れんごうかいのさんじゅういち
自由になりたかった。
何から?校則?交通ルール?門限?地域の決まり事?一般常識?
わからねえ。でも俺は自由じゃないと思っていた。だから自由になりたいと思っていた。そうさな、あの飛んでる鳥みたいに。
ま、それは空を飛ぶ鳥が、自由だと思い込んでた頃の話だが。
◇
「カズシ、お前今日暇か?」
来る頃だと思っていた。俺はさっさと荷物をカバンに押し込んで、相手にOKサイン。同級生のその男はよっしゃと手を握る。
「じゃああと二人連れてくるから、準備してグラウンド集合な!」
「おう、任せろ〜!」
楽しそうに駆けていく後ろ姿を見ながら、俺もジャージを用意する。部活のTシャツでもなんでもない、ただの学校のジャージだ。ボールやグローブは持ってない。いつも通り学校のを借りるつもりだ。
グラウンドに降りていくと、なんとかふたりつかまえて来たらしく、九人揃っている。各道具を部室から拝借し、準備を終えると、本日の御相手様方はもう既に整列を済ましている。
ウチみたいな弱小で人数もギリギリやら足りないやらの野球部には、練習試合をしてくれるとこすら珍しい。だからみんな気合い入れて人数集めてたワケ。俺はいつも通り、帰宅部で助っ人なだけ。でももちろん、野球めっちゃやってます、みたいな顔で整列する。
弱小野球部ととりあえず付き合ってくれたマトモな野球部、勝敗が見えていた試合の結果はもちろん想像通りだったが、俺はヒットを打ったので満足だ。
「カズシ、今日もよかったじゃねえか。来てくれてサンキュな」
「おうよ、いつでも呼んでくれや。かっ飛ばしてやっからな!」
「てかもういっそ、野球部入っちゃえよ。頼むよ、なあ」
そう言ってお願いポーズをする部員のひとりに、俺は手をひらつかせて断る。
「俺、縛られんの嫌いだからさ!」
そう言って今日も俺は道具を返して帰路につく。
歩きながら、ああ、自由になりたい、などとぼんやり考えていた。
本当の自由なんて知らないくせにな。
◆
「……あの、リョウガさん」
「ん?どうしたの」
「あの……ええと……」
あたしは首元の鈴をいじりながら、言い淀む。鈴がカラン、カランと音を立てるが、触っているので反響しない。鈴はあたしの首を一周する赤いベルトに繋がれてる物だ。すなわち、チョーカー、なのだけれど。
「なぜ、鈴なんですか?」
あたしが首を傾げると、真似するようにリョウガさんは首傾げ、微笑む。細い目がさらに細くなる。……いとしい人の楽しそうな表情。そっとあたしのほうへ近づいてきて、しゃがみ、あたしの首元の鈴をカランと鳴らす。そして満足そうな顔で、首筋から顎の先を撫で、あたしの顔を上向きにする。ドキドキと心臓が早鐘を打つ。……どれくらいそうしていたかわからないが、リョウガさんはそのままあたしの顎に指を滑らせ、戻っていった。
「俺の可愛い女の子、今日もいい子で待ってるんだよ」
そう言って、部屋を出ていく後ろ姿を目で追う。いつだってそうだ。何も言わないのに、何も教えてくれないのに、あの目に捉えられると体が熱くなり、頷くことしか、従うことしか出来なくなってしまうのだ。
ここがどこかはわからない。連れてこられるときには目隠しをされていて、腕も縛られていた。
このマンションのエントランスで初めて目隠しを解かれた。壁も床も素材はわからないが、キラキラとしていてまるでスターの住む場所のようだ。歩くと靴音が高く響いた。リョウガさんに手を引かれ、エレベーターに乗り、十三階に十数秒で着いた。
そして角部屋に連れていかれ、首に鈴をつけられ、先程のことがあり、今に至る。
「……ここで何、してたらいいんだろ」
部屋はエアコンで暖かくなっている。大きな薄型のテレビもある。オシャレにまとまった雰囲気の部屋には物が少ない。部屋の中央にあるガラス机には、合わせてソファが置かれている。さっきまで彼が座っていた場所だ。あたしはとりあえず、そのソファに、恐る恐る座った。
あたたかい。彼の体温だ。それを思い出して、また頭がぼうっとする。
「……テレビでも、見よ、かな」
毎日放送されている戦隊モノは映るだろうか。なんて思いながら、あたしはリモコンを手に取った。
◆
「あ、起きた?おはようシドウちゃん」
視界に飛び込んできたのは、俺を覗き込む水色の髪、水色の瞳、そして黒いフリルの多い服を着た女。いまとなっては既に慣れた光景。
「……おは、よう」
返事を返すと女は満足気に笑う。ご飯できてるから顔洗っておいで、と体を起こされる。
洗面所で顔をバシャバシャと洗うと、水の冷たさで一気に頭が冴えていく感覚がした。冬の朝は寒い。けど、こうやってワタリが起こしてくれるから、毎日起きている。
食卓には、すでに俺の分の朝食が用意されていた。いただきます、と手を合わせてから、まず味噌汁をひとくち飲む。……甘いあたたかさが身体中に広がった。
ワタリはもう食べていたのか、俺の向かい側に座るだけ座っていた。そして、シドウちゃんさぁ、と切り出した。
「カズシちゃんがどっか行っちゃってたんだよね。昨日寝る時にはいたのに。どこいったか知ってる?」
「いや……俺は何も……」
「そっかぁ。この家に来てから、カズシちゃん、出かける時は必ず一声かけてくれてたんだけどなぁ。今日、ボクもけっこう早く起きたんだけど、いなくて……」
ワタリが水色の横髪をくるくるしながら頬杖をついて言う。確かにここ数ヶ月、カズシは仕事に行く時は何時に帰るか報告し、帰ってきたら騒がしいのでわかっていた。無断で家から消えてしまうなんて、なんとなく嫌な気持ちが胸を巡る。と、そんな時、玄関の扉が勢いよく開く音がした。ドタドタと音を鳴らしながら部屋に入ってきたのは、まさにいま噂していたカズシだった。
「あ、おかえりカズシちゃん。今日どこに……」
「シドウ、やべえぞ!」
開口一番。ヤバいという単語が何を指すのかぐるぐると頭を回す。が、答えが出る前にカズシは慌てた様子で言った「お前の女、どっかいっちまった。この俺の情報網でも見つからねえんだから、マジだぞ」
「俺の……女、って?」
「ヤハラミヅキチャンだよ」
ヤハラミヅキ、と聞いて、どくんと身体がはねた。カズシはそのまま続けた。
「ヤハラミヅキ、この地区じゃねえどっかにいっちまったんだけどよ、そっからの足取りが全く掴めねえんだ」
「それって、行方不明ってコト?」
ワタリも身を乗り出して聞いている。カズシがその言葉に頷く。
「ここいらで一番の情報屋は俺だ。その俺に辿れない場所っつーと……」
カズシは一拍置いて言った。
「誘拐の可能性が高いと思う。それも、多分……高橋組の仕業だ」
「高橋組の……」
その言葉を聞いた途端頭に浮かんだのは、闇をたずさえ口角を上げた銀色の狐の笑顔。ヤハラミヅキに近づくな、と俺に言い放ち、時折姿を表す狐。
「……心当たりが、ある」
俺はカズシに、記憶に残っているあいつの印象を全て話した。カズシとワタリはその話を聞きながら、少しずつ青ざめていく。
「……それって、タカハシリョウガさんじゃ……」
ワタリが恐る恐る口に出した後、カズシは俺の肩を揺さぶった。
「タカハシリョウガに会ったなんてなんでそんな大事なこと俺に言わなかったんだよ!」
「ご、ごめん……」
「リョウガさんとその、ヤハラミヅキちゃんって子はなにか関係があるの?」
「……ミヅキはリョウガってやつのことが好きみたいだった」
「ヤハラミヅキはタカハシリョウガの女だったってことか!?いや絶対遊ばれ……いや……確かにタカハシリョウガはよく分からねえ奴だけど……」
カズシもワタリもやや混乱しているようだった。俺も、リョウガさんと名前は聞いていたが……。
「本当にミヅキはタカハシリョウガのところに行っちまったのかな」
「わからねえ……でもレンゴウカイメンバーにはとっくにあたってるが、この人数でも見つからねえ、痕跡がねえんだ。考えられることは……考えた方がいい……な。最悪の場合、でも」
「……」
俺たちの間にはしばらく無言が続いた。……俺もしばらく考えて、から言った。
「タカハシリョウガに会いに行こう」
すると、二人は目をまん丸にして口を開け、それからしばらくして同時に飛びついてきた。
「お前じゃどう考えても危ねえだろ」
「シドウちゃん生きて帰って来れないかもなんだよ!?」
「でも……ユウキは優しかったし」
「ユウキ様……ユウキさんとも知り合いなの!?」
「あ、ああ……」
ワタリに両肩を掴まれて揺さぶられていたが、しばらくして場が落ち着いた。
「……ヤハラミヅキと親しい友人はクロバカイトだけらしい。何かの目的でヤハラミヅキが連れていかれたなら次に危ないのはカイトだ。メンバーで固めておくぜ」
「そうかなぁ。ボクはカイトくんが狙われるとは思えないな……」
顔をしかめる二人に、俺はもう一度言った。
「タカハシリョウガに会ってくる。だからお前たちは、他のみんなの安全を守ってくれ。」
ワタリとカズシはお互い顔を見合わせ、心配そうな顔をしながら、やがてしぶしぶ頷いた。
「ボクは元々高橋組にいたし、ついていってあげられないから……」
ワタリは恥ずかしそうに言った。その次にはカズシがやれやれと両手を上げながら言う。
「……高橋組の現場までは送るからな。中には入れねえかもしんねえけど……」
俺は二人にありがとうと頭を下げた。そして、息を吸い込み、手を強く握った。
頭の片隅には、泥酔してリョウガの話をしていたミヅキ、リョウガとのデートのためにとびきりのオシャレをしたミヅキ、様々なミヅキが浮かんできたが……。
ミヅキも、レンゴウカイの一人だから。
高橋組の本拠地は寂れたビル街の中にあった、ごく普通の、そんなに背の高くないビルだった。入口には達筆で"高橋組"と書いてある表札。入り口は自動ドア。
「……マジで高橋組本拠地に乗り込みに行くのかよ?」
カズシはバイクを跨ぎ、メットを手に持ちながら不安そうな目で俺を見ている。俺はそれに、ただ頷いた。カズシはじっと俺の顔を見つめたあと、はあ、とため息をひとつ。
「いいか、ちゃんと受付でアポ無しだけどってことわるんだぞ。んで、名前名乗れよ。あとは、危なくなったらすぐ連絡しろ、スマホ渡したからな。……俺、バレたらまずいからもう行くからな……」
「ああ。ありがとう、送ってくれて」
カズシは複雑な表情で俺を見ながらも、やがて国道沿いに消えていった。俺はそれを見送って、改めて高橋組のビルと向き合った。
一歩踏み出すと、自動ドアが開く。くもりガラスの向こうには、俺の知らないキラキラとした空間が広がっていた。
なんか屈強な男とか、傷の入った男とか、刺青を入れた男とかが溜まっているのではないかと思っていた俺は、不意をつかれた気分だった。
広いフロアに、受付には黒いマスクをした女性がカウンターにひとり。床はピカピカのタイルに、蛍光灯で隅まで明るく、観葉植物とソファが置かれ、雰囲気は役所や病院のようだ。
どうしたらいいものかあたりをきょろきょろしていると、受付の女と目が合った。えっと、なんて言うんだったか。さっき、カズシと喋る練習をしたばかりなのに、言葉が出ない。
と、向こうの方からこちらへ歩いてきた。少し緊張して背筋を伸ばすと、歩いてきた女がいっそう小さく見えた。
「あの、何故ここへ」
女はか細い声で俺を見上げながら言った。俺は、えっと、とどもりながら言う。
「リョウガに会いたいんだ」
「リョウガ様に……?」
女は開いた口が塞がらないといった感じだったが、すぐに表情を戻した。
「アポイントメントはございますか」
「あ……ぽ……?」
「アポイントメント、お約束のことです……」
「あ、ああ。ない。ないけど、急用があるんだ」
「そうですか……」
女は少し黙ってから、恐る恐る、という様子で俺を見上げた。
「あの、私の事……覚えているでしょうか」
「え?」
飛び出してきた予想外の言葉に、俺は一瞬思考が止まった。そして一生懸命思い出そうとしたが、まったく思い出せない。
「……悪い、覚えてないんだ、けど」
「……ですよね……あの、夏頃に……。わたしが他派閥の成員にいじめられていた時に……助けてくださった方、ですよね」
それを聞いて、そういえばそんなこともあったのかもしれないな、と思い出せないまま無理やり飲み込んだ。じっとりとした記憶が、頭の奥にこびり付いている。
女はその続きの雰囲気のまま、続ける。
「リョウガ様、本日はおそらくお戻りになりません。ですが……ユウキ様になら、かけあってみることはできます。わたし、ユウキ様の派閥におりますので……いかがしましょう?……できるだけ、お力にはなりたいのです」
そうか、リョウガのことしか頭になかったが、ユウキに頼る手もあった。俺はそのまま女にお願いし、ユウキと連絡をとってもらった。黒い受話器を置いてこちらを見た女は、俺を五階へと案内すると言った。
エレベーターはごく普通のエレベーターだった。何の変哲もない。俺は何か、高橋組とは特別な場所なのではないかと思っていたが、そうでも無いのかもしれない。ただ、B1F以降に鍵が掛けられていたのが気にはなるが………。
五階に着くと、女は奥のほうの部屋に俺を案内し、三回扉をノックした。はい、と聞こえたのは聞き覚えのある低い声だ。それを確認して、女が扉を開けた。
女は中へ入らないらしい。俺は促されるままに足を踏み入れた。
そして、扉が閉まる。……改めて前を見ると、見覚えのある男が、書類の山に埋もれているのが見えた。部屋は狭い。男の後ろに大きな窓があるが、日差しが強いのか、ブラインドが下りている。向かって右のほうにはワインレッドのソファが置いてある。それくらいだ。
「……悪いな、普段客を通す部屋じゃないから。ソファにでも座ってくれ」
「……ああ、ありがとう……ユウキ」
ユウキは軽くうなずいた。俺は言われるままにソファに座る。ユウキは「で、」と机の上で手を組んだ。……書類の山で、若干顔が見えないが。
「急用ってなんだ。お前が高橋組の本部に来る理由に見当がつかないんだが」
「……ああ」
俺はまずどう言うのだったか、練習を思い出そうとしたのだが、さっぱり飛んでしまっている。……結局、直球で言うことにした。
「ミヅキを知らないか」
「ミヅキ?」
ユウキは頓狂な声をあげた。俺は頷く。ユウキはしばらく黙っていたが、やがて立ち上がり、ソファの俺の隣に座った。膝の上で手を組み、俺をまっすぐ見つめている。
「ミヅキがどうした」
「え…っと」
俺はやや押され、言葉に詰まった。ユウキがこの話にこんな真面目な顔をすると思わなかったのだ。俺は出来るだけ朝のことを思い出して、話した。
「……ウチに情報屋がいる。ミヅキが街から消えたって言ってる」
「アリマカズシか」
「……」
「……いい、リョウガには言わん。構わず話せ」
ユウキはそう言って手を組みなおした。
「……カズシは、カズシに黙ってこんな事が出来るのは高橋組だけだって言ってた。……今までミヅキは"リョウガ"という男に惚れていて、何度もデートをしていた。……俺も恐らく、そのリョウガには、会ってる」
「……そうだな、会ってる。二、三回は。……俺も一緒にいた」
「だから俺は今日、タカハシリョウガに会いに来たんだ。ミヅキの居場所、知らないかって、それだけだ。……あいつが好んで行ってるならいい。でも……」
俺は息を吸い込んで、はっきり言った。
「ミヅキもレンゴウカイのひとりなんだ。簡単に放っておけない」
ユウキは俺の目を真っすぐに見つめていた。驚くほど真剣な目だ。……俺は、なんでユウキがそんなに真剣な目をしているのかわからなかったが。
ユウキは何かを悩んでいるようだったが、やがて口を開いた。
「心当たりはある」
「知ってるのか?」
「……知らないといえば嘘になる」
「知ってるなら……ミヅキに会わせてくれ」
「会ってどうするんだ」
「……どうするって」
はぁ、とユウキはため息をついた。そんなこともわからないのか?とでも言いたげだ。
「あの子は……リョウガのことが好きだ。それ以外に何もない。だから、ただ会っても無駄だ。リョウガの言うことしか聞かん」
「……そ、そうかもしれないけど」
確かに、あれだけ"リョウガさん"に憧れているミヅキを、簡単に連れ戻せるとは考え難い。それに気の強いミヅキのこと、恐らく第一声は「なんで来たんですか?」だろう。
それでも……。
「……お前、ミヅキが好きなのか?」
不意にユウキが聞いた。どく、と心臓が跳ねた。そんなことを聞かれるとは思っていなかった。
……ミヅキのことが、好きなのか?俺は……そういえば、なぜ俺はこんなにミヅキを守ろうとしているんだ。レンゴウカイが出来る前……最初から、俺はあいつのことを守らなければならないような、そんな気がして……。
……わからない。好きなのかもしれないし、そうでないかもしれない。けれど……。
「わからないけど、俺はミヅキをいつだって助けたいと思ってる。……あいつに惹かれてここにいる」
「……高橋組を敵に回すくらいの度胸はあるのか?」
「ミヅキに会いに行くと、そうなるのか?」
「まあ、あるいはな」
ユウキはソファに背をもたげ、下を向いている。俺は上を向いて、息を吐いた。
……俺は、きっといま、一番しなきゃいけない選択を迫られている。そんな気がする。
それは、レンゴウカイのリーダーとして……。
たとえば、セイラが背負っていたようなものが、いま俺にのしかかっている。そんな気がする。
レンゴウカイの一員だからといって、ミヅキのことで知っているのは学校と、体を売っていることと、リョウガと繋がりがあることくらいだ。……あとは、何故か俺に定期的に構っていたことだ。
俺はミヅキのことなんて、何も知らないのだ。
そのミヅキのために、レンゴウカイを危険に晒すのか?
「……ミヅキは、自分からいったのか?」
「……いいや、恐らくリョウガが勝手に連れて行った」
「なんでそんなことをするんだ」
俺の質問に、ユウキは半ば呆れ気味に言った。
「リョウガは、昔拾った猫とミヅキを重ねてるんだ」
「……猫?」
「……そうだ。詳しい事は言えないが……端的に言うと、ミヅキの首に鈴をつけて遊んでいるだけだ」
確かにミヅキは猫らしいところはあるな、と思った。だが、首に鈴をつけているのはサブカルの女くらいしか見たことがない。リョウガはあまり人に自慢できる趣味を持ってなさそうだ。
ユウキはさらに話をつづけた。
「ミヅキは囚われてるんだ。リョウガという存在に……銀髪の、甘い言葉を選んで話す、自分を拾った男に」
「……そういえば、拾ってくれた、ってミヅキもいってたな」
「……だがアレはな……いや、なんでもない。ともかく、会いたいのなら場所だけ教えてやる。……俺から聞いたって言わないでくれ。鍵は自分でなんとかしろ」
「……いいのか?お前もただではすまないんじゃないのか」
「いいんだ。今日は俺の番だから、あいつは行かない」
「……?」
「行くなら今夜中に行け。情報屋に住所を見せればわかるはずだ」
ちょっと待っていろ、とユウキは机に戻り、小さなメモ紙をもって帰ってきた。マンションの住所と名前、そして部屋番号が書いてある。
「……なんで教えてくれたんだ」
「ただのおせっかいだ。もうすぐ三十路だからな、話してるうちに情も湧く」
「……えっと」
「理解しなくていい。……ただしこれはあくまでも、仕事ではなく知人としてお前に教えただけだ。俺たちはビジネスパートナーではない。……いいな?」
「ああ」
「……車で家まで送る。ビルを出たところの黒いハイエースに乗り込め。手配する」
「……ありがとう、ユウキ」
ユウキは電話をしてから、俺を扉の前まで送った。俺は来た時と同じようにエレベーターに乗り、一階を目指す。
結局、俺が決断をする前にユウキが答え合わせをしてくれたようなものだった。今回はリーダーの決断はしなかった。だが。
俺は託されたのだと思った。ユウキに、ミヅキを連れ戻せと言われたのだ。
どうやらユウキはリョウガのミヅキへの態度をよく思っていないらしい。
「おいおいおい、家の前に高橋組の車が止まったからマジで終わったと思っただろ!!」
家に入るなりカズシに肩を掴まれ首を振られた。俺は首を振られながら状況を説明し、メモを渡した。
「おいおい、マジでタカハシユウキがそういったのか?お前どんだけ仲いいんだよ」
「いや、ちょっと前に助けてもらったくらいだけど……きっとユウキは、リョウガのもとからミヅキを連れ戻してほしいんだ……と思う」
「なんでタカハシユウキがヤハラミヅキのことそんなに気に掛けるんだよ。……もしかして好きとか?」
「さぁ……?それより、玄関から先に進ませてくれないか」
「ああ、悪かったよ。お客さんも来てるぜ」
「?」
俺はようやく玄関から先に進み、居間の扉を開けると、ワタリと一緒にテーブルについていたのはカイトだった。
「お邪魔してます。……ミヅキが行方不明になったって聞きました。本当ですか」
「ああ……場所はわかった」
カイトが狙われるかもしれない……とも言っていたから、カイトを呼んだのだろうか。俺もテーブルにつくと、カイトは身を乗り出して言った。
「俺も連れてってください」
まだ今夜潜入とも話していないのに、あるいはカズシに話したのが居間に漏れていたのだろうか、カイトは真剣な顔で言った。
……だが、正直なところ、ケンカでは役に立たない良いとこのお坊ちゃんのカイトが、今夜の潜入に役に立つのだろうかと俺は疑問だった。
「……いま、俺はケンカで役に立たないから連れていけないって思いましたね」
「えっ」
「その通りです。ケンカではお役に立てません。俺は弱いです。ですが……」
「ですが?」
カズシが面白い物を見る目でカイトを見ながら俺の隣に座った。
「ですが、俺、特技があります」
「特技」
「はい。鍵をあけられます」
「……は?」
見た目品行方正成績優秀真面目そうな高校生から出る言葉とは思えず、俺たちは三人でぽかんとしていた。カイトは話を続ける。
「実はミヅキってめちゃくちゃ鍵をなくすんですよ。だから家に入れなくって。それで、俺が開けたのが始まりなんです。最初はちょっぴりヘアピンを使ったら開きました」
「……それって、ピッキング……だね」
「ミヅキが鍵をなくすたびに開けてたので、でも無理に開けると鍵は駄目になるので付け直してを繰り返して、最終的には電子鍵まで……一応時間はかかりますが開けられるようになりました。だから……俺連れていくと、たぶんマンションも、部屋も開けられますよ」
「ええ……」
カズシが隣で「俺でもやらねえのに」と呟いた。俺もぽかんとしてしまったが、鍵は自分で何とかしろとユウキに言われていたのを思い出す。……それなら、カイトは連れていくべきだ。
それに、ミヅキの幼馴染でもあるし、何かうまくいくかもしれない。
「……わかった、カイトも行こう」
「マジで言ってんのかシドウ!?ホントにできんのかわかんねーじゃん」
「嘘を言えない奴だから大丈夫だ」
「まあ……確かにそうだけどな……」
カズシはなんとなくカイトに気に入らない視線を向けつつ、ため息をついた。お荷物が増えたとでも言いたげだ。
「あんまり大人数で行くのは良くないと思う。だから、ボクら四人で行くのはどうかな?バイクで二、二で別れられるし」
「んで、カイトが鍵開けて、シドウがミヅキチャンに会ってる間に俺とワタリは、入り口を固める」
「その時の俺はどうするんですか?」
「一緒に見張りだよ」
「……お、あった、マンション。見つけたぜ。ゲーノー人とか住むとこだぞ。こーりゃでかいマンションだ。十三階って、こえー」
カズシは手持ちのスマホで場所を見つけ出したようだった。
「バイクで行くなら四十分くらいだろうな。……ユウキは今夜、ってとこ押してたんだな?」
「ああ、そうなんだ。今夜中に……と言っていた」
「じゃあ今夜しかねえな。まあ、タカハシユウキが信用に足るかどうか……そこんとこはどうなの、リーダー」
カズシはあえて、俺をリーダーと呼んだ。俺はユウキの真っすぐな瞳を思い出して、頷いた。
「ユウキは大丈夫だ」
「……よーし」
打ち合わせたわけではなかったが、全員で壁掛け時計を見た。午後六時。今から行けば、約七時に到着。その後鍵を開け、潜入して……。
……ミヅキと、まずは話をしなければならない。
「行きますか」
カズシの掛け声に、俺たちは頷いた。
れんごうかいのさんじゅういち おわり
れんごうかいのさんじゅうに に つづく
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