れんごうかいのにじゅうきゅう
◆
今日も耳障りなケータイが鳴る。仕事用の最重要なケータイ。着信音でせめて嫌味ったらしいのを緩和しようと流行りのロックを設定したが、今ではこのリズムを聞くことすら嫌になってきている。名前も知らないこのバンドのことさえ、嫌いになってきた。三コール鳴る前にさっさと出る。仕事用の声。
「はい、カズシです」
『あら、今日はずいぶんとお行儀よいじゃない?いいことでもあったのかしら』
「そりゃ、アレですね、ヒメさんからの電話なんてドキドキしますから。俺、純情青年なんで」
『ふふ、殺すわよ?』
冗談がおっかねえ女。いや、冗談じゃねえかもしれない。俺は身震いした。世の中には、考えないほうがいいこともある。
「んで、あの、なんですか?ヒメさんからの電話って、俺にとっちゃ大事なことベストスリーなんすけど」
遠回しに早く要件を言えとせっつく。聞く前に相手の口から出そうな言葉を一瞬で頭にちりばめたが、そのどれも不正解だった。
『ほら、最近このあたりまとめてる……レンゴウカイ、ってチーム、あるじゃない?』
レンゴウカイ、という単語に、俺の口からすべての内臓が出そうになった。
「え?」
『あんたも何枚か噛んでんでしょ~?わかるのよぉ』
ドキドキと心臓がはじけ飛ぶんじゃないかってくらいの動悸がする。変な汗が一気に噴き出してくる。思考回路が一気に最悪の状態になる。一体いまから、俺は何を命令されるんだろう。
『なんかさぁ、あんまりちっちゃなチームに力つけられると面倒なのよねぇ。あんたもわかるでしょ?高橋組の小間使いさん』
いつから俺は高橋組小間使いになったんだ。ただの情報屋なんだぞ、と思いながら、声にならないテキトーな相槌を打つ。
『出る杭は打つって言うじゃない?それをさあ、先にあたしがやっといたら兄さんに褒められるかなぁ~って』
「はぁ……?」
この女の兄さん、というのはタカハシリョウガのことだろう。
『だから、レンゴウカイのアタマと話してさぁ、潰してきてよ』
「は……」
この女はつまり、私欲のためにただの一不良チームを潰したい、ということか?そのうえ、なんで情報屋の俺に言うんだよ。意味わかんねえよ、と思う反面。
レンゴウカイのアタマ……シドウの身に危険が及んでいる。
『もちろん、やってくれるわよねぇ?』
「……そ、れは」
こみあげる吐き気を抑えながら、俺は仕事用の声で返事した。
◆
街路樹は葉を落とし、店は彩度を下げ、空までが灰色がかって見える。秋の終わり、いや冬の始まりの匂い。乾燥していて、冷たくて、どこか澄み切っている空気。
「シドウさん、おはよーございます!」
「おはよーっす、シドウさん!」
「あ、シドウさん!今日も眠そうッスね!」
街を歩けばそれなりのヤツが振り返り立ち代わり俺に声をかける。それに俺は軽く会釈して、右手をあげて答えながら歩く。そして、リーゼントやそりこみ入りの不良から大きなゴミ袋を受け取っている、くせの強い黒髪を見つけて、肩を叩く。
「あ、シドウさん、おはようございます」
「おはよう、カイト。朝の清掃、任せてごめん」
「いいんですよ、俺の仕事ですから」
そう言ってカイトは笑う。日本一優等生な不良の笑顔。最近制服の着崩し方がらしくなってきた気がするが、その制服が優等生であることを示している。
秋の初め頃から、俺はレンゴウカイをまとめるために集会に顔を出したり、レンゴウカイを名乗る奴らに会いに行ったりと活動をはじめ、ようやく今では基本の活動に大人数が参加するようになってきていた。この、毎朝の清掃行事はカイトの提案だが、毎朝不良たちが集まって汚い街を掃除していく姿は爽快だった。
レンゴウカイがまとまっていく過程で、いくつか不良のチームを吸収することもあり、レンゴウカイはさらに大きくなったし、どこか街の若者たちのなかにまとまりができたような気がする。前よりもバカみたいな意味のないケンカは減ったし、少しずつレンゴウカイにも上下関係ができて、チームとして落ち着いてきた感じがする。
俺はカイトにその場を任せると、別の場所も見回っていった。町の清掃は広範囲で行っている。全員に顔を見せておかないといけない。
……この街は俺が守る。この頃の俺はそう強く感じ、ほんの少し調子に乗っていたのかもしれない。
朝の清掃が終わり、それぞれの場所を監督してくれていたキョウ、カイト、カズシ、ワタリに声をかけた。いつの間にか、中心になってくれていたメンバーがいわゆる「幹部」になっており、俺はその幹部に指示をして、動いてもらうことが多かった。
汚い街からは、毎日山のようにゴミが出る。それでも、始めたころよりは少しずつ、ゴミの量が減っている。綺麗な場所にはゴミを捨てにくいという心理が働くのだとカイトが言っていた。確かにそうかもしれない。
「今日も綺麗になりましたね」
清々しい顔をしているカイトに比べ、キョウはめんどくさそうにあくびをしている。ワタリはいつものフリフリの格好にハイヒールなのに、その場の誰よりも手早くゴミを運んでいる。ただ、カズシだけはなんだかぼんやりと下を向いて動きが止まっている。目の前で手をひらつかせても反応のないカズシに、ワタリはデコピンをした。
「どうしたの?キミもゴミと一緒に出す?」
「……あー、なんでもねえよ。ってか、俺はゴミじゃねえ!」
そうしてようやくゴミを持ったカズシの顔色は暗かった。
その日、カズシは先に帰ると言って足早にその場を去った。ワタリも続いて後を追いかけていった。俺とキョウとカイトも解散した。
学生やサラリーマンの多い通学・通勤の時間帯、俺はみんなの進行方向と逆に歩いていく。なぜなら、特に何の用もないからだ。一日中だらだらと街を歩いて、ふらふらとあちこち寄って、集会して、家に帰る。ここのところ、そんな毎日を過ごしていた。
と、いきなり目の前に飛び出してきた影に足を止めた。仁王立ちで俺を上目遣いににらみつける金髪の少女。赤チェックのスカートにネクタイが特徴的なその制服は、見ただけで学校のランクに惚れ惚れする。
「ミヅキ」
「ああよかった。馬鹿だからあたしの名前、忘れちゃったんじゃないかと思ってました」
息をするように罵倒しながら、ミヅキは俺の左腕に腕を絡めてきた。そのまま受け入れて、歩き出す。ミヅキと会うのは、少し久しぶりのように感じた。そう、カイトの指輪を探した日からずっと、会っていなかった気がする。
「どうせ今日も用事も何もないんでしょ?だったらあたしとデート、しませんか」
「いいけど、どこに行くんだ」
ミヅキは、はあ、と大きなため息をついて、また俺を睨む。
「そこはしれっとデートプラン考えといてくださいよ。んも~。さすがシドウさんですね。仕方ないからあたしの買い物に付き合わせてあげますよ」
俺は、ごめん、と言いながら、ミヅキの小さな歩幅に合わせて歩いた。俺のでかいボロボロのスニーカーと、ミヅキの小さなローファーが、とてもちぐはぐに見えた。
「今夜、何の日か知ってますか?」
高そうな洋服を必死に漁りながら、ミヅキが言った。俺は記念日関係には疎くて、いつも女に睨まれるほうだった。この時も例外でなく、必死に考えたが、わかるはずもなかった。なかなか答えが出てこない俺に、ミヅキはやや気分を悪くしたようだ。
「今日はですね、あたしと、リョウガさんの、デートの日、なんですよ」
言った後、ミヅキは一人できゃあきゃあと楽しそうに笑っている。……そんなのわかるはずがない。
「あ、でもほんとはみんなには内緒だから、言っちゃだめですよ!絶対」
「ああ」
「えへへ、いつもはデートできないんですけど……リョウガさん、忙しいし。だけど、今日は……今夜はいいよって言ってくれたんです。時間作って、会ってくれるの!もう、ずーっと楽しみにしてた……」
ミヅキは丈の長いワンピースを鏡越しに自分に合わせる。ご機嫌な顔とは裏腹に、ワンピースのサイズがぶかぶかで合っていない。だが、そんなことは気になっていないようだった。
「だから、勝負服!デート服買うの手伝ってくれますよね?」
それから、こっちですか?こっちですかね?と服をとっかえひっかえする今日のミヅキは、普段の大人っぽくすましている表情ではなく、なんだか一気に年頃の女の子に戻ったようだった。恋する少女の顔。
「今日、初雪が降るらしいんですよ。好きな人と初雪……ロマンチックじゃないですか?」
「そうだな」
「あ、シドウさんにもそういうロマンスわかるんですね」
けらけらと笑うミヅキには、嫌味は感じられない。俺はふっと笑った。
「……夜が楽しみだなぁ」
ミヅキはうっとりした顔で呟いた。
「そういえばレンゴウカイ、けっこう有名になって来てますよね。ネットでも、話題、あがること多いです……街の掃除してたり、ジチケーの手伝いしてたり……」
昼飯のハンバーガーを食いながら、俺は顔を上げた。ミヅキはスマホの画面をスクロールさせ、レンゴウカイと名のついた文章を次々読み上げていきながら、しなっとしているポテトを口に運んでいる。
「でも、こんなことして何になるんですか?」
「……わからない。でも、俺はこの街を守りたいんだ」
「この街はもともと汚い街ですよ、掃除なんかしなくても」
ミヅキは小さな口に、ハンバーガーを半分押し込んだ。
「それでも、セイラが守っていたものがあるだろ……例えば、その、大けがをさせるケンカは取り締まるとか、詐欺は駄目だとか、質の悪いクスリを取り締まるとか……俺はそれを引き継いで守っていきたいんだ」
セイラという名前に、ミヅキの眉間に皺が寄る。頬張ったハンバーガーを飲み込んでから、ミヅキは小さく「あの女のためですか」と吐き捨てる。いや、と俺は口に出さずに心の中で答えた。
セイラだけじゃない。俺はミヅキのことだって守りたいのだ。ミヅキにこの街を変えてほしいと言われたその時から、すべてが始まった。……ミヅキが覚えているのかは、わからないが。
「この街はリョウガさんの街ですよ。ジチケーのものじゃない」
当然だと言わんばかりに言うと、ミヅキはまたポテトを頬張った。俺は何も言わずに、ただハンバーガーを口に押し込んだ。
ミヅキがリョウガさん、と呼ぶ人物に俺はまだあったことがない。いや、もしかしたら知らないうちに会っているのかもしれない。だが、はたしてミヅキがこれほどまでに慕うような人物なのだろうか。
俺は少しずつ、タカハシリョウガという人物に興味を持ち始めていた。
◆
今日の夜は、今年初めての雪が降るらしい。
事務室の中で、天気予報を確かめながら、俺は今夜のことを考えていた。
「ユウキ、どうしたの。ぼーっとしてるよ。飴でも舐めるかい?」
「いえ……すみません」
ニコニコと棒付のキャンディを差し出す上司を手で制す。俺はあまり甘いものは得意ではなかった。それを知っているのに、この人はいつも俺に飴をすすめてくる。
「一本吸ってきます」
「あの子のこと、考えてるの?」
席を立とうとしたが、腕を掴まれてそう聞かれる。俺は黙ったまま、何も答えなかった。あの子、という言葉は、俺たち……高橋組の幹部なら、瞬時に伝わる呼称だった。
「……俺の可愛い女の子、いまどこで何してるんだろうね?」
「一本吸ってきます」
上司の腕を振り払うようにして俺は部屋を出た。カタン、と靴音が廊下に響く。俺は大きくため息をついて、ひとまず喫煙所を目指した。別に我が社は分煙しているわけではないが、俺の上司は煙草の煙が得意ではなく、事務室で吸うと遠回しに嫌味を言われる。
あの子……彼女ならきっと、今日の夜を楽しみにしているだろう。約束を取り付けたとき、キラキラとした目で、満面の笑みを浮かべ、しかしおとなしく、ただ頷いていた。そんな愛らしい彼女と約束をしたのは俺だ。
だが今夜、そんな彼女の腕をとるのは俺ではない。
非常階段の扉をあけると、そこに俺がよく使っている灰皿がある。山のような吸い殻。俺はまた、懐の愛用の箱から一本取り出して、口にくわえ、火をつける。煙が体を通り、嫌なものまで絡めとって吐き出されていく感覚。はっきりとしてくる意識。そうだ、今日は上司のデートについて頭を悩ませているような暇はないのだ。
それよりも。
明らかに社内で怪しい動きをしている派閥があった。もう言わずもがな、拷問班をまとめている異常性癖女、ヒメカの派閥である。最近表だった仕事がない分自由にさせていたが、それにしても異常に静かすぎる。…何か企んでいるに違いない。高橋組という名前を騙って勝手なことをされては、我が社のブランドに関わる。なんとしてでも何をしようとしているか突き止めねばならない。
「……はあ」
転職したい、と思いながら、俺は空に煙を吐いた。この不景気で、ほかに条件のいい仕事はないだろうか。仕事には、結構自信があるのだが。
◆
「どお、リョウガさんに会うのにいい女ができあがったでしょ」
新調したワンピースとハイヒールに身を包み、トイレでメイクをしてきたらしいミヅキはポーズをとってみせる。まだ幼さの残るミヅキにはアンバランスな大人の女性のいで立ち。俺はいいとも悪いとも言わず、ただ拍手した。ミヅキはそれだけで満足そうだった。
ミヅキの買い物に付き合っているうちに、いつの間にか夕方になっていた。外へ出ると、ミヅキは俺に自分の制服の入った紙袋を渡してきた。
「あたし、今日は帰りませんから、それ、シドウさん家に置いといてください。また取りに行くんで」
ああ、と頷いて紙袋を受け取る。ミヅキの買った店の名前が入っている紙袋。俺には百均の紙袋と違いがわからないが、店の名前が入っていれば価値が違うのだろうか。
「……どうしよう、まだ待ち合わせにもうちょっと時間がある……ねえ、変じゃないですか?大丈夫ですか?」
そう言って俺の前をくるくる回って見せるミヅキからは、鈍感な俺でもキャッチできる恋する女のオーラを振りまいている。その一挙一動が、彼女のタカハシリョウガへの想いの表れなのだろう。
「……タカハシリョウガって、そんなにすごいのか」
俺は思う前に口に出していた。ミヅキはぴたりと回るのをやめて、咳ばらいを一つ。それから俺を睨みつけるようにして言う。
「リョウガさんは、あたしに手を差し伸べてくれた。あたしを拾ってくれた。あたしをわかろうとしてくれた……いまのあたしのすべてなの。……あなたにはわからないだろうけど!」
そう言うと、ミヅキはご機嫌そうにスキップをしながら俺より少し前を歩いていく。ずきん、と胸の奥が痛んだのはなぜだろう。……ああ、そうだ。
ミヅキは俺のことを知っているかもしれないが、俺はミヅキのことをよく知らないのだ。
「それじゃあ、あたしはここで。デート、成功するように祈っておいてくださいね」
ミヅキはそう言って待ち合わせ場所へ向かった。取り残された俺は、さっきよりも重たく感じる紙袋を手にもって、カズシの家に帰ろうと足を動かした。
そのときだった。
「よーお、荷物持ちさん」
「カズシ」
俺の背中をぽんと叩いたのはカズシだった。朝の浮かない顔はどこへ行ったのか、いつも通りの笑顔を浮かべている。カズシは視線の先でミヅキを追い、やがてミヅキが見えなくなってから、また俺に向き直った。
「捨てられたな」
「違う。今日はただ買い物に付き添っただけだ」
「はいはい、言い訳は結構結構!悔しいよなぁ~ナンパでもしに行くか?」
「それはいい」
喋りながら、カズシに合わせて歩く。方向はカズシの家とは反対。
「いまからどこか行くのか?」
聞くと、カズシは、へへ、と笑うだけで何も答えなかった。心なしか、カズシの横顔が硬く見えたが、やはり体調が悪いのだろうか。俺はうまく聞けないまま、カズシの少し後ろをついていった。
俺たちは暗くなる空に合わせたように、人通りの少ない場所へと歩いて行った。
あたりはすっかり夜になってしまっていた。吹き抜ける風は冷たく、やっぱり夜になると秋よりも冬だと感じる。その合間の季節。カズシはだんだん喋らなくなり、俺はただついていくだけになっていた。人影はない。閑散とした住宅地。特に合図もなく路地に入っていくカズシに、慌ててついていく。
「なあ、どこへ行こうとしているんだ」
暗くて、ここがどのあたりなのかよくわからなくなってきている。カズシを見失うわけにはいかないと、必死でついていく。カズシは曖昧な言葉にならない返事をして、しかし足を止めることはなかった。
「なあ、カズシ。なあってば」
「……いいから、もう少しだから」
意図的に捨てられた吸い殻のようなもの、散らばったお菓子の箱、スプレー缶……そのゴミの多さから、少なくともレンゴウカイの手がまだ届いていない場所であることがわかる。路地裏をさらに裏に入り、そのまた裏に入る。道は細い。何かあっても逃げられないであろう場所に、やや緊張感が高まっていく。
「さ、ついたぜ」
カズシがそう言ったのは、行き止まりだった。室外機や一斗缶なんかが通路を占めており、広くはない。床には落ち葉とゴミが一体化したようなものや、ぐしゃぐしゃの新聞紙なんかが落ちている。
「……ついたって、どこに」
思わず俺は聞き返していた。カズシの目的地がここだというのなら、あまりにも何もなかったし、一体カズシは何のためにここへ来たというんだ。だが、カズシのほうは落ち着いていて、逆さになっている油の缶に腰かけると、俺にも転がった一斗缶に座るように促した。恐る恐る、その通りにする。
「ここはさぁ、レンゴウカイの手がまだ届いてない場所。……高橋組の領土だ」
高橋組、という言葉に緊張が走る。意識せずとも動悸が激しくなっていくのを感じた。
「なん、のために」
「いやー、お前とちょっと話しなきゃいけなくなっちまって、さ」
カズシは膝の上で手を組み、淡々と喋る。俺とは目を合わせない。
「ちょっと高橋組さんのほうで、街好き勝手にされちゃ困るなァ、って言う人たちがいたんですよねぇ」
カズシの口調や声色は、気づけばいつもと違うものになっていた。俺はカズシではなく、知らない営業マンと喋っているような気分になる。
「まあ、街を綺麗に~とか、チームをひとまとめにして~とか、そういうの、いいと思いますよ?思いますけどねえ、なーんか駄目、そう、駄目なんだってよ、都合悪いことしにく……おっと、まあ、治安荒れてたほうがやりたいことできるって人も、いるんですよねぇ」
ははは、と笑うカズシの目は笑っていない。俺はぽかんとしたまま話を聞いていた。
「つきましては、レンゴウカイを解体してほしい、というご依頼が、ですね、来たわけなんですよ」
「……カズシ、お前一体何言ってるんだ?」
「いや、わかりますよ?そりゃタダで、とは言いません。積めるものはたっくさん積ましてもらいますよ。おいくらでも、ね」
「……俺は別に、金のためにやってるんじゃない。ただ、街を守りたくて……」
「……ふう、わかりました。そうですよね、いきなり言われても、レンゴウカイのリーダーさんとはつまり、交渉決裂、ですね」
カズシはまるで台本を読んでいるかのように言った。ふうん、そっか、そうですか、と大きく独り言を言ってから、カズシはウエストポーチから何かを取り出した。
夜の少ない光を受けて暗くきらめく、それは。
拳銃、だった。
「……じゃあ、死んでもらいます」
カズシは両手で銃を構えると、迷わず引き金を引いた。パン、と音がした。それは思っていたよりもあまりにも軽い音だった。ぐらりと視界が揺れる。そのまま後ろに倒れてしまいそうになる。
なあカズシ、お前は。
開こうとした口は、無理やりふさがれた。その時。
空から白いものが降ってきているのが見えた。
……初雪だ、とぼんやりとした頭で思った。
◆
超高層ビルの屋上にある俺の秘密のバーは、普通の席のほかに、テラス席がある。そのテラス席を貸し切って、俺は俺の可愛い女の子との時間を楽しんでいた。この時期、ビル風も相まって非常に寒いが、絶対にこのほうがロマンチックだから大丈夫だ。
「あ、見てください!リョウガさん、雪!雪です!初雪ですよ!」
舞い散る今年初めての雪のかけらに、俺の可愛い女の子はすっかりはしゃいでいる。その様子を見ながら、俺はワインを一口含んだ。……うん、いい時間だ。
彼女と会うのは久しぶりだった。本当は毎日毎日会って見ていたいが、そうもいかない。俺は顔を上気させて走り寄ってきた彼女の頭を撫でた。彼女は締まらない顔で笑う。
「えへへ、あの、リョウガさん」
「なあに」
「リョウガさんとのデートの日に、初雪が見られるなんて……その、ロマンチック、ですよね」
「……そうだね」
彼女の肩に手を回し、顎のあたりをなでると、彼女は真っ赤になって固まる。おいで、と言って膝に乗せると、体全体からその緊張が俺にしっかり伝わって、面白い。
ああ、本当にこの子は面白いなぁ。
「りょ、りょうがさん」
ひざに手を這わせ、そっと撫でると、彼女はもっとカチコチになってしまう。可愛いね、と頭をなでると、顔を真っ赤にしてうつむく。
この子は、圧倒的に少女なのだと俺は思う。まだ女にはなれていない。しかし、ただの子供ではない。少女。それがこの子を体現する呼称だろう。それはいくら大人っぽいワンピースに身を包み、高いヒールを履いていても変わらない。彼女の価値は、衣服などでは変えられない。
俺は、それが面白くて、いつもこの子と会うのを楽しみにしている。
「あ、あの、リョウガ、さん」
「……どうしたの」
「……す、すき、です」
「ああ、俺も」
うつむく彼女の顎を掴んでそのまま唇を奪うと、一瞬で彼女の全身が強張る。そのまま腰を寄せ、抱きしめ、一度唇を離し、再び深く口づけをする。舌を絡めると、彼女の熱い息が漏れる。そっと唇を離すと、彼女は真っ赤な顔で息を荒げ、固まっている。
「……可愛いね」
そう言って髪を梳く。何度も、何度も。俺の手に体を委ねる彼女に可愛いねと声をかけながら、俺はぼんやり昔拾った猫のことを思い出していた。
弟が拾って来た猫。
そして、この子もまた……。
「りょうが、さん」
俺の膝の上でくたっとなってしまった彼女は、弱弱しく俺の背に手を回し、俺に体を預けた。
「いま……あたし……しあわせ……です」
「そう」
いい子だね、と言って、俺はまた彼女の頭を撫でた。雪と少女。甘いワイン。
贅沢な休み時間だな、と俺は思った。
【れんごうかいのにじゅうきゅう おわり】
【れんごうかいのさんじゅう に つづく】
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