第5話

 ――そして放課後。


「あれ、美咲?」

「は、晴人くん? どうしたの……?」

「いや俺は二人で話しがあるからって、莉香に呼び出されて……」

「あっ、あれあれ? 私も、なんだけど……」



「「――……あっ」」



 教室の外の壁に背を預けて耳をそばだてていた私は、さすがの鈍い二人でも察したようだとひとまずはホッとする。

 これで何も無かったら泣くぞ、号泣だぞ。三日三晩枕を濡らす羽目になるぞ。……だからちゃんとやんなさいよ、バカップル。


「あいつ、妙な真似を……」

「ねっ……そ、そうだよね。あはは、莉香ちゃんってば、なに考えて……」



「「………………」」



 静寂が訪れる。

 視認するまでもない。彼奴らは顔を耳まで真っ赤にし、視線を彷徨さまよわせてやがるのだろう。美咲は可愛いから許すが、晴人の奴は想像するだけで心底気持ち悪い。処したい。

 そうして何を話せばいいのかと二人して悩み、ここが勇気を振り絞る好機なのではないかと思いを巡らせて……

 ……たぶん、そろそろ――



「「――……あのっ!」」



 唐突に意を決して発する声もピッタリ合うとは、どこまでも似た者同士だ。その上さらに、ぷっと吹き出すタイミングも揃うという神がかりっぷり。爆ぜてしまへ。

 しばしお腹を抱えて笑い合う二人。……やがて、これまた同じタイミングで収まる。

 教室の中をこっそり覗いて見れば、はにかんで見つめ合う、良い雰囲気の二人の姿。

 その様子を見届けた私は、もう大丈夫だろうとその場を離れる。詳しい事は後で二人の口から聞くとしよう。その時は存分に惚気のろけて頂こう。



 よかったね――美咲。


 ……よかったね――ハルトくん。



 ちくんと微かに疼いた胸の違和感は、気にしない事にする。



     ◇



 ――その夜。


 ハルトくんから、告白に関する武勇伝を聞かされていた。

 先日同様こちらが発言してないことなど気にもかけず、その時以上に夢中で発言しているハルトくん。凄く嬉しいって、幸せ一杯だって。そんな感情がひしひしと伝わってくる。


 ――私は、といえば。


 彼の発言をぼんやりと眺めながら、無意識にキーボードを叩く。

 同じ文章をチャット欄に打ち込んでは……発言をせずに、消して。また、全く同じ文章を打ち込んで。壊れた玩具のように、幾度も繰り返していた。



 『ハルトくん、大好きだよ』――と。



 リアル現実世界に恋人がいる人でも、ネットでは別の誰かと交際したりする人も多くいる。けれど彼はそんな事をしないタイプだろう。

 仮に想いを告げたとしても、『リアルで好きな子がいるから』――そんな風にフラれてしまうに違いない。


 美咲が晴人という男の子に片想いをしている事は、随分前から知っていた。

 ハルトくんが、その晴人なのだと知らなかった頃、私はハルトくんに恋をした。

 その二人が同一人物だと知ったその時から察し、割り切っていた事だ。



 美咲と晴人の恋が実る事は……同時に『ボクアイリス』が『ハルトくん』に失恋するという事だと。



 私は――親友の恋を、心から応援していたよ。

 でも、ボクは――ハルトくんの事が、大好きだったよ。



 ……カタ、カタ、カタ、カタ、カタ。バックスペースキーを五回押して、"大好きだよ"――その五文字を消す。



 カタカタカタ……――。代わりに五文字、こう打ち込む。



 ――『ハルトくん、"おめでとう"』

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私とボクと、ヘタレバカ。 紺野咲良 @sakura_lily

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