属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?

 そんなこんなで、怒涛のようにいろんなことのあった年が明けた。


 正月三が日も過ぎた、仕事始めの金曜日。

 小宮山係長が、早速新年会を計画した。

 彼女のお気に入りのカクテルバーで、俺と五十嵐さんと3人で盛り上がろう!という企画だ。


「——なんだよ急に?小宮山ってそういうのやるキャラじゃなかっただろ」

「いーじゃないたまには。……私の奢りよ?」

「……行く」


 彼女のいたずらっぽい微笑と「奢り」という破壊力抜群な言葉で、出不精な彼もさらっとその企画に乗ったのだった。




✳︎




「じゃあ今年もよろしくね〜!乾杯!」


 その日の夜、カクテルバー。

 まだ正月明け間もないせいか、客の姿はまばらだ。

 今回の飲み会の言い出しっぺである係長が、明るく乾杯の音頭を取った。

 俺は当然覚えたてのカシスソーダ一択である。



「……ってかさ」

 五十嵐さんは、一杯目からブランデーのロックをカラカラと鳴らしてちらりと俺たちを見る。

「なんか、今日俺に報告でもあんじゃねーの」

「え、バレた?」

 マティーニの中のオリーブを遊び半分にかじっていた彼女は、五十嵐さんの鋭いツッコミに素直に頬を染める。

「みんなもうちょっとお酒入ってから言うつもりだったのに、五十嵐くん鋭いなー。

そうなの。実は、私と篠田くん、付き合うことになったのっ!♡♡」

「ふーん、そうか」

「えっ係長……今日、最初から五十嵐さんにそれ報告するつもりだったんですか!?」

 この展開をこれっぽっちも考えていなかった俺は、そこで初めてアワアワと動揺する。

「うんそうよ♪篠田くんめちゃくちゃ恥ずかしがりそうだから、ここまで秘密にしてたけど。

だって、早く五十嵐くんにお礼言いたくって。……それに、私達二人で一緒にちゃんと感謝が伝えられたらすごくいいな、と思ったの」


「……うん。

そうですね」


 彼女の温かなその言葉に、俺の動揺もあっという間に流れていく。


 去年俺が彼に報告した時は、何だかんだでお礼もあっさり流されてしまったけど——

 彼の計らいがなければ、チャンスの神様の前髪は、俺たちの前を完全に通り過ぎて行ったはずなのだ。


「五十嵐さん。

俺たちが今こうしているのは、あなたのおかげです。

改めて——本当に、ありがとうございました」


 俺は、これまで彼が一緒に乗り越えてくれたたくさんのことを思い浮かべながら、彼に深く頭を下げた。

 そんな台詞を言ってしまってから……「俺たち」なんていう言葉を発している自分自身がやたらに気恥ずかしく、今更のように照れがやってくる。

 思わずボッと赤面した俺を見て、彼女が楽しそうに笑った。


「やっと、篠田くんがそういう風に言ってくれた。——嬉しい。すごく」

「なあ〜〜。報告はもうわかったから。俺帰っていいか?」

 五十嵐さんが所在無げに額を掌で覆い、もそもそ呟いた。

「あら。せっかくのタダ酒よ?どれだけ飲んでもいいのよ?もっとお高いのがっつり飲まなくていいの?」

「————」

 彼女のそんな言葉に、彼もなんだかんだ言って座り直したりする。



 素敵な人たちに、囲まれてる。俺は。


 なんていう幸せだろう——。


 ふわりと訪れる酔いを感じながら……そんなことを思った。



 気づけば、彼女が俺のためにオーダーした数杯目のカクテルを、俺は上機嫌でカパカパと喉に流し込んでいた。

「係長ぉ〜、これなんのお酒でしたっけ?」

「スクリュードライバー。ウォッカベースのカクテルよ。これで同じ質問もう3回目」

「いや〜なんか美味しくってすぐ忘れちゃうんですよね〜」

「おい小宮山。こんな飲ませて大丈夫か?こいつ、そんな酒強くないだろ?」

「ん、全然大丈夫よ。

正体なくなっちゃったらうちに連れて帰るから」

 そう囁く彼女の美しい微笑に、五十嵐さんは大きく仰け反った。


「…………

君はまさか、ウブな彼につけ込んでそれ狙いか!?

そんな顔をして……まさかこれほど肉食獣だとは……」

「え。人聞きの悪いこと言わないでよ。

彼のことは、私が大事に大事にするんだから。

——この『まっさら』な彼を」

「…………

わかってるならまあいいが。

彼、恋愛経験値相当低いみたいだからな」

「うんうん。そこがまたたまらない。

だからますます、ね……美味しいものはちょっとずつ食べないと、もったいないでしょ?」

 彼女はうふふふ、と唇を綻ばせる。

 とんでもなく艶やかなその表情を、五十嵐さんは黙って見据える以外にない。


「……やっぱ肉食だな」

「え?」

「いやなんでもない」

 彼女の聞き返しを、彼は咳き込む振りでやり過ごす。


「……とにかくさ。

こいつのこと、マジで大事にしてやれよ。

もし君に振られたら、俺がこいつを嫁にする気だったんだからな」

「——はあ?嘘でしょ?」

 彼の言葉に、係長は冗談を受け流すように笑う。

「なんで嘘なんだ?

だって、こんなに素直で、一途で一生懸命で。——その辺の女子なんか、到底敵わないじゃないか」


 そんな彼の表情を何となく見つめてから、彼女はふっと挑戦的に微笑む。

「安心して。

彼は、私のものよ。ずーっと」

「さあどうかな。そのうち飽きたら俺が……」

「それないから!もう諦めて!!」



 俺がもはや完全に泥酔状態なのをいいことに、二人がこんなアホな話をしていたなんて……俺はこれっぽっちも気づかなかったのだった。





✳︎





 そして、それから約ひと月後の土曜日。

 俺と小宮山係長は、観たかった映画やらショッピングやらという休日を過ごしていた。


「ね、もうすぐバレンタインだね」

 気づけば、街のショーウィンドウも華やかにデコレーションされている。

「そうですね。

俺は……まあ時々何となくポロっともらう程度で、あまり今まで意識しないイベントでしたけどね」

「うあ、そういう無頓着な感じ、篠田くんっぽいねー」

 彼女は、そんなことをいいながらクスクスと笑う。


「そうだ!今年は、私が本格的なの作って渡す!」

 いきなりやる気満々になる彼女に、今度は俺がクスッと笑う。

「いいですよ、そんな気合い入れなくたって。本格的にチョコ作るのって、実は結構大変なんですよ」

「なによー、最初から諦めたみたいな言い方して!ますます火がついたじゃない」

「……本気ですか?」

「もちろん」

「なら、俺も手伝います」



「——ねえ」


 彼女は、少しため息混じりに俺を見つめた。


「篠田くん。

私……これから、何をどう変えたらいい?」


「……え?」



「私——

あなたの恋人にふさわしい女になりたいの。

でも……私には、足りないものが多すぎる気がして……

あなたにため息ばかりつかせたら、どうしようって。

不安でたまらない。


ねえ、これから私、どう変わったらいい……?

遠慮とかしないで、何でも言って」



 彼女のそんな真剣な眼差しを、俺は内心あわあわとパニックを起こしつつ受け止めた。


 ——ああ。

 この超絶綺麗な人に、潤んだような瞳でこういう事を言われた日には……もう……


 いや、そうやってふわふわ昇天してる場合じゃない。

 彼女は、本気で俺に問いかけているのだ。

 俺は全力でぶんぶんと頭を横に振る。


「いっいえっ!

変わらないでくださいそのまま!」



 俺の突然の声のボリュームに、彼女は少し驚いた顔をした。



「今のままのあなただから、最高に素敵なんだと……俺は、そう思ってます。

そういう男前なあなたを、俺は好きになったんですから!!」




 …………あ。

 いらない言葉が一言混じった……うっかり。


 ……怒らせただろうか?




 それを聞いた彼女は、一瞬黙り……

 そして、これまでに見たことのない嬉しそうな笑顔になった。



「……本当に?」


「本当です。

俺は、あなたの嫁にしてほしいって、ずっと思ってたんですから……この際だから言っちゃいますけど。


だから、いいんです。

あなたは高いビジネススキルと行動力のある、でも料理下手で、俺の手料理を心から喜んでくれる……そんな、可愛いひとのままで。


——ずっと、そのままでいてください」




 もはや支離滅裂な俺の言葉に……彼女は、瞳に込み上げた何かをぐっと我慢するように、柔らかく微笑んだ。



「ありがとう。

そう言ってもらえて……嬉しい。

すごく安心した。


でもね——

そういうあなたこそ、私にとって正真正銘の王子様だわ。


だって……ミーティングの時も、カクテルバーで肩を貸してくれた時も、クリスマス飲み会の夜も……どのあなたも、最高に素敵だったもの。

それなのに、私の嫁になりたいなんて言ってくれるあなたは……絶対に誰も敵わない、私の王子様なの」




「————」



 俺はちょっと呆気にとられつつ、その言葉の意味を考える。


 ——嫁になりたいなんて言う俺が、彼女の王子様……。



 その意味に気づきかけた瞬間、彼女にきゅっと甘えるように腕を取られ、思考が煙のようにパフッと散っていく。



「——ねえ。

じゃあ……私から、ひとつお願いがあるの」

 

「お願い?なんですか?」

「あのね。

その敬語、そろそろやめてほしいんだけど。

それから、デートなのに私のこと係長とか呼ばないで」


「…………

今、お願い二つありましたよね?

そっそれに……呼び方や何かを変えるなんて……そんな急には……!」

「細かいことはいーの!それに全然急じゃないし。早く変えて欲しくてジリジリしてたんだから」


「…………」

「ほら早く。麗奈って呼んで」


「…………

むっ……無理です」

「ヤダ!言わなきゃ私もー帰るからっ!」

「あーーっ!!待って!わかりましたって!」

「さ、じゃお願い♪」



「————麗奈」



「…………んきゃーっ♡♡!!

篠田くんって実はいい声だよね♡今のいい!すごくいいっ!!

ね、早く買い物済ませよ!今日はうちに超美味しいシャンパン買ってあるの。早く帰ろっ♡」

「早くって……なんで??」

「うふふ、いろいろしたいことがあるからっっ!!」




 彼女にぐいぐいと手を引かれながら……俺は、さっき彼女の言った言葉の意味を、もう一度考える。




「————ああ、そうか」


「え?」

「ん、なんでもないよ」





 ————もしかしたら。


 誰かを、心から想うということは、きっと——


 こういう属性だからいいとか、悪いとか。

 そんなんじゃなくて。



 その人のために、時には嫁になり、時には王子になり……妹になり、ペットになり。


 その時に必要な属性に、必死になってなり切りながら。


 一緒に歩む、愛おしい相手を支えていく。

 そういうことなんだ。



 この先もしも、彼女のために俺が「嫁」になりきる時があっても——

 きっと彼女は、今みたいに俺を「私の王子様」と呼んでくれるのだろう。



 ならば。

 これからも、俺はいくらでもなり切っていく。

 嫁に、王子に、妹に、ワンコ……そして、ありとあらゆる属性に。



 彼女と一緒に、歩くために。




 俺は今、少しだけそんな幸せに気づき始めていた。





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