エピローグ 二〇二五年十月十四日~二〇二五年十月二十一日

 あの事件の後、僕はパトカーの中で、これから病院に送られることを教えてもらった。

 そのパトカーはどんどん都心に入っていき、有名私立医大の前で止まった。

 そして、車椅子に乗せられ、数人の看護師に取り囲まれ、あれよあれよといううちに……

 マスコミの目を逃れたいVIP御用達のロイヤルルームに押し込まれてしまった。

 次の日から、外科医と精神科医が僕がいる病室の方に往診に来るのだ。

 たしかに僕は、怪我をしたし、目の前で人が刺されたり撃たれたりしたところを目撃してトラウマを負ったというに十分な経験をした。

 しかし社会で何の功績も残していない高校生の僕がVIP待遇を受けることになったのだ。世間の目から隠したいという大人の事情は分からなくもないけれど、こんないい思いをしたら人格がおかしくなってしまう。これは自重しなければ。

 世間の目から隠すためのVIP待遇なのだから、多岐や櫛秋さんを呼んで見せびらかすこともできない。ネタとしては面白いのに。

 と思っていたら、退院前日と当日だけは一般病棟に移るように言われた。今のままでは父さん母さんに迎えに来てもらえないからだという。

 そこで費用のことを思い出した。そうしたら、うちには表向き一般病棟の費用で請求して、その上で犯罪被害者への補償金という名目で同額の補助を行って負担をゼロにするのだという。至れり尽くせりだと自分でも思う。

 暇だったからテレビを見ていたけれど、警官が刺されたことも港で銃撃戦が行われたことも、テレビは一切報道しなかった。あれだけ大きなことが世間ではなかったことになっているのを知ると、世間で現実と思っているものが実は作りものなのだと思う。

 そもそも世間では僕たちは「いない」ことになっているのだし。

 テレビがつまらないから僕は未来を見る練習をしていた。

 まだ《予言者プロフェッツ》初心者だから、見たものが空想なのか未来なのかの区別もおぼつかない。だから「未来は○○なもの」だなんて分かったような口はきけない。

 でも、一つだけ分かっていたことがある。

 退院二日前の午後四時、彼女はやってくる。

「榑枚君、入っていいですか?」

 ドアの向こうから聞こえる彼女の声。

「いいですよ」

 ドアを開けたのは新符さんだった。

 綺麗な新符さんの顔が、明るいのに、目が潤んでいる。

「榑枚君が助かって、本当にうれしいです」

「僕もうれしいです」

 僕はベッドに横になっているから、まるで大病をしたみたいで少し恥ずかしい。

 新符さんはベッドの横の椅子に座る。

 その姿は、僕が《予言者プロフェッツ》として見いだされることになった心理テストの最中に見た白昼夢と同じだった。

 なんだ。やっぱり、見えた未来の本当の意味は、実現しないと分からないのか。

 新符さんは僕の顔をのぞき込む。

「もう、敬語じゃなくていい?」

 そうか。新符さん、気を張っていたのか。

「いいよ」

 新符さんはほっとした表情を見せた。

「榑枚君、本当に何にも気づいてないんだもの。自分が《予言者プロフェッツ》だってことも、将来に私と会うことも。会ってみたら女の子と全然話せないし」

「ごめんなさい」

「謝ってすむのは生きてるからだよ」

 新符さんが目元を拭った。手の甲が濡れている。

「これからのこと、どう見てるの?」

 新符さんに聞かれて、ハッとした。《予言者プロフェッツ》同士、未来が見えないわけじゃない。でも先に見てしまうと……

「これから見るかもしれないけれど、僕の友達が言った通りだと思う。見えた未来の本当の意味は、現実にならないと分からないんだって」

「私は一つ見てるの。かなりいい未来。その未来を、嘘にしないで」

 新符さんは笑いながら涙をボロボロ流している。

 誰だ? 女の子の泣き顔は見たくないなんて言ったのは。そうだ。僕だ。僕は何も分かっていなかったのだ。

 未来を現実に見たい。そのことを新符さんに伝えよう。

「僕はとりあえず、新符さんが涙抜きで笑っているところが見たいな」

 だめだよ、新符さん。ここでさらに涙を増やしちゃ。

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誰か、僕の明日を教えてよ 村乃枯草 @muranokarekusa

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