第81話言葉はいらないですか?
急げ! ……急げ!
ハルトは慌ただしく入り乱れる人混みをかき分けながら、必死に心でつぶやいた。
宵闇に煌々と揺らめく炎と顔を叩きつけてくる雨粒のせいで、目がおかしくなりそうだ。
実際、少し違った意味で目が狂ったかもしれない。
魔物が声を挙げる場所から遠ざかるように列をつくる人々。入り乱れてはいるものの、皆、どこか慣れ染まったような表情だ。
我先にと急ぐ者はあまりいなく、街に魔物が出現したという大事態にしては、民衆の対応が冷静。異様な雰囲気である。
これが頻繁に魔物が襲来することによる、魔物への慣れなのであるとしたら、それは大いに間違っている。
魔物への恐怖は一ミリたりとも薄れてはいけない。たとえ、ゴブリンであろうと、一瞬たりとも気を抜くことは命に関わる。
ハルトはそれが分かっているからこそ、苦汁を飲まされたような顔をしながら雑踏をやや強引にかき分ける。
正気に戻ったハルトは確信していた。おそらく自分が最後であるということに――。
少なくとも、シェリーは既に魔物と戦闘を組み合っている。おそらく、そこにはモミジ、ユキオ、マナツもいるだろう。
不完全な仲間たち。一ピースでも欠けてしまうと、途端に人並み以下まで成り下がる。
だからこそ、不甲斐ない理由で誰かが欠けることは許されないのだ。
「急げ……急げ!!」
徐々にすれ違う人々の顔色に焦りや恐怖が滲んできた。おそらく、近づいているのだ。
顔色が移り変わる人々の異様な光景を頼りに雑踏を抜け切る。
視界が一気に開け、紛れもない
倒れ、うずくまる人。その人を庇い、剣を、杖を振るう冒険者の姿。人々を嘲るように宙を旋回する巨大な怪鳥。
そんな構成が至る所で見受けられる。
どうやら、今回襲来した魔物は怪鳥の姿をした一種類だけのようだ。
道幅の広くなった街路を一目散にかける。どうやら怪鳥の魔物は、ランク的にはそこまで高くなさそうだ。冒険者たちは魔物に後れを取ることなく、倒している姿も見れる。おそらく、高くてもCランクの下だろう。
しかし、ハルトの表情は依然として苦い。なぜなら、不完全なハルトたちのパーティーにはCランクは荷が重いからだ。
前方に見覚えのある背中が目に入る。
細身なのにとてつもなく巨大なオーラを侍らせ、鋭いほどに煌めく鎧を身にまとい、一片の剣と首元まで届く巨大な盾を駆使して、怪鳥の魔物と渡り合っている。
よく見ると、彼の周りには山になりそうなほど、翼を折られた鳥の群れがあった。
「ライズさん!」
紺色の髪の彼は、眼前に迫りくる怪鳥を盾で弾き、体勢を崩したところを金色のオーラを纏った剣で一突きした。
そして、ハルトの方に目をくれることなく、剣を新たに迫りくる怪鳥――ではなく、そのさらに奥を刺すように前方に掲げた。
その仕草の意図を理解し、ハルトは躊躇うことなくライズとすれ違う。
「ライズさん! ご無事で!」
振り返ることなく駆けるハルトの背で、眩い閃光と怪鳥の悲痛な叫びが迸った。
ライズと別れてすぐにハルトはわき溢れる胸の熱さを感じた。
雨風で冷え切った身体が、今は溶けてしまいそうなほど熱い。
「近い……!」
街の大通り、行く手を四つに別つ交差点に差し掛かる。前方には人影無し。左右のどちらかに彼らはいる。
ハルトは一片の迷いもなく、右にスピードを落とすことなく曲がり、腰に下げた鞘から薄く紫色のオーラを纏う剣を引き抜く。
曲がった先、彼らの背中は少しだけ遠くに見えた。五匹の巨大な怪鳥に囲まれ、シェリーを守るように取り囲むマナツ、モミジ、ユキオの姿。
シェリーが三人の身体に自分の手を滑らせていることから、三人がシェリーを守り、魔力吸収で三人の魔力をまとめ上げたシェリーが一匹ずつ迎撃していくというフォーメーションだろう。
声を挙げようとしたハルトの視界に高速で四人に迫る物体が視界に映る。
それは四人の遥か頭上。他の怪鳥よりも高く飛行し、まるで打つ放たれた矢のごとく、一直線に四人に向けて降下している。
「くそっ! 別種か!」
おそらく、そこらじゅうに沸く怪鳥の魔物の上位種だ。
ハルトは一瞬、足を止め、スキルを発動する。胸の奥底で沸きあがる魔力を惜しみなく使い、地を蹴り上げる。
身体は半自動で動き、数十メートルの距離を一瞬にして詰める。
そして、四人が振り返るよりも早く、再び地を蹴り上げて飛翔。宙で初発したスキルの技後硬直に入る前にさらにスキルを重複して発動させる。
剣の刀身が赤く煌めく。そして、姿がぶれるほどの速度で降り注ぐ魔物に向けて、全力で振り切った。
空を切ったハルトの剣は輝きを剣筋に残す。巨大な赤風刃となって前方に飛んだ鎌鼬は怪鳥の身体を乱雑に切り刻む。
突然、謎の刃に襲われた怪鳥は速度を落とし、落下する。しかし、その瞳はまだ死んでいない。一撃では倒し切れないことを見るに、やはり他の怪鳥の上位種なのだろう。
地に足を付け、四人の傍に着地したハルトに技後硬直が襲い掛かる。
四人はハルトを一瞬見て、そして、誰も言葉を発することなく、即座に動いた。
モミジ、ユキオ、マナツは一斉に駆けだした。それぞれの剣の刀身が色鮮やかに輝く。そして、落下から体勢を立て直したばかりの怪鳥に向け、各々スキルを発動。さらに怪鳥の身に傷跡を刻む。
そして、シェリーはハルトに駆け寄り、膝をつくハルトと同じ目線まで腰を掲げる。
視線が交わる。
ハルトの眼に再び宿った光を見て、シェリーは笑顔で大きく頷いた。
そして、右手をハルトの手の上に重ねる。
刹那、ハルトの身体を襲う虚脱、嘔吐感、頭痛。身体の底から魔力が強引に引きずり吸収されていく感覚。
シェリーが今度こそ、力なく落下する怪鳥に向けてゆっくりと右手を掲げた。
降り注ぐ雨粒が一粒残らずに凍り付く。まるで、時間が止まったようだ。
そして、シェリーが右手をグッと握りしめた瞬間、時は動き出す。
周囲の氷粒が一斉に怪鳥の身体を貫く。
怪鳥は身体を穴だらけにして、意識なく地に伏した。
周りの怪鳥をあらかた片し、モミジ、マナツ、ユキオが駆け寄ってくる。皆、何かを言いたげにはするものの、ハルトの言葉を待つ。
ハルトはゆっくりと立ち上がり、口を開く。
「――ただいま!」
パーティー追放された者同士で組んだら、全員魔剣士だったけど割と万能で強かった件 微炭酸 @-Hunya-
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