エルフ嫁ルイユの絶望
☆
オレは父さんの遺骸を背負って、異世界に戻った。
父さんだけ運んできたのには理由がある。二人に手を下した直後にフロランは光を放って雲散霧消してしまったので、女神空間に父さんだけを置いておくのは忍びなかったから……。そうして戻った先はフロランと再会した、異世界辺境宿屋の一室だ。
「おにいちゃん? ここにいるの?」
そんなタイミングで、部屋のドアがノックされて入ってきたのは、見覚えのある丈長パーカー&ニーソ装備のエルフ美少女。ルイユさんだ。
☆
「おにいちゃんから、お別れの手紙が置いてあったんだ……」
読ませてもらった手紙には『異世界を救うために女神との最終決戦に臨む。わたしは生きて戻ることはない、あとのことは息子であるタカユキに任せてある』と書かれていた。父さんの部屋にあった転移ゲートはここにつながっていたらしい……。
父さん。それ初耳です。
ルイユさんの事まで、オレにぶん投げですか……。
「タカユキ君って、おにいちゃんの息子だったんだね……」
「そのようです。オレも最近知ったばかりですが」
意外だったのは、父さんの遺骸を前にしたルイユさんが冷静だった事。大号泣するとおもったのに。外見はロリだけど、さすがはエルフだ。
「ボクが泣くとおもった?」
「……ええ」
「だって。出会ったときから、こういう運命は決まっていたから。おにいちゃんとの30年間、今日みたいな日がくることをボクはずっと覚悟をしていたんだ」
たしかにその通りだ。人間とエルフ。過ごせる時間の長さがまるで違う存在。
「毎日毎日毎日、覚悟してた。だから、たくさんキスをした。これから生き残るボクの分。この人のぬくもりを忘れないように。たくさんぬくもりをもらったから……」
そうなのか、こうなる必然を予期して。だから30分に1回キスだなんて、あんな無茶な掟を……。
「でも……でも」
とちゅうから言葉が途切れ、嗚咽がまじる。
「しんじゃった。あっと言う間にしんじゃったよ……。なんで死んじゃうの? ボクを置いて。いつもいっしょに居てくれたのに」
ちいさな肩をふるわせるエルフの少女。
「ルイユさん……泣いてもいい。いくら覚悟をしたって哀しいことは哀しい。それを我慢したって哀しさは変わらないから」
「う……うっ……。うぅわあああああ!!!!」
堰を切ったようにルイユさんの感情が溢れだした。緑眼から、ぽろっぽろと涙がこぼれ落ちる。エルフだって人間だって、大切な存在を失った哀しみに変わりは無いんだ。
「なんで死んじゃうんだよ! なんで死んじゃうんだ! なんですぐに! おにいちゃんがエルフだったらよかったんだ! もしくはボクが人間だったら!!」
遺骸にすがりつき、胸を叩くルイユさん。考えるまでもなく、息子のオレよりもずっと長い時間を父さんといっしょに暮らしていたんだ。
「ボクの命を分けたい! これから無駄に生きてしまう命の余分をあげたい!」
命の余分か……。
残されてしまったエルフが放った、悲しい台詞を聞いて頭にうかぶ。余分といえば、オレの異世界にこそ相応しいのかもしれない。オレの異世界は、何処で区切ればよかったんだ? すべてを知ってしまったいま、そんなことを思う。仲間達と再会した時? 魔王を倒したところで? もっとまえに? わからない。そもそも物語のように、明確な区切りなどあるのだろうか……。生きている限り続くのだ。
すこし落ち着いたのだろう。睫毛を露で湿らせたルイユさんがオレに聞いてきた。
「ねぇ? ボクのこと……なにか言っていた?」
「えっ?」
「おにいちゃんの最期を詳しく聞かせてほしい……。ボクのこと、なにか言ってなかった?」
愛する者の最期の様子を聞きたい。とうぜんくる質問だろう。オレは手短に女神との激闘の末に命を落としたと伝えてから、こう付け足した。
「ルイユさんのことを愛していると」
嘘をついた。
「そっか……………………優しいね」
☆
女神空間から戻った異世界では10年が経っていた。
「パイセン! まってくださいよぉ~」
「遅い! もっと急げ!」
オレは一刻も早く、リエルがいるバティストの街に戻りたかった。しかし、移動手段が街を結ぶ馬車オンリーという過酷な現実。
……いまは、その馬車にすら乗れていない。馬車が出発しているという、一番手近な街へと徒歩で向かっている。そういえば、オレの異世界に便利な移動魔法はなかった。父さんは便利な移動ゲートっぽいのを使いこなしていたけれど……。戦闘系だけじゃなくて、こういう便利系のスキルなんかも教えて貰えばよかったよ!
「くそ。なんでこんなところだけリアルなんだよ。ストレスフルすぎる。……早くしろ。置いていくぞ!」
「ダメッス! 決めたんっス。オラっちは、タカユキパイセンみたいな強くて立派な勇者になるって。だから離れないっス。弟子になったんッス」
そして、徒歩移動に勝るとも劣らないストレス要素がこいつ。
こいつは、フロランが連れていたイケメン勇者君だ。
ルイユさんといっしょに父さんを埋葬しようとしたら、隣にちいさな祠があって。誰か弔われているのかな? なんて見てたら、地中からズボッて腕が出てきてこいつが現れた。ゾンビかよ……。そのうえ『修行のためタカユキ
でも、最後ぐらい。女神らしいことをしたかったのかもしれないな……。遊びとはいえ、連れてきたイケメン君を思いやったのだろう。オレもいちおうフロランには世話になったし……仕方が無いか。
「エルフの女の子寝ちゃいました」
「そうか……」
ルイユさんをそのままにしておけないので、言いくるめて半ば無理矢理に連れてきた。いまはこいつに背負わせている。
「いったい、なにがあったんですか?」
「……色々とな。ありすぎだ。……って、おい? 語尾忘れてるぞ」
「あ、そうでした。そうでしたッス!」
とりあえず、イケメンすぎてムカつくので一人称を『オラっち』語尾を『~ッス』にすることを命じた。これでだいぶ小者感がでてきている。
「弟子か何か知らんけど、おまえがいっしょに来るのは認めるからさ。ルイユさんから目を離さないでくれ。……すまないけど、頼む」
「
オレがパイセンか……。いつの間にか自分がそんな風に呼ばれる側になってしまったことに違和感を覚えるが、確かにその通りだし、否定する気もない。
バティストに急ぐ。
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