14-2

 リトルフォレストに戻ったドンガガには一番にやるべきことがあった。

 それは旅の報告をすることでもF1の準備をすることでもない。ラッキーたちの父親を、父ネズミを探さなくてはならない。


 こうしている今もネズミの一家は困窮に喘ぎ、ラッキーは働きに出ている。ドンガガには一家を救うという使命がある、いや正確に言うと一家を救うのはドンガガではなく父ネズミだ。


 ドンガガは元市長の知名度を生かし新聞に出て父ネズミを探しているから見つけたら知らせてほしいと訴えた。


 露出の甲斐あってか父ネズミはすぐに見つかる。繁華街の残飯を漁り、猫に見つかって追いかけられているところを保護されたのだ。


 父ネズミは都会の喧騒に疲れひどく痩せていた。ラッキーたちの置かれている状況を説明するとうぉんうぉん泣いて帰りたいと言った。


ドンガガ邸で出されたチーズを貪り食うとドンガガと真面目に働くことを約束してひっそりと地中へ帰っていった。




 父ネズミが帰ってから約ひと月過ぎたころ待ちに待った来訪者が現れた。

 『チームマッハラビット』の面々だ。


 スターのお出ましだと市をあげて出迎えた。久しぶりに見るナインは鍛えているせいか少し逞しくなり、立派なレーサーへと変貌を遂げていた。


「ドンガガさん久しぶり! 元気にしてたかい?」


 あどけない声は相変わらずだった。ドンガガは駆けよると破願して喜んだ。


「お兄様のお加減はいかがですか?」

「ようやく少し歩けるようになったんだ。レースも見に付いてくるって言ってたんだけどまださすがにそれはね。お土産にトロフィを持って帰ることにするよ」


 それを聞いてドンガガは真っ青になる。


「どうしたんだい?」


「なんと」

「なんと?」


「トロフィが無いのです! 忘れてました!」


「ええっ!」


「こうしてはいられません、急がなくては」

 そう言うと駆けだして行ってしまった。


「……大会、大丈夫かなあ」

 ナインはつぶやいた。




 日は過ぎて町には続々とレースチームが到着しつつあった。皆、長旅の疲れかぐったりとしている。それでもマシンのパーツはしっかり肌身離さず持ってきたらしい。どのチームも地上で組み立てるようだ。


 ドンガガは忙しい準備の合間を縫って車体の組み立て工場を訪れた。様々なチームのマシンが集結していた。ほとんどが組み終わっており、磨き上げられたその艶めく車体はどれも目移りして惚れ惚れするほどかっこいい。


 ふと、マシンに乗り込むナインを見つけた。シートの調整をしているらしい。よくよく見て気付く。ナインが乗っているのはマッハラビット参号ではない。


「新しい車体ですか?」

 たずねるとナインはこくりと頷く。


「こいつはマッハラビット参号の後継車、マッハラビットよん号さ」

「処女走行でつぶしてくれるなよ。これ以上はこっちの体がもたん」

 老体をいたわるようにデジットは肩をとんとん、と叩いた。




 ウサギたちの次の来訪者がやって来た。フクロウの一家だ。皆余所行きの恰好で子フクロウは水兵帽をかぶっている。子フクロウは会うなりたずねてくる。


「ドンガガさん僕のあげた幸運の羽持ってる?」

「もちろんです」


 うなづいてジャケットの内ポケットから白い羽をそっと出す。


「ずっと旅のお供でした。この羽があったから無事旅を終えることが出来たのだと思いますよ」

「ふーん」


 子フクロウは少し照れ臭そうだ。


「ところで、どんなところを案内してくれるの?」

「これっ! ドンガガさんはお前の相手を出来ない位忙しいんだよ。父さんと母さんと三人で回ろうって言ったじゃないか?」


 困り顔で父フクロウがたしなめる。


「案内してくれるって約束したもん!」

 子フクロウはゆずらない。


「はい、仰る通りです。確かにお約束いたしました」

 ドンガガはにっこり笑う。


 父フクロウと母フクロウがはーっとため息を吐く。


「どうもすみません」

 二人とも申し訳なさそうにお詫びする。


「ちゃんとプランを練ってあるんですよ。リトルフォレストの名所へとご案内いたします」

 ドンガガは三人にお手製の観光マップを渡した。


 ドンガガたちとフクロウ一家は貸し切りハイヤーに乗っている。ドンガガは助手席から後ろを振り向きながら一家に説明する。


「リトルフォレストは森林面積八十パーセントを超える山間の町、特産のリンゴとヒノキの生産量はパタの国の総生産量のそれぞれ三十パーセントと七十パーセントを占めます」

 ドンガガはリンゴジャムのビンを渡す。


「町ではそれらの生産の他、加工・販売を行っており、特に今お渡ししたブルーラベルジャムは王族の食べものと呼ばれるほど高級で主に贈答品として流通しています」


 ついで取り出したのはヒノキのスプーン、サルたちに渡してサンペリオにも持参したあの名産品だ。


「町にはヒノキの工芸品の工房が十三有り、そちらのお品は町の雑貨屋他全国の高級デパートでも取り扱われ最近ではおしゃれ食器として若い女性の間でも人気です」


「ドンガガさんジャム開けて食べていい?」

「これっ、行儀が悪い!」


「どうぞ、お食べになってください。ビンは開けらますか?」

「うん!」


 子フクロウはそう言って爪で器用にビンの蓋を捻る。ぽんっという開封音を聞いて子フクロウは驚いて羽を広げる。


 面白かったらしくもう一度閉めて開けなおすのだがもうその音は出ない。音を聞くのをあきらめると木のスプーンでビンの中のジャムをごぼっとすくった。それをぱくりと口に放り込む。


「わあ、これすっごく美味しい。これ何の味?」

「リンゴの絵がついてるでしょ」

 母フクロウが呆れている。


 父フクロウがごくりと唾を飲み込む。


「父さんに一口分けてくれないか?」

「やだよっ! 自分のあるでしょ?」


「いくつも開けちゃ勿体ない、ちょっとだけ、ちょっとだけだ」

「うーん、もう。じゃあ、ちょっとだけだよ!」


 惜し気に子フクロウはスプーンとビンを渡す。父フクロウは受け取るとビンから一すくい。子フクロウが「ああ! すくい過ぎだってば!」と止めるのを聞かず口に放り込む。食べるとすぐとろけた顔をして「母さんも食べてみろ!」と渡す。


 母フクロウもそれを聞いて仕方なく口に放り込む。パッと目を輝かせたかと思うとやはりとろけた表情。


 その後すぐに子フクロウが「父さんと母さんが僕のジャムいっぱい食べたあああ」と叫んで泣き出した。


 両親は困って自分たちのビンを渡し「父さんと母さんの、全部あげるから泣くのをおよしよ」と子フクロウなだめた。


 子フクロウは満面の笑顔、ほくほくとしてビンを握りしめている。


 その後、町の小さな雑貨店でショッピング、父フクロウはこれでもかとお土産の木のスプーンを、母フクロウは自宅用にと木のおぼんを買っていた。もちろん代金はドンガガが全て支払った。


 その後、ジャックピザで昼食を御馳走し、おやつの時間にはカフェでイチゴパフェを食べた。


 満腹になりハイヤーの後ろで子フクロウがうとうとし始めたので少し早めにお開きすることにし、ハイヤーで家族を予約していたホテルへと送り届ける。


 ドンガガお気に入りの屋内プール付きのホテル、喜んでもらえるといいなと淡い期待を抱きつつ別れた。フクロウ一家はF1開催の日まで滞在するらしく、ドンガガは大会を盛り上げねばと、より一層意気込んだ。

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