第3話

 ――翌日、昼休み。


 『ボクアイリス』が意図的にけしかけているせいだが、不審者が現れる事はすっかり様式美となっている。

 なぜ誰も奴に触れないのだろう。不気味だから関わりたくないだけか。


 ――さて。

 どうせあのヘタレは何もできないのだから、一つ助け舟を出してやるとするか。


「そういえばさ~。前に美咲が言ってた、流行ってるっていうラノベ……『NAO』、だっけ~?」


 先日同様、棒読みで声高らかに言い放つ。

 すると「『MAO』だよ!」という美咲の声に、「『MAO』の事か?」とヘタレボイスが重なる。

 ありゃ、タイトル間違えたか。そういえば『マジック・アート……なんちゃら』って正式名だった気がする――……ってこのバカ、一瞬でこの距離まで詰めてきたのか。こわっ。

 それはともかくとして、一発で釣られてくれるとは嬉しい誤算だ。バカはチョロくって助かるね。この僥倖、逃すまい。


「なーに、晴人。アンタも知ってるの?」

「当然だ。その作品は特に気に入ってるからな」

「は、晴人くんって……ラノベ、好きだったの?」


 美咲は興奮を抑えきれない様子で、晴人に詰め寄る。その顔を直視できないヘタレ野郎は、どもりつつも何とか答えた。


「あ、ああ。主にはファンタジー物が好みだが、ラノベなら大体何でも読むぞ」

「そ……っ、そうなんだぁ……! うれしいな、ラノベ好き仲間がこんなに近くにいたなんて……!」


 ぱぁぁぁっと目を輝かせた美咲は、何を血迷ったのか奴の手をぎゅっと握りしめた。


「――っ!?」

「あっ……わ、わわっ!? ご、ごめんねいきなり……!」


 口を無様にもパクパクさせながら茹蛸ゆでだこの様に真っ赤になった晴人の顔を見て、我に返った美咲は慌ててばっと離れた。

 そして晴人以上に赤くなり、両手を頬に当ててもだえる。……だがその両手は、今しがた好きな人の手を握ってしまっていたのだと気付いたのか、「ふにゃぁぁ~ッ!?」と鳴きながらじったばったと暴れ出した。


 ……愛すべき我が親友よ、そりゃあかん。晴人でなくても悩殺されてしまうよ。

 されたのがもし私だったら……【ピー音と共に自主規制】。


 しっかし、どうしようこの状況。片や癇癪かんしゃくを起こした可愛らしい猫。片や完全に物言わぬ赤き石像。

 うーんと唸りつつも、猫を観察し癒される事にてっしてしまっていたが……意外にもその猫ちゃんは立ち直りが早かった。

 未だ赤面している美咲が石像の顔を見つめる。おずおずと、しかし果敢にも口を開いた。


「そ、そのぅ……晴人くんのオススメとか、あったら……、教えてくれる、かな……?」

「あっ……ああ! もちろんだ!」


 ……このヘタレめが。結局アンタはろくな事してないじゃないか。

 美咲はよく頑張ったね。その勇気を称えて、後でアイスでもおごってやろう。



     ◇



〔よーうアイリス。今日もそのキャラは可愛いな!〕


 わざわざ『そのキャラは』と言うのが何ともこの相方様らしい。別に悪い気はしないから良いけど。


〔えらく上機嫌だね。何か良いことでもあった?〕

〔まあな。例の女子と良い感じになれたんだよ〕

〔おー。それはよかったね、おめでとう!〕


 ハイハイ、ヨカタデスネー。


〔お前がくれた助言を活かしてな。男らしく決めてやった〕


 ふぅーん。へぇー。ソーナノカー。


〔すっごいなぁ。さぞカッコよかったんだろーなぁ〕

〔そう褒めるな、照れる〕


 『皮肉』ってご存知ですか、おばかちゃん。

 知らないですよね、知ってます。


 まっ、何とかこれで肩の荷が降りそうで安心したよ。

 告白まではどのくらいかかるかな。できれば早いとこくっついてくんないかなぁ。



 ――じゃないと、私も……さ。

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