れんごうかいのにじゅうはち


 蒸し暑い夏の夜。にぎやかな縁日。屋台の明かりが夜にまぶしく、人は無数に流れていく。はぐれないように、ふらふらとあちこちに目を奪われる幼馴染の手を離さないようにぐっと握る。幼馴染は、思うように歩けなくて、ちょっと不機嫌だ。

「ねえカイト、あれはあれは?」

「あれは射的。でもどうせ何もとれない仕様になってる」

「あ!わたあめたべたい、ねえ、わたあめたべたいな」

「さっきトウモロコシ食ったばっかだろ」

「あ!ねえあれ!みて!きれい!」

「あれは……」

 あれは、ねえあれは、と引っ張る幼馴染の指の先にあったのは、縁日のおもちゃ屋だ。たいてい馬鹿に高くて、ぼったくりになっている。俺は首をゆっくり横に振ったが、今度こそ幼馴染は従わなかった。俺の腕を下に下に引っ張り、俺は抜けそうな肩を抑えながら「わかった、わかった、もらったおこづかいで買えるやつ、一個だけにしよう」と幼馴染をなだめた。幼馴染は満足そうににこにこしながら、いまにもかけださんばかりに屋台に向かう。

 屋台では強面の男が気味の悪い笑顔を浮かべていた。ここら一帯の屋台は、噂によれば暴力団が仕切っているそうだから、この男もそうなのかもしれないなと思った。無意識に、幼馴染よりも前に出る。

 幼馴染は水鉄砲や刀の形をした風船や、いろんなものに興味を示した後、最後に手に取ったのはごちゃごちゃと小さなかごに詰められていた、おもちゃのアクセサリーだった。

「あたし、これがいいなぁ」

「そんなの買ってどうするんだよ」

「王子様がむかえにくるの!!」

「来ねえって……」

 しかし幼馴染は手に持ったピンク色のプラスチックの指輪をもって離さない。模られているのはシンプルな花。俺はやや値段表を睨みつけながらも頷いた。すると、幼馴染はにこにこしながら、俺に水色のプラスチックの指輪を差し出した。こちらはリボンの形をしている。

「こっちがカイトのね」

「……いや、いらねえ……」

「いるでしょ!!お姫様がむかえにきてくれるかもしれないじゃない!」

「アグレッシブな姫だな」

「ねえ、ねえ、おそろい、おそろいにしよ」

 いいでしょ、とせがむ幼馴染に根負けして、俺も法外価格のプラスチックの指輪を買うことにした。残りの小銭の枚数を数えながらため息をつくが、隣には満足そうな幼馴染がいて、まあいいかと考え直す。

「ねえねえ、これ、約束ね?」

「は?」

 ピンク色の指輪は幼馴染の小さな指には少しぶかぶかで、それでも縁日の強い光に照らされると、まるで宝石かのようにきらめいて見えた。カイトもつけて、とせがまれて、とりあえず人差し指にはめると、「約束の指は小指なの!」と、勝手に付け替えられる。

 そうして、お互い指輪をはめた小指を絡めた。

「ずっと一緒の約束ね、これ。絶対ずっと持っててね」

「わかったわかった」

 そうして俺たちは、指切りげんまんと声をそろえた。幼馴染の心から楽しそうな笑顔を、まだ覚えている。


「……ない」

 痛む体を必死に動かし胸元をまさぐると、べちゃべちゃと嫌な音がする。体中が痛い。それでもなんとか腕を動かし、寝返りをうち、腕と足を少しずつ動かして、這って水の中を抜け出した。地面の上に出て、仰向けに寝転んでから、また首元を探す。とっくに体は冷え切っていたが、それとは別の冷たい感覚が背を伝っていくのを感じた。

「ない」

 再び口にすると、ようやくはっきりとした絶望が湧き上がってくるのを感じた。



「カイトがやられたんだけど」

 扉を開けた瞬間、仁王立ちした制服姿の少女に睨まれて、思わず一回扉を閉めそうになってしまったが、しっかりとローファーが扉を止めた。

「ちょっと顔貸しなさいよ」

「はい……

 上着も取りに戻らずに不機嫌なミヅキについていく。起きたばかりの眠気はどこかへ吹っ飛んでいた。


 ミヅキに案内されるままにカイトの家に着いた頃には、日が高くなっていた。インターホンも鳴らさずに勢いよく扉を開けたミヅキについて玄関に入る。脱ぎ捨てられたミヅキのローファーの隣に靴をそろえて脱いで、どかどかと廊下を歩くミヅキを追いかけていく。ミヅキは乱暴に部屋の扉をあけ、俺に目で中に入るように促した。カイトの部屋だった。

 部屋に入ると、正面に見えるベッドにカイトが横になっているのが見えた。そばに寄ってよく見てから、俺はドキリとした。俺を見上げる目は腫れ、頬は青くなり、大きめのガーゼで不器用に止めてある口元は赤黒い。

「シドウ……さん」

「お前、何があったんだ」

 なんとか起き上がろうとするカイトを止めて、ベッド脇にこしかけた。ミヅキは腕を組んで、入り口のドアにもたれかかり、こちらを睨みつけている。

 カイトは俺を見上げ「なんでもないです」と口にした。なんでもないわけはないだろうが、俺はそれ以上カイトに踏み込んで聞く言葉が浮かばず、そうか、と返事をするしかできなかった。

「そんなことより、探し物が」

「……さがしもの?」

「なんか、カイト、落としたらしいんですよ。誰にやられたのか、顔見てないって言うんですけど、探し物があるから外に出してくれって、言うんです」

「外にって……」

 そういうと、ミヅキは呻きながら起き上がろうとしたカイトの腹に一発ぶちこんだ。あ、という間もなく、カイトは別の種類のうめき声をあげながら布団にもぐっていく。

「お前、ほんと、覚えてろよ……」

「なによ。安静にしてなさいよ、ケンカ慣れてないんだから。まったく、いったいどこのどいつにボコられたわけ。シドウさんの側近に手だすなんて、いい度胸じゃない。ねえ?」

 視線を向けられて、俺はとりあえず頷いておいた。それからカイトを見た。俺を見上げるカイトの目には、焦りが浮かんでいるように見えた。

「探し物なら、俺が代わりにやるよ。何を落としたんだ」

 カイトは黙ったまま、答えなかった。


「これは由々しき事態ですよ」

「はぁ」

「はぁ、じゃない。返事ははい」

「はい」

 カイトを部屋に押し込めて、居間に連れていかれた。ミヅキはどこから持ってきたのか、おおきなホワイトボードを持ってきて「由々しき事態」と大きく書いた。……位置は低い。

「いいですか、カイトはシドウさんの認可を得てレンゴウカイの集会を仕切ってるわけですよ。そのカイトをボコしたということは、レンゴウカイにケンカ売ってると言っても過言じゃないわけです」

「はい」

「わかりますか?」

「わ、わかった」

 慌てて返事をしながらも、なるほどな、と思った。俺もふらふらしてるのは最近だけのことじゃないから、チーム同士のケンカなんかも珍しいことではない。誰かがカイトを襲った。それなら、リーダーとしてその誰かをぶん殴りに行くべきだ、という話だ。

 でも。

「誰が?」

「知りませんよ、カイト、特徴も何も見てないって言うんです。腹に三発入れても言いませんでしたから、マジですよ」

「……三発も」

 全身怪我だらけのカイトも大変だな、と同情した。しかし、それはそれで困ったな、と思った。

「……わからないんだな、ケンカ売ったヤツ」

「わかりません」

「……」

 これも俺がリーダーを放棄していたから起きてしまったことだろうか。俺はよし、と頷いて、立ち上がった。

「どこ行くんですか」

「一回、俺は家に戻ってカズシに話してみるよ。お前は、危ないからカイトの傍にいてくれ」

「おっ、シドウさんやる気ですね。いいですよ、あたしがカイトに襲い掛かる野郎なんかぶっ飛ばしますからね」

 いや、そっちじゃなくてお前の身が危ないから……と付け加えるかどうか迷って、俺は何も言わずにカイトの家を出た。

 俺はレンゴウカイをちゃんとする、と決めた。なら、メンバーを守るのは当然のことだし、カイトを傷つけた相手には、けじめをつけてもらわないといけない。


「いや、無理だろ。犯人わからない、探し物わからない、なんとかしてやりたい、って」

「そうか……」

 いったんカズシの家に戻り、カズシになんとかしてくれと言うと、カズシは真顔で手を横に振った。何かおかしかったのか、ワタリも少し笑いながら、緑茶を入れてくれた。

「でも、レンゴウカイにケンカを売ったのは間違いないよね、それ」

「カイトをカイトだと知ったうえでケンカ売ったならな。んで、どうするよ」

 俺たち三人は一緒になって首をひねっていた。

「とりあえず、今夜の集会で注意喚起をしたほうがいいんじゃない?カイトちゃんがボコボコにされた、ってだけでも、共有しておく価値はあると思うな」

 ワタリの言葉に、そうだな、と頷いた。今日はカイトの代わりに、俺が集会をやろう。

「とりあえず俺も、目撃情報か何かないか調べてみるよ」

 カズシも言った。

「ああ、頼んだ」

「……それよりシドウ、お前こそ気を付けろよ?」

「なにが?」

「側近が狙われたってことは、お前こそ危ないんだから」

 なるほど、と俺は頷いたが、あまりピンとは来ていなかった。


 夜の集会に集まる人数はそんなに多くはなかった。俺が顔を知っている奴はあまりいなかった。俺の傍に真っ先に来たのはキョウだった。

「あれ、シドウさん。珍しいですね、集会に来るなんて」

「ああ、カイトが怪我してるから」

 答えてから、いや、違うな、と思い直す。俺はリーダーとして集会の場に立つことにしたのだ。けれど特に修正することはなかった。

 キョウは妙に笑顔で腰が低く「じゃあ俺が手伝いますよ」と言って俺の傍に立った。不良たちを集め、まとめるのはキョウがやってくれた。こういう時は頼りになるんだなとぼんやり思った。

「え、っと」

 集会で話すのは数えるほどしかしたことがなかった。俺の話をまるで聞いていないだろう不良たちに、俺はメガホンとの距離をはかりながら言った。

「いつもまとめてくれてるカイトが何者かに襲われた」

 不良たちの視線がやや集まった。すぐにどこかから「どこのヤツですか」と声が上がった。俺は黙って首を横に振った。やや不良たちがざわめいている。

 不良たちの中からまっすぐに手が伸びた。戸惑っていると、そばのキョウが、カイトが発言は挙手をしてからとルールを決めていたらしい。俺はおそるおそる、どうぞ、と手をやった。金髪の不良は立ち上がってから言った。

「どこのどいつか突き止めてボコしましょう」

「いや……見つけたら、とりあえず俺に言ってくれ。いまはヒントもないから、見つけるのは難しいかもしれないけど」

「いまから行きますか」

「ああ、じゃあ……」

 こうして、顔も何もわからない犯人探しが始まった。


 その日は結局、それらしき目撃情報も証拠も手掛かりも見つからなかった。

 カズシにミヅキから連絡が来たと言われて電話を受けると、不機嫌なミヅキの声が聞こえた。

『あたしがアイス買いにいってるあいだにカイトが消えましたけど、そっちいます?』

 夜の犯人探しは、夜のカイト探しに切り替わった。


 カイトを見つけたという知らせが入ったのは夜十時を回ったあたりだった。カズシのケータイに連絡が入ってすぐ、俺たち二人は街の真ん中を流れる川沿いを走った。あれ、とカズシの指さした先に人影が見えた。カイトは中流あたりで川に入っていた。何かを探している様子だった。

「カイト!」

 呼ぶと、カイトは一瞬動きを止め、それから俺たちを振りかえった。上下だぼっとしたジャージを着ているが、足元は水に浸かっている。カイトは悪戯のバレた子供のように気まずそうな顔をしている。俺たちの後ろにいるレンゴウカイの奴らにも目を走らせている。

「どうしたんですか、大仰ですね」

「お前を探しに来たんだ。ミヅキがいなくなったって言うから」

「……俺は落としたものを探しに来ただけです」

「こんな川の中でか?事情話してみろよ」

 カズシの言葉にも、カイトは黙ってうつむくだけだった。カズシは舌打ちをして気まずそうに頭を掻いた。

「……なあ、カイト。俺を信じてみてくれないか。頼りないリーダーだけど、お前の力になれると思うんだ」

 俺が言い終わってから、カイトはきょろきょろとあたりを見回し、それから気まずそうにぼそぼそと言った。

「……指輪、落としたんです。昨日……ここで……」

「指輪?」

「はい、小さな……プラスチックの、軽い指輪なんですけど。水色の……。もう、流されちゃったかも、しれないんですけど……大事なものだったので……くしゅん」

 くしゃみをしたカイトは震えている。この気候でずっと川の中を探していたのだろうか。見れば、ところどころ体を痛そうにさすっている。見えない場所にも怪我をしているのだろう。俺は、よし、とついてきていたレンゴウカイの面々を振り返った。

「カイトの指輪を探そう」

 カイトは驚いた顔で、えっ、と大声を出した。

「寒いですし、見つかりませんよ、さすがに」

「でも、大事なものなんだろ」

「そう、ですけど……!」

 何か言いたげにしているカイトにかまわず、俺は集団を集める。

「水色で、プラスチックで、ほかに特徴は?」

「えっと……リボンの形、してます」

「おう、なくしたのはいつだ?」

「昨日の夜、です……」

 聞いた傍からカズシが特徴を不良たちに説明する。みんな納得したところで、一斉に解散する。川の上流、下流、この近くに分かれて。

「……なんで、あの」

 カイトは戸惑ったように俺の服の裾を軽く引っ張った。相変わらず、どこか誰かの存在を気にしているようにきょろきょろしている。

「……逃げないって決めたんだ」

「え」

「俺、レンゴウカイのリーダーになるよ。だから、手伝わせてくれ、お前の大事なもの探し」

 そう言って俺は、足元を捲らずに水の中へ入っていった。それを合図のようにして、たくさんの男たちが走る音が聞こえた。


 見つかった、と連絡があったのは朝日が昇り始めたころだった。空が白み、徹夜の俺たちの目をくらましている。カズシのケータイに連絡が入ったらしく、カズシはそのまま橋の上から俺に叫んだ。俺はすっかり冷えて痺れてしまっている手を水からあげて、ばしゃばしゃと川を歩いていく。傍にいたカイトも、一緒に俺のあとをついてくる。

 もっと早い時間から似ているものはいくつか見つかっていたが、そのたびにカイトに確認してもらい、そのたびにカイトは申し訳なさそうに首を横に振った。俺たちの心には、いつのまにか呼ばれても「また別のものかもしれない」という予感が芽生えつつあった。

 が、今度は不良が持ってきたおもちゃのような指輪に、カイトが飛びついた。陽にかざして見て、角度を変えて見て、そして言った。「これです」

「これが俺が探してたやつです……!!」

 俺たちは一瞬動きを止め、それから一斉に雄叫びをあげ、カイトを抱きしめ、頭をぐしゃぐしゃにし、頬をつねり、耳をひっぱった。すっかり冷たくなった手で、俺はカイトの手を握った。カイトの手も、俺の手とあまり温度が変わらない。

「よかったな、大事なものなんだろ」

 うなずくカイトはぐしゃぐしゃに泣いていた。

「これが……これがないと、もう、元に戻るのは無理な気がして、て」

 泣くカイトを周りの不良たちが笑いながら慰める。その様子をほっとしながら見ていると、襲い掛かってくる眠気に気づいたが、必死で耐えた。寝るのは、カイトを家に無事に連れ帰ってからだ。まだ、カイトを襲った犯人もわかっていないのだから。

「そいえば、なんでお前、傷だらけなん」

 理由聞いてなかったよな、とカズシが言うと、カイトははっとしたように目を見開き、それから、黙ってうつむいた。

「マジで顔見てねえのか。それとも言えねえヤツにやられたのか」

 カイトさん、カイトさん!と問いただすような不良たちの声を受け、カイトは手のひらのリングをぎゅっと握り、俺を上目遣いで見た。

「……シドウさん、言いましたよね、リーダーとして、探すの手伝ってくれるって」

「……ああ」

「……じゃあ俺、俺も。不良として、けじめ、つけます。自分で。……探すの手伝ってくださって、ありがとうございました!」

 そう言うと、カイトは頭を下げ、一人で歩いて行ってしまった。

「けじめ、って」

 カズシを見ると、カズシは両手をひらひらさせて、俺によくわからないと伝えた。が、

「追いかけるぞ」

 そう言って駆け出すカズシに、俺も急いでついていく。濡れた体に秋の夜明けの風は冷たくて、俺はすこしくしゃみをした。馬鹿だから、風邪はひかないだろうけど。


 カイトが向かったのは、レンゴウカイの基地だった。ついていこうとした俺たちは、カイトのほかにもう一人人影が見えて、入るのをためらった。こそこそと入り口の隙間から覗くのは気分がいいものではなかったが、カイトの向かい側にいる人物を見て息を飲む。思い返してみれば徹夜の指輪探しに現れなかった、キョウだった。

「お、指輪は見つかったのか?カイトさん」

 笑いながら言うキョウの言葉には、少なからず悪意の類が感じられる。カイトは拳をぎゅっとにぎり、言った。

「突然のお呼びたてにも関わらず来てくださりありがとうございます。キョウさん、俺と一対一で勝負しましょう」

 俺は思わず悲鳴をあげそうになった。なんでそんなことを言い出したのだ。ケンカなんかしたことなさそうなカイトと、少し前までこの街をまとめあげていた不良であるキョウでは、勝負をする前から勝敗が決まっている。だが、カズシのほうは何か納得した顔をしていた。キョウはそんなカイトの言葉を聞いて、腹を抑えて笑った。

「なるほどな、一対一なら勝てるってか?言ったろ、もうレンゴウカイに関わるなって。痛い目見てもわかんねえか?お坊ちゃん」

「どうやら、あのカイトの怪我、マミヤキョウのせいっぽいな」

「え」

 カズシの解説を聞いて、俺はとっさに出ていこうとした。が、カズシがそれを手で制す。ゆっくりと首を振るカズシに、俺ははっとして、小さくうなずいた。

 男同士の一対一の勝負に、第三者が口を出すなんて無粋だ。

「……俺、レンゴウカイのカイトです。複数対一なんかじゃなく、俺と一対一でいま勝負してください。売られたケンカ、買うのが不良の流儀でしょう?」

「なるほど。またボコボコにされたいらしいな」

 いいぜ、来い、とキョウが中指を立てた。カイトは上着を脱いでから、一回大きく頭を下げた。

 それは、やはりあまりにも差がありすぎるケンカだった。ケンカなど慣れていないカイトの拳はへろへろで、遠目から見ても簡単に止められるものだった。キョウは大笑いしながら遊んでいる。が、カイトの目は真剣だ。そしてようやくカイトの拳が、キョウの腹に当たった。大きな音はしなかった。ただ、当たっただけだ。でも、カイトの目が一瞬、きらめいた。

 キョウはそれが気にくわなかったらしく、そんなカイトの腹に思いっきり蹴りを入れた。ガードをしていなかったカイトは簡単にバランスを崩してこける。そんなカイトの腹に、また思いっきり蹴りを入れた。カイトは激しくせき込んでいる。

 何度も、何度も、キョウの蹴りがカイトの腹に入る。

「気に食わねーんだよ、お前、ケンカもできねーくせに上に立って。あのシドウもさぁ、きにくわねーんだよな、まとめる気なんかねえくせに」

 ここは俺のチームだったのに。怒鳴るキョウの声には、憎しみが込められていた。俺はぎゅ、っと拳を強く握った。そう、俺には責任があったのに、今までないがしろにしていた。居場所を奪った者の責任が。

 カイトは文字通りボコボコにされていた。やがて、カズシが俺にストップをかけるのをやめ、俺が出ていこうとしたときだった。キョウの蹴ろうとした足を、カイトが両腕で必死に止めた。キョウは一瞬驚き、それから今度は顔を蹴った。蹴られたカイトは唇が切れ、顔中血だらけになりながらも、ゆっくりと体を起こした。キョウも、俺たちも、その様子をぽかんと見ていた。口元を一瞬触ったカイトは、その手についた血を見て、拳を握った。

 それから。

 聞いたことない声でカイトは叫びながら、ふらふらともつれる足をなんとか前に出し、それから、キョウの顔にこぶしを当てた。カズシが小さな声で、おっ、とガッツポーズした。

 キョウはしばらくぽかんとしたまま動きを止めていた。カイトの拳は今度こそ本当に「当たった」というレベルで、打撃を与えたわけではなさそうだった。だが次の瞬間、カイトは、吼えた。

「俺の命の次に大事なものを、あの人が見つけてくれました。……あの人が、見つけてくれたんです。俺は、シドウさんに、ついていく!あの人がリーダーにふさわしくない、とか、もう、言わせ、ない!」

 そのままカイトはふらついて、支えるものなく倒れそうになる。俺とカズシは目くばせをして、一緒に基地に入る。キョウが驚いた目で俺を見た。俺はそれより先に、カイトが倒れる前に支える。傷だらけの唇を動かし、シドウさ、とカイトが小さく言った。涙のいっぱいたまった瞳には、きらきらとした光が反射している。

「……カイト、お疲れ様。あと、ありがとう」

 カイトは頷いた。それから目を閉じ、気を失った。俺はカズシにカイトを任せ、俺を見つめ瞬きをしているキョウに向かい、指を鳴らした。

「俺の弟分を、やってくれたな」

「いや、だっていまは、そっちからケンカ売っ」

「シドウ!そいつ昨晩はもっと大人数でカイト襲ってたんだぞ!いいぞ!やっちまえ!」

 カズシの言葉に、右手を振って返事をした。それから、俺はキョウの正面に立ち、言った。

「今まですまなかった。……俺は今度こそちゃんとリーダーになる。だから、仲間の敵、討たせてもらう」

 及び腰のキョウの腹に思い切り一発入れると、そのまま壁に吹っ飛んで行って、キョウは動かなくなった。人型に入ったひびを見て、カズシは大笑いしていた。


 カイトを家に送っていくと、ミヅキがアイスクリームを食べながら待っていた。GODIVA、と書かれたアイスの蓋の文字は、俺でも見覚えがあるくらい有名な店のものだとわかる。

「遅かったですね。カイト探すの、そんなに手間取ったんですか?」

「ああ、まあ」

 気を失っているカイトをベッドに寝かすと、俺も居間の椅子に腰かけた。そこでミヅキが「べしゃべしゃじゃないですか!」と、洗面所からバスタオルを持ってきてくれた。俺は濡れた服の中を少しだけ拭いた。ミヅキはカイトの怪我が増えたことについては、深くは聞いてこなかった。が、アイスを食べながら言った。

「そういえば、カイトの探し物ってなんだったんですか?」

「ああ、なんか……プラスチックの指輪、だった。水色の、女の子用みたいな……」

「ふーん……」

 ミヅキはなんだかピンと来ていない顔をして、首を傾げていた。

「あたしに隠れて彼女とか作ってんのかしら?」

「さぁ……でも、命の次に大事だって言ってたな。なんか、元に戻るとかなんとか……」

「ふうん……あ、でも、あたしも持ってますよ、指輪なら。いつもつけてるんです」

 そう言うと、ミヅキは首元のチェーンを引っ張り、服の下から指輪を出して、見せた。

 ミヅキの小さな指で掴まれているのは、金色に輝くリング。高そうな、赤い小さな石の飾りがついている。ミヅキの指にぴったりはまりそうな、小さな小さな指輪。

「リョウガさんにもらったんです。いいでしょう、なくさないように、首から下げているの」

 そう言ってミヅキは笑った。ミヅキによく似合いそうだな、と思って、俺もほほ笑んだ。


【れんごうかいのにじゅうはち おわり】

【れんごうかいのにじゅうきゅう に つづく】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る