絶望の最果て


 ――数週間後。


 夕刻間近にバティストの街についたオレは馬車から飛び降りると、いの一番にリエルと住んでいた宿屋へと向かった。しかし、この場合はやはりというべきか……リエルの姿は宿になかった。望みをつないで見覚えのない受付のおっさんに事情を話すが、彼は5年前に宿を引き継いだらしく何も知らなかった。


「くそ、こんなときに休館かよ!」


 宿屋のつぎに、リエルが通っていた図書館へ行ったら、こんなときに休館日。ツイてない! 明日また来ようと決めて他の場所をあたろう。

 

 思いついたのは、リエルがよく風を浴びていた城壁だ。でも、人っ子ひとりいなかった。バティストの街並みを一望できる場所で、よくパンやハムなんかを持ち込んで二人で食べたっけ……。葡萄酒をかならず隠し持ってきて、悪戯っぽく笑いながら瓶を出すリエルの笑顔が忘れられない。


「息を切らせて走ってきたけど馬鹿みたいだな……オレ」


 そういえば独りでくるのは初めてだ。もともと他に誰もこないような場所なので、よけいに寂しく感じる。


「ここって、こんなに草が生えていたっけ……」


 雰囲気や景色はほとんどかわらないけど、城壁に組まれた石の隙間から草が多く生い茂っている。そのことが、オレにとっては数週間前のことでも、現実には10年経っているんだと痛感させられた。

 陽が落ちかけているので身体を抜ける風に、すこし夜が混じってきた。


 これいじょう行く当てもなく、なんとなく足が向いたのは待ち合わせに使っていた街の噴水。疲れたオレは、多くの人々が座って摩耗した大理石に腰掛ける。何気なく手を置いた大理石の縁の感触はなめらかでひんやりとしていて、幾度となく触れたリエルの肌を思い起こさせた。おもわず指を左右に這わせて、ひきだされた記憶に浸る。


「また、触れたい。君に…………逢いたい」


 こうしていると、いまにもリエルが肉串でも頬張りながら、こちらにやってきそうな気がする。彼女はなぜか、いつも串を一本しか買わなかったっけ。きっと、あとで酒場で飲み食いするのを楽しみにしていたからだろう。メインの前にお腹を膨らませたら台無しだから……。はは、彼女リエルって、あんがい食い意地が張っているんだよな。


「街の様子は変わっていないのに、リエルだけが隣にいない……」


 そう、落ち込んでばかりはいられない。明日からは図書館はもちろん、対象を広げて、冒険ギルドや武器屋、道具屋なんかでも聞き込みをするしかない。でも、十年前のことを覚えている人物限定となると心細くなる。時間が経ちすぎている。


 もう少し日が暮れれば、いつも通っていた酒場が開くはずだ。今日は最後に酒場で聞き込みをしよう。うまくいけば当時のまま店の主人がいるだろうし、リエルは常連だったから見知った顔がいるはず。それに冒険者は情報通が多い、その中の誰かが行方を知っているかもしれない。せめて足取りがつかめれば。


 ……でも、そこで。


 そこで。


 なんて、最悪の事態を知ることになったら。


 日暮れと共にオレの心も沈む。


 バティストに来るまで、その可能性を考えないようにしていた……。けれど、いちど浮かんでしまった最悪の事態が頭からはなれない。もし、そんなことが現実になったらオレはどうすればいい? 

 すこしだけ女神フロランの気持ちがわかった。もしオレが世界を消せる力を持っていて、リエルが世界にいないとすれば――


 ……絶望だ。


 そんな世界なんて無くていい。そんな世界はあるべきじゃない。

 きっと発作的に消し去りたくなるだろう。なんなら、自分ごとまとめて……。


 オレはおぼつかない足取りで、酒場へと向かった。



 ☆



 石畳の路地にある酒場の外観は、オレがいた当時とまったく変わらないものだった。時の流れをいっさい感じさせない店のたたずまい、そのことだけですこしうれしい。おもわず泣き出しそうになる。感傷的になっている自分に気がつく。


「いかんいかん、そういう事じゃない」


 オレは奥歯を噛みしめ、気持ちを張って店の中へ歩をすすめる。そうして店に入ると、開店直後だと思われたのに混んでいた。それなりに広い店なのに、空いている席は僅かだ。


「いらっしゃーい。空いている席にどうそー」


 朗らかな声が店の奥からかかった。料理をトレイにのせて忙しそうに動いている声の主に目をやると、その女性に見覚えが……。


「!? っうかリエルだ! あれ、どうみてもリエルじゃん!」


 まさかの給仕服をまとっている。そんなリエルと目が合った。うつくしい紅眼がおおきく見開かれる。十年経っているはずなのに、さすがは魔王というべきか、外見は全く変わってない。


「リエル! よかった! よかった! やった、生きていてくれた。やった!!」


 オレは感激のあまりダッシュして抱きついてしまう。


「!? うえ? ちょ、お主何を! !?……まさか……タカユキ?」


「う、うん。ただいま……はは」


「タカユキ。ほんとうにタカユキなのか! どこで何をして……。いや、生きておったか……。よかった。ほんとうに」


 しばしオレ達は無言で見つめ合った。互いの瞳の中に相手の姿だけをうつしこむ。そんなオレ達の再会を妨げるように「リエルさーん。料理おねがーい」厨房の中から声がかかる。


「そ、そうじゃった。みてのとおり、いまは仕事中でな。空いているところに座っていてくれ。飯をくっていくのじゃろう?」


 おれは黙ってうなずいて、手近な席に腰掛ける。明るく軽やかにオレの前を去る彼女リエルの様子から、彼女もまた、オレとの再会を心待ちにしていてくれたのだと感じることができた。


「はぁ……よかった。生きていてくれた……マジでよかった」


 心は一気に華やいだ。店内の喧噪が心地よく染み渡る。どうやら最悪の事態だけは避けられたようだ。生きていてくれたのならそれだけでいい。みたところ元気そうだし。あれだけ『働いたら負け』『働くぐらいなら死ぬ』とまで言っていたリエルが……どんな心境の変化があったのだろう。しかも給仕服、超似合っているし……あと、スカート短くない? でも、本当によかった。


 安心すると、いろんな疑問が沸いてきた。リエルはオレのこと、どうおもっているんだろう? もしかして他に付き合っている男とか……。それは、いたら消すとして。付き合っているぐらいならいいけど、誰かと結婚なんかしていたらどうしよう……。なにせ十年だ。それは十分に考えられる。オレは周りに視線をとばす。冒険者風の人間で溢れているが、それらしい感じは受けない。まさか、いきなり子供とか出てこないよな?

 さっきまで生きていてさえくれれば、それだけでいい。なんて思っていたのに……。いざ願いが叶うと、それだけで満足できない。つぎつぎと欲がでてきた。つくづく人間は欲深い。



 ☆



 店は忙しいらしく、なかなかリエルはやって来られない。それでも、生きているということを確認できて、おなじ空間にいるという事実だけで幸せだった。なんども目を合わせて、お互いにそのことを確認する。しぜんと笑顔になる。こんなに美味しい酒をのんだのは久しぶりな気がする。


「あ、タカタカ。ここにいたのかあ、探したよお~」


 ぱたぱたと足音を響かせて近寄ってきたのはルイユさん。

オレだけ先に馬車から降りたから数時間ぶりの再会だ。


「ホラ。キスしたげる。約束でしょ。三時間に一回て」


 言うがはやく唇を重ねてきた。そうなのだ。オレが父さんの代わりにルイユさんとキスをする役目を引き継いだ。泣きじゃくるルイユさんをなだめるためにそういう事になってしまった。


 だけど、このタイミングはまずい! 先にリエルに説明をしたかったのに!


「――ぷあ。ルイユさん、ちょっとまって! いまは、いろいろと不味いから!」


「んーなにが不味いの? でもした……」


 約束……そうなのだ。最初は一時間に一回のキスからスタートした。泣きじゃくるルイユさんはタフな交渉相手で、ほっぺたとか額とか手にとか、時間以外にもキスをする場所も含めて様々な角度からのキス実施を提案したけど、ことごとくが却下された。リエルの元に急ぎたいオレの焦る心を見透かしているようにタフな交渉のうえ、唇と唇限定で三時間に一回に……。


「ハイ、つぎの分もいまするね。これでもオマケしたんだから」


 そういいながら、今度はおもいっきり舌をいれてきた。さすがはオレが生まれる前からキスをしているエルフ。キス慣れしている。毎度飽きさせない見事なキスだ。唇だけではなくて、掌で包み込んできたり頬や鼻の頭、尖った耳といったパーツも織り交ぜつつ繰り出されるキスは志高。ルイユさんが、すごく愛おしく思えてくるんだけど……。あ、至近距離で見つめ合ってから、耳からくるやつオレ好き――

 

 そうじゃない! だから、今は不味いんだって! マジで!


「ッ……!?(クワッ)」


 あ、リエルと目があった。


 リエルのカオから表情が消えた。瞳だけが紅く輝いて残像を空間にのこしながら、ゆらりゆらり~とこちらに近づいてくる。低レベルの冒険者でも可視できるぐらい戦闘のオーラがすごいことになっている。……これって、戦闘不可避だ。


「お客様ァ~。ご注文がまだでしたね。顔パンにしますか? それとも、腹パンにしますう?」


「あ、はは……。パンはパンでも食べられないパンって、どっちも嫌ーー!!」


「そうですか。残念。でしたら当店スペシャルメニューにしましょうか? そうしましょう」


「す、スペシャルメニューて何?」


「真・魔王痛恨滅絶斬」


「うあ怖ッ! その技、魔王現役時代に最終戦闘ラストバトルでオレ達に放ってきたやつだよね! たぶんバティストの街が全壊するやつ!」


「『真・』なので、威力は三倍です。お客様」

 

 素敵な笑顔だけど、言っていることが物騒なんですけど!


「!? ちょ、あのリエル? 話を聞いて! これには事情があってさ、とにかく話を!」


「はーん? 事情? ふふ、いまさらなにを。余はへーきじゃ、ぜんぜんへーき」


「ぜんぜん平気じゃない! とにかく話をきいて。いえ、聞いてください! お願いします!」


 オレは抱きついたままのエルフの少女を引き剥がすとリエルに向き直る。きちんと話さないと誤解を招きかねない。

……っうか、もう手遅れなぐらい誤解されている気がするけど!


「彼女さ。ルイユさんっていうんだけど」


「ふんふん。ルイユさんね。どうもお初にお目にかかる。余は『魔王ドヴァリエール』です」


「ダメーー! 『リエル』の名を捨てないで! こっちに帰ってきて!」


「フン……、『リエル』だれですかそれ? 皆目、知らぬ名じゃ」


「いいから聞いて。ルイユさんはさ! じつはオレのお義母さんなんだ」


「へーそうなんだ。タカユキのお母さんなんだ。へぇー。へー」


「ねータカタカ。この黒髪の女性ヒト誰? じぶんのこと『魔王』とか言っちゃってるけど。なにそれ脳内? そういう設定? 見た目は綺麗なのに、残念だね――プッ」


「!?(カチッ)」


 鼻で笑ったルイユさんの煽り。いや、嘘は言ってないんだけど。こういうの一番頭にくるんだよな……。


「リエル待って! 技のモーション待って! 話終わってない! まだ!」


「あーそうだ。明日の分もいましとこかな」


 冷たい眼差しをリエルに飛ばして、そういって、また舌を入れてくるルイユさん。何故にいま! どうして!


「その幼いエルフが、お母さんね……フッ」


「っ、ぷあ! う、うん。そうなんだ……オレのお義母さんだからさ、キスしてても、ちっとも……おかしくない…………的な、感じで………………ダメ?」



「やっぱり、人間は嘘つきじゃ!!!!」





『絶望勇者とパイセン勇者』~異世界アデショナルタイム外伝


 ――完――

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『絶望勇者とパイセン勇者』~異世界アデショナルタイム外伝 北乃ガラナ @Trump19460614

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