ込むし、こうやってまた、ろくに知りもしない女のために危ない橋を渡って」

「ろくに知りもしないわけじゃないだろ。もうミヅキのことは……名前は知ってる」

「……はは。あはは。あはは……ほんっとに、馬鹿ですよね。……バカ」

「あっ」

 バカ、と繰り返しながら、ミヅキは俺に抱きついた。少し迷ってから、その小さな体を抱きしめた。するとまた、ミヅキはより強く俺に……しがみつくように抱きつく。

「……しょうがないから、キューシュー男児のメンツ、立ててあげますよ」

「なんだ、それ」

「ちょっとは連れ戻されてもいいですよ、ってことです」

「……えっと」

 ミヅキは体を離すと、しばらく首元の鈴を鳴らしていたが……やがて、外した。それから俺の腕に、弱々しく腕を絡ませる。

「……迎えに来たんだから、ちゃんとお城に連れてってよ、バカな王子様」

「悪い、聞こえなかった」

「聞こえないように言ったのよ」

 玄関を出ると、カズシとカイトだけが残っていて、ワタリは先に下に降りたと言っていた。

 カイトとミヅキは目を合わせなかったものの、なんとなく……ミヅキがほんの少し、カイトの近くにいた気がした。

「彼女は首輪を外すことを選んだのかぁ」

 へえ、と面白そうに頬杖をついて、聞いているのは盗聴器か何かだろう。しまったな、と思いつつも、相変わらずの趣味の悪さに反吐が出る。

「ユウキ、まさか手を貸したんじゃないの」

「……さあ」

 俺の部屋にはそんな器具なんて仕掛けられないように、とはしているものの、何を信用して信用しないかすらこの……高橋組というくくりではよくわからない、曖昧なものだ。昼間の話は聞かれていたかもしれない。それを知った上で聞いてくるような奴だ。真相は分からないが。

 ……だが、首輪を外した、ということは。キノシタシドウが迎えに行ったのか、彼女自身が出ていったのかはわからないが、彼女は"リョウガ"を待つだけの日々から抜け出した、ということだった。ほっと胸を撫で下ろす。

 ……そんな囚人みたいな、飼い猫のような、いや。猫ですらなく、鳥や魚のような生活なんてさせたくない。

 なんでもいいけどね、とリョウガは吸えないタバコを吸って、苦い顔で煙を吐き出した。ただ単にカッコつけで吸っているただの甘党だ。俺とは違う。

 そう、根本的に何もかも違うのに。

「……今日、俺の大事な女の子に……いや、俺"たち"の大事な女の子に会えなくて、拗ねてるんじゃないの?……リョウガ」

「……俺はユウキだ、リョウガ」

「ふふ。本当にお前は忠実だね」

「仕事をしてるだけだ」

 そう、俺はタカハシユウキ。……タカハシユウキ、という仕事を。休憩も出勤も退勤も退職もない、もう永遠に辞められない"仕事"をしているだけだ。

「さあて……でも、面白い猫を逃がしてしまった。次の遊び道具は何にしようかな」

 タバコをさっさとやめて、チュッパチャプスを舐め始めたリョウガを見ながら、自分のスマホのホーム画面を見つめていた。

 ……"俺"の大事な女の子が、安心して眠っている姿を。


【れんごうかいのさんじゅうにおわり】

【れんごうかいのさんじゅうさんにつづく】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【一次創作】レンゴウカイ ヤネウラ @yaneuramagic

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ