名探偵・日置承平の最期

mikio@暗黒青春ミステリー書く人

5 minutes before "Q.E.D"

 闇の向こうからコツコツと足音が聞こえてくる。硬質で規則的で、力強いそれはもちろん日置承平ひおきじょうへいのものだった。


 日置は数多くの事件を解決してきた名探偵であり、わたしはその助手兼記述者だった。


 わたしが真相究明に貢献できたケースは皆無だったが、日置はわたしのことを買ってくれていて、難しい事件が起きる度、わたしの下を訪ねてくれる。わたしの何気ない言葉が閃きを得るきっかけになるらしい。


『先だって冷蔵庫を変えた時に、配送業者が郵便受けを外したんだよ。ほら、ドアの内側についてるあれ。でないと入らないらしくってね』


 あれは施錠されたアパートの自室で、若い女性が鍵を握りしめて一酸化炭素中毒死した事件の時だったか。わたしが世間話のつもりでそう言うと、日置はしばし瞑目した後『そうか……あの部屋はワンルームだ。郵便受けを外せば、差込口から被害者の手まで一直線に糸を張ることができる!』と叫んだのだった。


 数日後、第一発見者の男が逮捕された。いわゆる糸と針の密室を作るにあたって郵便受けを外したのだとすれば、彼にしか郵便受けを戻すことはできなかった。


『先だってクリーニングに出した一張羅を受け取りに行ったら、似ても似つかないタキシードを渡されてね。どうも何かの拍子にタグがあべこべになっていたらしい』


 これは彼とわたしが招かれた雪の山荘での事件の時か。


『そうか……鍵立てに入っていたのはキーホルダーだけをつけかえたマスターキーでもなんでもない犯人の部屋の鍵だったんだ!』


『大きい冷蔵庫も考えものだね。カチカチに凍った肉が降ってきて頭にゴチン、だよ』


 レストランの事件。


『そうか……それで凶器は消えてしまったのか。彼らの胃袋に』


『実験してみたんだが、ゴム球で脇を抑えると本当に血が止まるんだね』


『そうか……』『そうか…』『そうか』


月田つきた


 日置の声でわたしははっと我に帰る。


「やあ、日置か。わたしのところに来たということはまた難事件でも発生したのかな」


「いや、もう一つの方だ」


「というと、解決かな?」


 昔の日置は確かに自分の推理が完成した時にも来てくれていたが、最近の彼にしては珍しいことだ。


「ああ、これで解決だ」


 どん、と日置がわたしの方に倒れこんで来た。遅れて胸のあたりに鋭い痛みを覚える。ナイフ、と思うの同時に日置がそれをぐいと押し込んだ。


「俺はお前のピエロじゃない。俺は、俺が、俺こそが事件を解決する名探偵なんだ」


 勝手なことを言って、日置はわたしの下を離れて行った。


 馬鹿だな、と思う。おそらく日置が理解しているのはわたしが彼を操っていたことまでだろう。


 郵便受けを外して糸と針のトリックを使うには、第一発見者にならなくてはならない。そんなリスクを現実の犯人が冒すはずもない。他の事件もすべてわたしが用意した偽の解決だ。本当はそれに気づいて絶望した顔を見たかったのに。


 ああ、日置、やっぱり君は名探偵ではなかったね。

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