14-4
今日は市を挙げての大レース、コースは町中、発起人であるドンガガは実況席へと座っていた。マーチングバンドが通り過ぎ、目の前をマシンに乗ったドライバーたちがゆっくり通過していく。
三番目にナインがマッハラビット肆号に乗って登場した。ナインは「ドンガガさーん」と手を振ってくれている。ドンガガは少し控え目にそよそよと振り返す。心の中で頑張ってくださいとつぶやいた。
セレモニーを終え、パレードの順にスタート位置に着く、すなわちナインは三番目だ。
スタートランプが赤く光っている。ドンガガは息を飲んで緊張の瞬間を見守った。パッとスタートランプが青に変わった。それと同時にマシンは勢いよく走り出した。
スタート位置には観客にも情勢が分かるよう大きなモニターがある。スタートの映像がスタートから少し離れた場所の第二カメラへと切り替わる。音は聞こえないがカメラにどんどんとマシンが近づいてくる。ナインが三位で通過した。ドンガガは緊張のあまりこぶしを握り締めていた。
カメラは山道に切り替わる。くねくねとしたうねる道を他が減速する中、ナインはスピードを落とさず左へ右へと器用に移動しながら走っていく。
途中、大きなカーブで前の一台を抜いて二位に躍り出た。ドンガガは「よしっ」と立ち上がる。一周目を走り終えて二位、マッハラビット号はウィイイイイと実況席の直線を猛スピードで走り抜けていく。
ドンガガは「頑張れー!」と声援を送った。実況席に座っていることなどお構いなしにナインを応援する。勝負は三周目へともつれ込む。追いつけそうで追いつけない。
ドンガガは「あっ、もう、ほら、そこっ!」と声を上げている。カメラが切り替わるとそれを食い入るように見つめた。追いついていた。その差は一台分。
得意の山道でその差は半分になった。最後は直線勝負! たじろいでいては負ける。ナインはアクセルを力いっぱい踏み抜いた。
「負ける!」
ドンガガは目を反らしそうになる。すると、あの時泣いていたナインのあの言葉が頭によぎった。
――次は壁を越えて見せます。
ドンガガは目を見開いてその瞬間を見届けた。
高まる加速音。ナインは臆することなく直線を駆け抜け、僅差で制し優勝を飾った。
表彰台の前で対面するとナインは少し照れていた。
「オイラの始めてのタイトルだ」とはにかむ。
名前を呼ばれると手を上げ声援に答え、それからドンガガと握手する。
「ありがとうドンガガさん」
ナインはまっさらな笑顔だ。
「おめでとうございます」
ドンガガは心からの賛辞を贈る。中央に立つと降り注ぐ拍手に答えるように両手を振った。現市長によって首にメダルが掛けられトロフィーが渡される。
マーチングバンドがファンファーレを奏でて今日はリトルフォレスト最良の日、今日の日のことをドンガガはずっと忘れない。
大会を終え、来客たちは穴の中へと帰っていく。ドンガガはそれを穴の
「さようならドンガガさん」
「さようなら」
「さようならドンガガさん」
「さようなら」
「またね、ドンガガさん」
「またお会いしましょう」
「バイバイ」
「ハイ、バイバイです」
「色々御馳走様でした」
「お粗末様でした」
「お元気で」
「皆さまもお体にお気を付け下さい」
「すごく楽しかったよ」
「それは恐縮です」
動物たちの挨拶は続いていく。ドンガガはそれに丁寧に受け答えする。
すべての動物を送り終えるとドンガガはその姿が見えなくなるまで手を振った。全て終えると辺りは夕暮れで、地面に影が一人寂しく伸びていた。ドンガガはとことこと歩いて自宅に帰った。
その夜、ドンガガは妻と娘に「疲れているから寝るよ、お休み」と言って、ベッドにもぐりこんだ。そっと目を閉じるが祭りの余韻が忘れられず、窓を開けて耳を澄ましてみるが町は静か、もうファンファーレさえ聞こえない。
動物たちはみんな帰ってしまった。今頃帰っている最中だろうか? それともみんなもやっぱり眠っているのだろうか?
考えているうちに、うとうとうと。リトルフォレストの夜は更けて空には真ん丸お月様。明日起きる頃にはリトルフォレストはまた元の静かな山間の町へと戻っているだろう。ドンガガは持ちかえった枕もとのカボチャのランタンの火をそっと吹き消すと眠りについた――。
皆さんは想像したことが有りますか? 自分たちの住んでいる町の下で怒れるもぐらが住んでいて、ムシが結婚式を開き、ブタが料理を作ってそれをフクロウが食べているのを。地中を這うトロッコ列車が走り、そこには妖精たちの国があるかもしれない。もしかしたら地の果てには、なぞなぞダイスキなドラゴンだってひっそりと暮らしているかもしれない。
考えると楽しくてわくわくしますが、ドンガガさんの旅はこれにておわりです。楽しかったですか? ドンガガさんは楽しかったようです。その証拠にドンガガさんは夢を見ています。動物たちを引きつれ大冒険、かと思うと明けても暮れても地中でお祭り騒ぎ、随分と楽しい夢のようです。
静かな夜に地面に手を当ててそっと耳を澄まして聞いてみてください。ほら、聞こえませんか? 動物たちの笑い声が。
(了)
地球に穴があいたよ 奥森 蛍 @whiterabbits
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