れんごうかいのさんじゅう


 壁にはられているのは、大量の、人を傷つけた傷跡の写真。それらによって埋め尽くされた壁は、見ていて心地よいものでは無い。現在、部屋主は不在。俺は部屋主に断りを入れず、こっそりと調べ物をしていた。鍵のかかった机の引き出しを開けると……あった。

 見つけた黒い袋の中には、ビビッドカラーの錠剤がいくつか入っていた。これが、あの"混ざりもののアクセルバイト"だろう。

 ……証拠が揃った。

 あの女は間違いなくこの組織のガンだ。質の悪い薬で荒稼ぎするなど、高橋組の恥さらしもいいとこだ。一刻も早く取り除かねばならない。確信して、俺は胸糞悪い部屋を出る。

 高橋組のビルの地下奥深く。拷問犯の使うこのフロア。あの女の派閥が占拠している。

 それも、今日で終わりだ。

 時間外労働になりそうだが、今日ばかりは残業しようと思う。



 雪が降っていた。ひらひらと舞う白は、彩度の低いビル背景によく映える。綺麗だな、と思っていた。

「……シドウ、動くなよ、死んだフリしてろ」

 カズシが小声で言った。俺はカズシに口を塞がれているので、もごもごと動かすことで返事をする。カズシが片手に持っていた拳銃の口は、空を向いている。

 そうしていると、どこからか拍手の音が聞こえてきた。周りのビルに反響している。ちら、と目だけで見ると、髪の長いスーツの女が遠くから上機嫌そうに歩いてきていた。

「やればできるじゃーん、最高。カズシくん、昇給」

 カズシは俺と一瞬目を合わせてから、俺から離れる。それから、まるで別人のように「いやぁ」と話を始める。

「そら、ヒメさんのお頼みですからねぇ。俺がクリア出来ないワケないでしょ」

「あら、わたしはカズシくんはお友達を殺せないと思ってたわよ」

「ま、ヒメさんのほうが?大事ですからね?」

「あら、今日はなんだか調子いいじゃない?」

 女は近寄ってきて、しばらく俺を見つめていた。俺はまばたきをしないように、体を動かさないように、じっと息を殺す。

「ねえ、ずいぶん綺麗な死体じゃない?これほんとに死んでるのかしら。どこ撃ったの?」

 女が俺をじろじろ見ながら言った。それはその通り、俺のどこにも血なんかついてないからだ。ばくばくと心臓の音が大きくなる。

 その時だった。パァン、と、さっき聞いたような音が響く。

 思わず死体の真似をやめて、音の場所を探してしまう。すると、カズシが女に向けて銃を構えていた。女は頬に手をやる。一筋の血が女の頬を伝っていた。銃弾が掠めたのだ。女は冷たい声で言う。

「どういうつもり?」

 カズシはしまった、というような顔をしている。が、両手で構えた銃は下ろさない。

「ヒメさんに俺から最期のプレゼントですよ、どうぞ、死んでください」

「あら、また爪を全部剥がされたいのかしら?剥がす爪は戻ってきたのかしら」

「そうはいきません、貴方はここで終わりです」

 カズシが銃を握り直す。と、女も懐から銃を取り出した。カズシが明らかに狼狽する。

「いまやめたらまだ許してあげる。さぁ、どうするの?カズシくぅん」

「う、うおおおお!!」

 カズシが声を張り上げた。続く銃声。空気を突き抜ける銃弾。

 数秒後には、女は血まみれで地面に横たわっていた。俺はゆっくり体を起こし、カズシのそばに寄る。女の死体は脳天に銃弾を受け、銃を握ったまま崩れ落ちていた。大量の血や死体なんて見るのは初めてで、非現実的すぎて、それが死体なのだろうとわかっていても、どう反応すればいいのかわからないし、じっくりと見る気もない。躊躇いながら、ひとまずカズシに「やったな」と声をかけると、カズシは震えながら銃を取り落とした。

「……俺じゃねえ」

「え?」

「撃ったの、俺じゃねえよ」

 しばらく俺たちは黙ったまま、女の死体を眺めていた。すると、背後から靴の音がした。カツン、カツン、近づいてくる音。俺たちは二人で顔を見合せ、音の方向を見つめていた。……そうして姿を現したのは、高橋組のユウキだった。

「いい囮になってくれて感謝する」

 ユウキは女の死体を担ぎあげ、どこかへ運んでいく。その後から、数名の黒い大きなマスクをしたスーツの男たちが、飛び散った血の跡を掃除し始めた。そのうち一人は俺たちの側へ寄ってきて、小声で囁くように言った。

「どうか、口外しませんよう」

 俺たちは目を見合わせて、頷いた。そして、スーツ姿の奴らが血を片付けていくのを見つめながら、二人でだらしなく口を開けていた。



「いい子だね」

 耳に囁かれたその音だけで身体中が熱く、とろけそうになる。季節はもうとっくに冬を迎えるというのに、あたしだけひとり真夏であるかのようだ。

 柔らかく広いベッド。スイートルームは広々としていて、綺麗で、やっぱり彼は凄いんだって感じられて、楽しい。

 柔らかくあたしの頭を撫でる彼の手は大きく、優しい。大人の男の人だ、と強く感じる。あたしを包み込む、力強い腕。からだは細いように見えてしっかり筋肉がついていて、年齢と性別の差を感じてさらにドキドキしてしまう。彼の素肌に、そっと体を近づけると、その腕で彼はよりあたしの体を優しく、大きく抱きしめた。

 ……と、そんな時だった。突然響いた音楽。あたしの兄のやっているバンドの曲だ。少し鳴り響いたところで、彼が体を起こした。彼の着信音らしい。

「誰だろうね。俺は業務時間外なんだけどなぁ」

 ちょっと待ってて、と言って、彼は自分のカバンからケータイを取り出した。夢のような時間が中断されて、あたしはちょっと不機嫌。でも、いい子だねって言われたいから、文句は顔に出さないように頑張る。

「……ヒメが?へぇ……」

 珍しく驚いた様子の彼に、あたしもまた驚く。こうやって一緒にいるようになってから、まだ見たことない彼の顔がたくさんあるんだな、とぼんやり思った。

 電話を切った彼はあたしのそばに戻り、またあたしの頭を撫で、それから言った。

「ごめんね、帰らなくちゃいけなくなった。ヒメカが死んだっていうからさ」

 ヒメカさん、となぞりながら、あたしはどうにか顔を思い出そうとしたが、ただの数字の一としてしか、思い出せなかった。リョウガさんの側近の一。それに、彼のそばにいるほかの女のことなんて、考えたいわけないじゃない。でも、誰かが死んだのなら、まあ、仕方ない。抗争外での殺人は、それなりに珍しいものだし。

「……気をつけて、行ってくださいね」

 いい子だね、が聞きたくて、あたしは聞き分けのいい子のフリをした。でも、彼が口にしたのは、別の言葉だった。

「……ところで、ねえミヅキ、俺の元に来る気はない?」

「え?」

 すっかり別れの雰囲気だと思っていたら、彼の口から出た言葉は脈絡のないものだった。彼はにっこり笑って、もう一度言った。

「このまま俺のとこにおいでよ、ね」

 どう?と聞いてくる顔は、甘く、それでいていたずらっ子のようだった。あたしは予想外の出来事にうまく反応出来ずにいたが、なんとか口だけ動かして、言った。

「も、もちろん」

 それはほとんど反射だった。断るわけなんかない。こんなにも好きで、好きで仕方ないのに、まさか彼の方からそんなことを言って貰えるなんて。というか、どういうこと?よく理解しないまま、気がつけば正座をしてとりあえず頷いていた。

「そう、いい子だね。……外で待ってるから、服を着ておいで」

「は、はい!」

 そう言って、彼は出ていった。あたしはしばらく放心した後、勢いよく枕に頭をぶつけた。

 そうでもしないと、にやけてにやけてやってられなかったのだ。



 翌日のニュースは大変なことになっていた。「高橋組、ついに崩壊!?」「高橋組の幹部、他殺」「高橋姫華殺害、容疑者の行方は不明」……どの局も、同じ話題しかやっていない。

「ヒメカさん、殺されたんだ……あの人が殺される側だとはねえ……」

 知っている顔で言うワタリに、隣で目に見えてギクシャクするカズシ。俺はどんな顔をすればいいんだろうと考えるが、よくわからなかった。

 テレビのニュースキャスターは、あの女の写真を横に報道を続けている。あの女が何者なのか、何をしたのか、なぜカズシが銃を向けたのか、俺は全く知らない。知っているのは、あの女を殺したのがユウキだったということだ。

 だが、カズシが何も考えずに銃を誰かに向けるとも思わない。きっと、"なにか"があったのだ。そして、ユウキもきっと……。

 そこまで考えて、俺は知り合いのことを何も知らないのだと気がついて、なぜだか胸が痛くなった。そうしていると、ワタリが「そういえば」と、人差し指を口に当てながら言う。

「ボク、バイト始めるんだよ」

「え?」

「え?」

 カズシも俺も、突然変わった流れにいまいち乗れないまま、変な声を出した。ワタリはそんな俺たちの様子は気にせずに言う。

「追われてたからこのカッコで働けるとこ探して、いっこバーで決まったんだけど……ヒメカさんが死ぬなら外見は気にしなくてよかったかもね、まあ、こっちのが可愛いからいいけど!」

 悪意のない淡々とした物言いは、慣れている感覚を覚える。きっと高橋組にいたワタリにとっては、"誰かが死ぬ"ことは当たり前のことだったのではないだろうか。

「で、そう、決まったんだよ。明日から出勤なんだ。働き始めたら、来てよ。飲み物作ってあげるね」

 そうして鼻歌まで歌い始めたワタリは、昼飯を作りに台所に立つ。カズシもまた、ワタリのあとについて立ち上がる。テレビの前から立ち上がることができないのは、俺だけだった。



「リョウガ、お前には跡取りとして言っておかねばならないことがある。……ユウキに構うな。たとえ兄弟でも、寝首をかかれることがある。信じるな、誰のことも」

「……はい」

 本邸の大広間に呼ばれ、何事かと思えばこれだ。返事をしながら、俺は下を向いて笑いをこらえていた。だって、本当にバレないんだもの。俺がリョウガと入れ替わっていることに、父親は気づかず、"リョウガ"に話を続けている。

 ああ、はやく終わんないかなぁと思いながら長い説教を終え、俺はリョウガの元へと帰る。俺の部屋。部屋に入ると、ケラケラ笑う弟と、にゃあと鳴く小さな虎猫がじゃれていた。俺が部屋に入ると、リョウガは慌てて姿勢を正した。

「……いいよ、気にしないで続けなよ。リョウガ、いい顔してるよ」

 俺が笑いながら言うと、リョウガは耳まで真っ赤にして、ただ虎猫を必死に抱いていた。リョウガが何かをして笑っているところなんて、レア中のレアだったからだ。

 と、その虎猫がするりと腕をぬけ、俺のところへやってきた。俺が抱き抱えると、またにゃあと小さく鳴く。

「ねえリョウガ、俺、父さんに説教されちゃったよ。俺たち、双子じゃないのに全然バレないよね。もう、おかしくってさ」

「え、なんて言われたの」

「兄弟も敵、ユウキに気をつけろってさ!」

 俺が言うと、リョウガも耐えかねたようで、思いっきり吹き出した。まさか父さんも、本人に向かって気をつけろなんて言ってたなんて、気づいてないんだろう。

 俺たちはひとしきり笑って、それから二人で仲良く猫をじゃらしていた。


 葬式は実に退屈なものだった。ぼんやりと、昔のことを思い出していた。そう、昔、弟の拾ってきた猫を、二人で協力して飼っていた、その時のこと。

 結局あのあとほんとにリョウガが呼ばれて、猫は主に俺が世話してたんだっけ。可愛かったな、気づけばあの子はどこかへ行ってしまっていたけれど、元気だろうか。

 義妹の名前が呼ばれる。理由も、坊さんが何を言ってるのかもわからないのに、俺たちは人が死ぬと、とりあえず葬儀をする。死んだ者が喋るわけでも蘇るわけでもなんでもないのに、死体に話しかけて、心を癒す。

 義妹が死んだのは残念なことだ。それにどうも、他殺らしい。……見当がつかないわけでもない。まあ、あの子は自由にさせすぎたかもね。彼女の部屋を思い出して、片付けは部下に任せようと思った。

 ちら、と隣を見ると、ユウキは真面目な顔で前を向いている。ユウキはいま、何を考えているんだろう。

 葬儀が終わって、一通り挨拶をし終え、場が落ち着いたところで、煙草を吸いに行くユウキについていった。ユウキは疲れた顔をしている。俺が一本取り出すと、すかさずユウキが点ける。バニラの甘い香りが体をぬけ、煙になっていく。

「大変だったね。いや退屈で仕方なかったよ」

「……そうだな」

「でも、突然だったよね。ヒメカ。犯人は不明って、通り魔にでもやられたのかな。ねえ?ユウキ」

「……さあな。お前こそ、義妹とか言ってた割には、反応が薄いんじゃないか?」

「もっと泣き喚けばよかった?」

「いや、別に……」

 泣きわめく俺を想像したのか、げんなりした顔を横に振る。俺はケラケラ笑った。

「知ってるよ。お前がやったんでしょ」

 ユウキがピタリ、と動きをとめた。ピンと空気が張り詰め、じっと俺を見つめ、出方を伺っているのがわかる。

「いいよ、別に気にしてない。代わりの面白いものなら、もう手に入れたからね」

「……代わり?」

 ユウキが不思議そうに首を捻る。俺はニコニコしながら言った。

「ミヅキを飼うことにしたんだ」

 その時のユウキの顔は、笑わずにはいられないものだった。



 翌日。俺とカズシは初出勤のワタリを見に、夜に噂のバーへと出向いていた。

「なんか、新しい店だな」

「ああ」

 まだ始まって間もない店なのだろうか。雰囲気のある木製の看板も新しさが伺える。俺たちはしばらく店を眺めてから、足を踏み入れた。BAR White Lily。

「いらっしゃいませ……あ、来てくれたんだ」

 出迎えてくれたワタリは、水色の髪をツインテールにまとめ、青のカラコンを入れて、黒いフリルの多いドレスを着ている、もはやお馴染みのスタイルだった。カウンター席に案内され、席について一息ついたところで、店の奥の方から「あ……あ……」と聞こえてきた。思わず振り向くと、そこにいたのは、エプロンをつけた、自治警察のハルだった。

「お、お前!キノシタシドウ、なんでここに!?」

「いや、ワタリがここで働くって言ってたから……飲みに来たんだけど……」

「黙れ!ハルはまだ、お前らのことなんか全然許してないっス!」

「落ち着け、ハル」

 今にも飛びかかってきそうなハルを押さえ、店の奥から出てきたのは、大男のマサキ。自治警察でセイラの側近をしていた二人だった。

「……店、始めたのか?」

 ぐるるる、と威嚇をし続けるハルの頭をわしゃわしゃにして、マサキは頷いた。(「マサキ!なにするっス!」とハルが騒いでいた)

「自治警察はお嬢様が亡くなってから事実上崩壊している。俺たちはひとまず、自分のできることをやろうと思って。まあ、飲んでいけ。味には自信がある」

 俺たちはワタリに誘導され、カウンター席についた。向かいに立つのはワタリとハル、マサキ。

「みんな知り合いだったんだね。じゃ、ちょうどよかったかもね」

 なにもちょうどよくはないが、ここで再び自治警察の二人に会えたのは、何かの縁かもしれない。

「ところで、なんでBARなんか」

「……お嬢様が昔、おっしゃってたのです。店を構えるのが夢だと」

「店を?」

「お嬢様としては、普通の仕事として店を経営することをあげていたんでしょう。それで、この店を作ったんです。ほんの数週間前のことです」

「そうか……」

 と、その時、中の水が吹っ飛びかねない勢いで、俺とカズシの前に水のグラスが置かれた。

「お冷っス」

 ハルはそれだけして、ふいっとそっぽを向いてしまう。およそ客にする態度ではないが、俺はすぐにその水を少し飲んだ。冷たい。

「さてさて〜、二人はどんなの飲みたい?ボクなんでも作るよ〜!」

 元気なワタリにおまかせで頼むと伝えると、しばらく経って出てきたのは緑色のカクテル。一口飲んで、広がるミントの香りに、これは前にカズシと飲んだ時の酒だなと思い出した。ふと横を見ると、ばっちりカズシと目が合う。俺はしばらく言葉の出ない声を発してから、もう一度カズシを見た。

「……なぁ、カズシ」

「おう」

「お前の話が聞きたい」

「え?何突然……?俺の話って、どこから」

 明らかに困惑しているカズシに、俺は息を吸って言った。

「……俺、お前のことも、みんなのことも、全然知らない。それが何故か、苦しいんだ。お前のことが知りたい。お前が何を考えてるのか、何をやっているのかも」

 カズシはしばらく間を置いて、部屋のメンバーを見回し、「……今日、貸切にしてくれねえか」と一言。マサキが頷くと、ハルは渋々店の看板をさげにいったようだ。そうして、カズシは俺をじっと見た。

「そうだな、お前に話してないことたくさんあるもんな」

 俺は頷いた。カズシはカクテルを一口で飲み干す。背の高いグラスをワタリに渡すと、ワタリはまたべつのカクテルを新しいグラスに入れた。今度は細くないグラス。透明な液体に、刺さったレモン。

「俺、高橋組の小間使いやってたんだ。脅されてな。元々フツーに情報屋やってたんだけど」

「うん」

「いつのまにか便利屋扱いでさ。今回は、お前を殺せって言ってきた」

「俺を?」

 驚いて自分を指さすと、カズシは頷く。

「レンゴウカイ、大きくなったら驚異になると思われてるんだよ。だから今日、俺はヒメさんを……あの女をおびき寄せて、殺そうと思ってたんだ」

「え、あれ、カズシちゃんがやったの?」

「そ、それが……ちげーんだけどよ」

「なーんだ」

 ワタリは残念そうに言った。

「とにかく、まあ、そんなとこ。お前の聞きたいこと、言えたか?」

 俺は少し考えて、頷いた。胸の痛みが、ちょっと収まった気がしたのだ。カズシがちゃんと話してくれたことが、嬉しかった。

「それより、高橋組はこれからどうなるんだろうね?ヒメカさんいなくなって、派閥とかさ」

 ワタリは自分もカクテルを飲みながら言う。

「高橋組の中も混乱するのは避けられないと思うな。レンゴウカイも対策立てて行かないと、予想外の刺客が来たりするかもよ」

「予想外の刺客、ねえ……」

 カズシはもう酔い始めているようで、顔が赤い。俺は自分のグラスにちびちび口をつけながら、カズシを担いで帰らなければならなくなる可能性を考えていた。

「で、これからのレンゴウカイはどうするつもりですか、リーダー」

 ワタリは今度は俺に振ってきた。

 これから。今の活動を広げていけば、どうなるんだろう。カズシの言う通り、高橋組との衝突は避けられないのだろうか。俺は戦いたいわけじゃない……。様々な気持ちが混ざって、言いたい言葉がまとまらない。

「まあ……とりあえず、頑張りたい……」

「ふふ、まあシドウちゃんらしいね、良しにしてあげよう!」

 ワタリはそう言って笑う。と、俺は隣で早くも潰れそうなカズシを見て、今日はこのへんにすると伝えた。

 帰り際、マサキと、マサキに隠れながら俺を睨みつけるハルに、またきてもいいかと尋ねた。ハルは相変わらず嫌そうだったが、マサキは頷いた。今度から飲む時はここへ来よう、と思った。

 カズシを担ぎながら帰り道を歩いた。ワタリは店の片付けが終わってから帰るという。女ひとりでは心配だが、あれだけ強いなら大丈夫かもしれない。

「わりーな、シドウ、一気に飲みすぎちまったよ」

 俺の背中でカズシが言った。

「気にするな」

「俺、ずっとずっと……ヒメさんに痛めつけられててよ、でも俺一人が傷つくだけならいーやって……思ってて……でもあの人の口からお前の名前が出た途端……耐えきれなくなって……早く何とかしなきゃって……」

 カズシの呂律が回らない言葉を聞きながら、俺はうんうんと頷いていた。

「一昨日、マジで怖かったんだけどよ……お前のことも傷つけるかもって、ほんとに怖かったんだよ……でもなんか、よくわかんねーけど結果的にはうまくいって……ほっとしたし……やっとあの女から解放された……」

「……お前はずっと一人で辛い想いをしてたんだな」

「うん……きつかったわ……」

「……なあ、今度から、今度からは……俺にも頼ってくれないか。単独行動ばっかじゃなくて。……お前もレンゴウカイのひとりだし、俺は、その、リーダーだから。誇れるリーダーかどうかは、別だけど……」

「……もうお前は立派なリーダーだと俺は思うけどな」

「え?」

「お前はお前でいいんだ。背伸びすんなよ。でも、そうだな。もうちょい頼ってやってもいいよ、こんなふうにな」

「これは物理的にだけど……」

「家まで頼むよリーダー!」

「はいはい」

 俺はタクシーの気分になりながらカズシを担いでいった。ふと空を見れば、白いものがまたチラついている。雪だ。もう、冬になったのだ。

「……よし」

 冬の俺は、また少しリーダーになれていたらいいな。


れんごうかいのさんじゅう おわり

れんごうかいのさんじゅういち に つづく

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