夏の終わり
時間タビト
第1話 夏の終わり
「今日は全てを忘れて楽しもう!」
少女の合図で、花火大会は始まった。
花火大会といっても夜空に大輪の花を咲かせる大規模なものではなく、それぞれに持ち寄った家庭用の花火を楽しむ自分達だけのささやかな花火大会。
参加人数は四人。
高校最後の夏に進路等の様々な事をこの瞬間だけは忘れて無心に楽しむために集まった。
四人で騒げるのはこれが最後。四人共に進学はせず就職になる為、暫くはこうして集まる事が難しい。
同級生達が話しているような卒業旅行は、時間的な余裕も金銭的な余裕もない四人には行く事が出来ない。だから、自由な時間が取れる夏を最後に選んだのだった。
小さな子供のようにはしゃいで楽しむ。
花火のために集まった川原には、他にも何組かの親子の姿があり、皆同じように楽しんでいる。
「やっぱり最後はこれよね」
言って皆の前に差し出したのは『線香花火』
四人がそれぞれ手にとって火をつける。
小さな火の花が咲き、全員が無言になる。
川原にいる親子は変わらずはしゃいでいるが、その声も今の四人には聞こえない。
小さな花が弾ける音だけが聞こえる。
気まずい沈黙ではなく、心を浄化するような沈黙。
「………」
最後の線香花火の花が消える。
火が消えた瞬間は寂しいけれど、それ以上の感動にも似た想いがある。
小さな花火大会最後の五分間。
それは、心地良い静寂だった。
「終わったね」
誰ともなく呟きが漏れる。
「そうだね」
そう答える四人の顔に寂しげな色はない。
「気力も満タンになったことだし、また、頑張ろう」
その言葉に、皆が頷く。
決意を新たに上げた顔には、笑顔がある。
「仕事に慣れたら、またこうやって集まろう」
「…それは、まだ早いよ」
「いいじゃない。目標があった方が頑張れるよ」
「目標…小さすぎない?」
「小さな事からコツコツと、よ」
そんなおしゃべりをして、爆笑する。
「いつまでも友達でいようね」
「当然」
四人の声が重なって、また笑う。
「さて、片付けようか」
使い終わった花火は水を張ったバケツに入れているが、細かなゴミがある。それらを纏めて袋に入れ、仕上げに川の水をかける。
火の気が完全に無くなったのを確認して立ち上がる。
「次に顔を合わせるのは学校だね」
「うん。それまで病気とかしちゃダメだよ」
「それじゃ、新学期にね」
「またね~」
言葉を掛け合って、別々の道へと歩いていく。
それは、この先の自分達の姿にも見えるけれど、別離ではない。
学生の夏は終わるけれど、四人の心の夏はこれから先も続いていくのだから。
夏の終わり 時間タビト @tokimatabito
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