ファンファーレの日
14-1
エルフたちとはその場で別れた。長がリトルフォレスト市とセントカルネラ市の姉妹都市の締結式に招きたいと言っていたのだが自分たちは本来、人目に付いてはいけない生き物だからと言ってエルフたちはそれを断った。彼らは破壊され失った里の代わりに新しい隠れ里をこの地で探しひっそりと暮らすという。
エルフとの別れの後、長に連れられ急いで民家を探した。
冷静になり気付いたのだがドンガガたちが埋められていたのは山の上の広大な玉ねぎ畑のど真ん中で周囲に家は一軒もなかった。皆、はらぺこで暗くなるまで山中をふらふらと彷徨い、やっと遠くに民家の光を見つけた。
長はすごい剣幕で駆けこんで電話を借り、通話相手をまくし立てるように話した後、電話を切った。
そしてサンペリオの人々が必死でそこの住民に事情を話し、何とか玉ねぎの貯蔵庫に泊めてもらうことが出来た。貯蔵庫は寒くて体が芯まで冷えたがそれでも地中のどんな場所よりも安心して眠ることが出来た。
翌朝、車のクラクションで目を覚ます。倉庫を出るとそこには公用車の大行列が出来ていて聞けばセントカルネラから迎えに来てくれたのだという。言われるまで気付かなかったのだがそこはセントカルネラ市ではなく隣のカルテーロ市という田舎町で、玉ねぎ栽培でたいへん有名な土地だそうだ。
サンペリオの通訳に観光案内を受けながら流れゆく町並みを眺めていると公用車が大きな建物の前で停止する。
市役所に着いたのかと思ったが違っていて中へ入ってみてびっくり、そこは大きな大きな銭湯だった。通訳が旅の疲れをゆっくり癒してくださいと言っていたが本音のところは臭いから洗えということだと思う。
湯船に入ってちょっぴり傷つきながら目を閉じた。鼻歌を歌いながらのんびり入っていると市の職員が早く上がれと呼びに来た。
湯を上がるとスズコの服に着替えた。ブルータリスのタイピンとカフスをする。玄関口でキャシーに会うとさすがにドレスは目立つせいかこの上なく恥ずかしそうにしていた。他にないのだから仕方ない。
市役所への道すがら昼食を取った。店はセントカルネラの地料理が味わえる市長行きつけの高級料理店で、食べたことのないエスニックな味だったがなかなか美味しかった。中でもベラベラという青魚のカルパッチョは格別でたくさん食べているとカッパーに食べ過ぎだと注意されてしまった。
店の水槽にベラベラが泳いでいるというので覗いてみるとそれは青くて気持ち悪いナマズのようななりをした大型の魚だった。
昼食を終え、いよいよ市長との対面。
すごく緊張した、このためにはるばると旅をしてきたのだと思うと涙が出そうになった。泣くのをこらえて市長室に入ると市長は大変陽気な人で笑いながら皆を出迎えてくれた。
「こんにちはリトルフォレストのドンガガです」と名乗ると「オウ、ドンガーガ、ドンガーガ」と返事をした。
ドンガガをボルボル語でドンガーガと発音するのは一般的らしい。
市長はリトルフォレストについてあれやこれやと聞いてきた。話に出たのでサルたちにあげて少なくなった特産のヒノキの工芸品のスプーンを渡すとスープを飲むのにすごくいいと喜んでくれた。
ついでにもう一つのお土産のブルータリスのタイピンセットを渡す。市長はじっくり眺めた後いい色だと言ってくれた。
一つは私に、残りは副市長と秘書に渡すと言ってご機嫌そうだった。
市長は何しろ忙しいのでそれ以上の話は出来なかった。後日締結式の開かれる日まで滞在してほしいということを告げられそれを了承すると、残りのお土産話はその時に、と言って笑った。
締結式は盛大に執り行われた。多くの市民が集う中、壇上で市長が何かを熱心に話している。耳を澄まして聞いていたのだが何を言っているのかさっぱりだった。
キャシーが通訳してくれないので何を言っているか教えてほしいと言うと後で教えてあげますねと言われた。旅立つ前のキャシーなら律義に教えてくれただろう、旅ですっかり仲良くなり過ぎたらしい。
市長が話を終えると聴衆が拍手をして指笛を吹き、それからアナウンスでドンガーガと呼ばれた。キャシーを見ると「立って握手ですよ、握手」と教えてくれた。
言われるまま握手をしようと壇上に進み出るとそこに真っ先に出てきたのは市長ではなかった。長だった。市長は後ろで笑っている。
サンぺリオ側の粋な計らいだろう。目頭が熱くなる。長はあの日ドンガガに言った、「我々はあなた方と友好を結びたい」と。友好、それすなわち友人であることの証。
我々は友人になり得たのだろうか? 答えは決まっている。旅を終えた今言えること、それはすなわちこれは真実の友好、我々が真の友人になり得たことの証。手を結ぶと少し泣いてしまった。
長は「ドンガーガ、ドンガーガ」と笑っていた。泣くなと言うことだろうか? それとも泣いていいよとの意だろうか? 旅を終えてもそれだけは分からなかった。
締結式を終えドンガガたちリトルフォレストの十名は再び長い旅に出ようとしていた。と言っても地中の旅ではない。優雅な船の旅だ。
さすがにこれからまた地中を旅する気力もなくあっさりそれを選んだ。地中を往復したサンペリオの一団には本当に頭が下がる。
大型客船に乗り込むとドンガガは紙テープをまとめてたくさん持った。一本でいいんですよとカッパーに言われたが欲張った。皆との別れが惜しくて仕方がなかった。
ぼっぼーと船が鳴る。出向の合図だ。船がゆっくりと離岸する。紙テープがどんどん海へと沈んでいく。これで別れ、しばらくお別れ、次に会えるのはいつだろう。最後の紙テープが海に沈むとドンガガは思いっきり手を振った。
「さようならあ、皆さんさようならあ」
こうしてドンガガは旅の仲間に別れを告げ、楽しい旅の思い出と共に懐かしきふるさとリトルフォレストへと帰還した。
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