14-3

 ドンガガはトロフィを急いで作るよう業者に発注していた。いくつもの工房に断られ、ようやく引き受けてくれたのは郊外に住むバルトリヒーという偏屈老人だった。


 昔の職人気質と言えば気質なのだがとにかく偏屈で自分の気に入った仕事しか引き受けないし、一つでも気に入らないことがあると途中で仕事を断ることもザラで、ドンガガも市長時代にトラブルを起こしたことが何度もあった。


 正直、頼むのは気が引けた。しかし、トロフィが無くては、大会は開けない。苦渋の決断でドンガガは彼に発注した。


 すると引き受けて欲しいのなら直接頼みに来い、というのでどきどきしながら彼の工房を訪れた。木を切っただけの丸椅子に座らされじっと見つめられること三十分、ようやく出た言葉が「お前の情熱を聞かせろ」とのことだった。


 それなら、とドンガガは立ち上がり地下世界で見たウサギのF1レースのことを熱弁した。地下世界でのF1の人気ぶり、エイトと言うヒーローがいたこと、彼の突然の事故、弟の決意、職人のレースにかける情熱、レースで感じる恐怖とそれに抱く葛藤、その他見てきた事実をありのままに語り情熱を溢れ出させて懸命に喋り続けた。


 気が付くと優に二時間は経っており、バルトリヒーはもういいお前の情熱は分かった、と呟いた。そしてドンガガの前を離れると取り憑かれたように鉄を打ち鳴らし始めた。


 それを見たドンガガは情熱が伝わったのだと大喜びして工房を後にした。


 


 最後のお客はトロッコ列車で会ったワニ一家だった。来るか来ないか心配していたのだが、市役所にドンガガ宛で電報が届き、来ることにしたという内容だったのでドンガガは慌てて首を捻った。


 あの列車に乗っていたくらいだ、ふるまいから見てもワニ一家はすごく高貴な家族だろうと推測する。下手な接待は失礼にあたるだろう。


 考えに考えた末ドンガガはゴルフをすることにした。ドンガガはゴルフは初めてだった。市長時代、何度も部下に誘われたのだが休日は家族と過ごす主義と言って一度も行かなかった。パタの国を総ざらいしてもゴルフに行ったことのない市長経験者はドンガガだけだろう。


 ドンガガはこれを機にゴルフデビューすることにした。スポーツショップに向かい人揃いのゴルフ用品を揃えた。それからワニ一家がやってくるまで毎日家の外でドライバーを素振りし、夜は家の中でパター練習を繰り返した。


 ワニ一家が来訪する日の朝、ドンガガは意気揚々と穴へと向かった。接待のシミュレーションはばっちりだ。失礼のないようにしなくては、と心がけて穴の前で彼らを待つ。


 待つこと数時間、ワニ一家は昼過ぎに、やはりおしゃれな恰好で現れた。婦人は冷えるからと毛皮を首に巻いている。


「やあやあ、ドンガガさん。お久しいですね、サンペリオには無事着かれましたかな?」

 父ワニは満面の笑みだ。ドンガガも笑い返す。


「ほ、本日は山間でゴルフでもと思っているのですがいかがでしょう?」

「ほう、ゴルフ! いいですね、それならマイドライバーを持って来るのだった」


 上機嫌だ。反対に子ワニと母ワニは「ええ、こんなに寒いのにゴルフぅ?」と不平を口にする。


 ドンガガは焦った、想定していなかった意見だ。てっきり一緒にプレーしたいというものだと思っていた。焦って必死で言葉を探す。


「も、申し訳ありません、ゴルフ場には美味しいクラブハウスティがあります。ケーキも美味しいですよ、よろしかったらぜひ一度お召し上がり下さい」

「そう?」


 夫人は少し魅かれたようだ。子ワニは相変わらずつまらなそうな顔をしている。父ワニが「ゴルフ場には池もあるから池ポチャボールを拾って遊びなさい」と言う。

子ワニは「ええ、冬なのにい?」とつぶやいた。


 子ワニは不平を言っていた割にはゴルフ場を楽しんでいる様子だった。池に入りはしなかったが地上のロストボールを拾って遊んでいる。


 それを見届けてホッとしたドンガガは思いっきりドライバーを振りぬいた。

 ヘッドはボールを嫌ったかのように避けてぐんっと背の後ろに回る。


「はっは、どんまいどんまい、そんなこともあります」


 そう言って父ワニは素振りを始めた。ビュオンッと鳴り風を切るように速くてドンガガは思わず身震する。


 父ワニが打った。ボールは見えない位空へと高く舞い上がり遥か向こうのフェアウェイへと落ちる。


「まあまあですかな」と笑う。


 ドンガガはゴルフで接待しようとしたことを後悔した。


 接待ゴルフは終わり、ダブルボギーを叩きまくったドンガガのスコアは200、下手くそすぎて恐縮しながら打った。対する父ワニのスコアは80、どれくらいすごいのか分からないがプレーの雰囲気を見ていて相当上手いのだと思った。


 それでも父ワニは「下手になったなあ」と首を鳴らしていた。楽しんでもらえたのかと心配だったが、またゴルフに通おうかなあと言っているのを聞いて満足してもらえたのだと安心した。


 フクロウ一家と同じホテルにワニ一家を送り届けるとドンガガはその足でバルトリヒーの工房へと向かった。朝、トロフィが仕上がったとの連絡を受けていたのだ。

工房を訪れるとバルトリヒーは後かたずけの最中で「あの……」と声を掛けると何も言わずに振り返りダンッと作業台に出来上がったトロフィを置いた。


 トロフィーのカップ部分は薄い金色で半円の月を模しておりそれをウサギの人形が支えていた。あまりに神々しくて触るのさえ躊躇する。


 ずっと眺めているとバルトリヒーが「要らないのかっ!」と怒鳴った。驚いて「ありがとうございます!」と叫ぶとトロフィーを持って夜の街に駆けだした。


 すべての準備は整い、後は時が訪れるのを待つばかり。家に持ち帰るとドンガガはそれから毎晩トロフィーを枕もとに置いて眠りにつき、そうして来たる大会当日を迎えた。


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