第4話

 ――数日後。


 両手に顎を乗せて、机に肘をついて。自画自賛したくなるほど、この上なく可愛らしい微笑みを浮かべて。

 すっかり見慣れた光景と化した、二人の会話を見守っている私。


「晴人くん、はいこれ。読み終わったから返すね、ありがとっ」

「もう読み終わったのか? 早いな」

「うんー。すっごく面白くて、ついつい一気読みしちゃったよ~。納得のオススメ作品でした!」

「そうか、それは良かった。最近はこのシリーズに一番ハマっててな」

「でもでも、あんな良いところで終わっちゃうのは意地悪だぁ……うぅ、続きが気になるぅ……」

「ふふふ……実はな、来週に待望の新刊が出るんだ。俺が読んでからで良ければ、また貸してやるよ」

「ほんと? わぁい、たのしみーっ!」


 ……君らね、仲睦なかむつまじいのは大変よろしい事だと思うのだけどさ。

 これ、ただの――『ラノベ好きの友達』じゃない……?

 あれか、私が前に軽い気持ちで『色々すっ飛ばせ』と願ってしまったからいけないのか。告白する事なく、付き合って一周年ぐらいの間柄になってしまわれたか。

 このまま悠長に構えていては、結婚する事なく倦怠期けんたいきの夫婦にまでずるずると成り下がってしまうかもしれない。


 それでいて先日に気を利かせるつもりで席を立とうとしたら、美咲に腕を掴まれて引き留められことがあった。その速度は推定で普段の三倍、握力に関しては十倍にも及んでいた事だろう。

 晴人に至っては顔中から血の気が引き、なっさけないすがるような眼差しを私に向けていた。そして首を千切れんばかりに猛烈な勢いで左右に振り乱し、『行くな! 行ったら死ぬぞ! 俺が!』と無言で必死に訴えていた。

 奴の事は放っておいても面白そうだったのだが、本当にコイツが逝ってしまっては美咲が悲しむ。

 何より上目遣いプラス涙目という、彼女のラスト・リゾート伝家の宝刀を振り払う術が私にあっただろうか。いや、ない。



 しっかし、いよいよもってマズい。何か良い策は無いか……。



     ◇



 今日も今日とて上機嫌なバカ一名ハルトくん

 こちらが時折返す「ふーん」とか「へー」とかいう生気の抜けた相槌も全く意に介さず、ぺらぺらと一人マシンガントークを繰り広げていた。ほんの少し目を離しただけでも、チャットログが完全に彼一色に染まってしまうぐらい。

 その内容はと言えば、やれ好きな子が教えてくれたラノベが面白かっただの、やれ次はどのラノベを貸そうかだの、終始ラノベの事ばっかりだ。

 この二人の物語にタイトルをつけるとしたら、『かく素晴らしきラノベ生活』ってところかな。完全にラノベがメインです、ラヴ要素ほぼ無しの日常系物語です。

 このまま放っといたらアカンと、『ボクアイリス』は口を挟む。


〔なんかラノベの話しか聞かないけどさ。どこかデートに行ったりはしてないの?〕

〔デ、デート……だと?〕

〔うん? その子と付き合ってるんじゃないの?〕

〔いや、付き合ってはいない……な〕

〔なんで? 告白とかしないの?〕

〔いや、したくない訳じゃないが……〕


 もし相方じゃなかったら、もし『晴人』として目の前にいたら、ぶん殴ってるかもしれない。焦れったいったらありゃしない。


〔なんというか……一緒に話せて、趣味を共有できて、楽しいんだ。だから別に、このままでも良いかとも思ってな……〕

〔つまりー……友達としてでもいいから、心地よい関係のままいたい。下手なことをして今の関係を壊したくない。そんなとこ?〕

〔ああ。その通りだ〕


 ……ごすっ。

 すぐ傍にあった、ゲームに登場する魔物の特大クッションを思わず殴りつけてしまう。どんだけ女々しいんだこんにゃろう。


 ヘタレめが。



     ◇



 ――あくる日の休み時間。


「美咲、アンタは晴人と友達のままでもいいの?」


 私の問い掛けに、美咲は困ったような笑みを浮かべる。


「んー……話せてるだけで幸せだから、これ以上望むのもアレかなって」


 似た者同士のバカップルめが。


 そんなこったろうと思ってたけどね。できれば付き合いたいと思ってるクセに、どっちもどうしてこうも臆病なんだ。


 ――……まぁその気持ちは、ちょっぴりわからないでもないけど。


「ごめんね、莉香ちゃん……私が意気地がないばかりに、いつも無理やり付き合わせちゃってて……」

「いやぁ私はいいのよ。二人のお邪魔でなければ、別に」

「邪魔なんかじゃないよ! 二人っきりじゃ絶対まともに話せないだろうから、すっごく助かってるの。……ありがと、ね?」


 その潤んだ瞳は反則です、邪念が生まれてしまいます。――はぁっ、かわいい……あのバカなんかにゃ勿体ないよ……なんならいっそ、私が美咲を……――

 ――しかし未だかつてない程の頑強な"理性くん"の働きにより、私はかろうじて正気を取り戻した。ぎりぎりせーふでしたよね。あぶにゃい。

 まぁ……ここらで心を鬼にしないと、お互いの――の為にならないと思うんだ。



「今日の放課後さ、教室で待っててくれない? 少し話したい事があるの」

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